第4話 秘密基地
お母さんの口から飛び出た衝撃の事実を一旦聞き流して家に上がった。
「ちょうど半月前に久しぶりに帰ってきてたんよ、光希ちゃん。それが突然ね…」
リビングに荷物を置いていると、お母さんがアイスコーヒーを入れてくれた。
「でも小学校の先生やろ?仕事は?」
光希は隣町で小学校教員をやっていた。
「先月末に退職しててんて。光希ちゃんとこのおばちゃんも最初は、『あの子自由なとこあるから』って待ってはったけど、昨日ついに警察に捜索願い出してんて」
「そうなん…」
光希と最後に喋ったのは、確か3年前の年末。お互い帰省しており、犬の散歩をする光希と偶然出会った。久々だったが、よそよそしくなることも無く、2時間くらい近況報告と昔話をして別れた。
「ちょっとお墓参りと散歩してくるわ」
混乱した頭を整理したかったため、帰宅早々家を出た。
20分くらい山道を登ると小さな寺がある。木々に囲まれた参道を抜けると、斜面にズラーッと並ぶ墓が広がる。たくさんの墓石を眺めていると、「どうせ死んだら全部終わりだから気にすんな」と言われているような気がして、なぜか昔から心が安らいだ。
ベンチに腰掛け、i phoneで光希のインスタグラムを開いた。最終投稿は、2週間前。ちょうど光希の帰省の頃だった。
「キウイ…?」
美味しそうな写真でもなく、緑っぽいちょっと産毛の生えた剥く前のキウイがコロッと皿に乗っている写真。
ふと、2人で秘密基地を作った「キウイ畑」が頭に浮かんだ。同時に死体第一発見者として事情聴取を受ける自分の姿まで想像してしまった。
「いやいや、怖すぎ」ベンチから腰をあげた。
墓の花立てに家の花壇から適当に切ってきた花を生け、柄杓で水を入れた。
「おばあちゃん、光希は何を考えているんでしょうか」墓前で手を合わせ、心の中で訊ねたが返事はない。
秘密基地はまだ残っているのかな。最後に行ったのは小学校の卒業式の日。光希とタイムカプセルを埋めた。
チョコボールのお菓子の箱に低確率で印字されている「銀のエンゼル」を5枚集めて貰った「未来の缶詰」に、二人で色々書きこんだノートを入れて埋めた。何を書いたか思い出せない。
「…見に行くか」
溜息が出た。子どもの頃から私は臆病で、ネガティブな妄想をしがちだった。ホラーやサスペンス映画を観たら、1週間は寝不足で、夜はトイレに行けなかった。
もしかしたら、光希の「キウイ」の投稿が私に宛てたメッセージだったら…。悪い妄想を頭から振り払い、山道を小走りでくだり、家まで戻った。母親の園芸道具の入った箱の中から見つけたスコップをベルトに差し、庭の石垣を登って竹林に飛び込んだ。
子どもの頃は、かなりの距離を歩いた気がしていたが、5分とかからず「キウイ畑」を囲むフェンスまで辿りついた。身長が伸びたので、フェンスを軽々と乗り越えて侵入できた。
腰の高さまで伸びた雑草をかき分け進むと、崩れた大きな木の枝と、風化して少し破れたレジャーシートの塊があった。
小学校3年生の私と光希が、大きな木の枝を何本か集めてレジャーシートを被せて完成させた秘密基地だった。
小学校時代の放課後はいつもここで遊んでいた。毎日ワクワクして夢や希望に溢れ、なんでも挑戦できるような気がしていた。
私の夢や希望は、この秘密基地とともに朽ちたのかもしれない。
「ん?」
レジャーシートの近くに掘り返された土の跡があり、ギョッとした。
やっぱり光希は最近、ここに来た。恐る恐るスコップで地面を掘り返す。人体の一部が出てきたら…と妄想が進み、震えた。
深さ30センチほど掘ると、コツっとスコップが何かに当たった。手で土を払うとカプセルのような形状の金属の塊が出てきた。「未来の缶詰」だ。
蓋を開けると中には紙の切れ端が入っている。記憶にあったはずの小さなノートはない。
切れ端には、手書きで「@mitsukiwosagashite」と書かれていた。
「みつきをさがして…」
子どもの頃、光希が「満月を探して」という少女漫画にハマっており、推しキャラを熱弁していたのを思い出した。筆跡からしても、恐らくこのメモを入れたのは光希に間違いない。
メモに書かれたアカウント名をInstagramで検索すると、「このアカウントは非公開です」の表示。プロフィールは特に書かれておらず、フォロワーは居ない。
アイコンの写真を拡大すると「人生でやりたいことリスト」と書かれた小さなノート。
「あ、これだ、缶の中身…」
不安はしぼみ、長らく忘れていたワクワクした気持ちが膨らみ始めた。
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