師匠として

 私がこの世界に生まれ落ちたのはこの子が誕生してすぐのことだった。

 私と言う存在は異質だった、と言うのも私は回帰者だったのだ。

 けれども回帰したのはこの胎児の心の奥の奥の底。魔力の心臓とも呼ばれる場所である心域と呼ばれる場所であった。

 以前の私、つまりは回帰前の私はそれはもう、体が貧弱だった。

 と言うのも先天的な虚弱体質で、ランニングなんてもってのほか、ただ外を歩くだけでもばてて倒れてしまうほどの体力しか持ち合わせていないもやしなのだ。

 だからこそ、私はこの世界にある魔術を学び、取得し、研究して。ダンジョンと呼ばれる存在のアイテムを研究材料にマジックアイテムの製作や、アーティストなどのアイテムを研究したり。新しい魔術の開発までにも手を染めた。

 けれども魔術を研究しているときに事件が起こった。それは他国の暗殺者によって殺されたのである。

 その後何らかの影響によって時間を巻き戻しにされて。今私はこの私自身の深層世界、心域に辿り着いてしまったのである。

 私は以前の世界でやり残したことがいくつかある。

1つ、虚弱の克服

2つ、アーティファクトの制作

3つ、知識の回収

だ。これらは、私の人生においての目標で有り、やるべきことで有り、やり残した事だった。

 私はこれらをやり遂げなければまたならなかった。けれど、それは死亡という形で蓋をされて、もう出来ないと思っていたそんなときに。この回帰という事態が起こったのだ。奇跡だった、幸運だとも思った。

 でも残念ながら、私には制約があるらしく、それからは逃れられないらしいというのが唯一の欠点だけれども。そんなものは私にとって些細なものなのだ。制約は三つある。

1つ、身体からは半径10メートルから離れられない。

2つ、身体自身に害を与えられない。

3つ、身体の意思を尊重しなければならない。

とまぁこんな奴隷みたいな制約内容だけれども。私としては案外悪いものでもなかった、それは1はともかく2と3は私にはさほど関係ないというのもあるからだ。

 この制約というシステムはこの身体にきた時点でつけられた契約的なものだと思っている。この身体に居座る代わりにこれだけは守れよというものなのだ。


—さて、どうやって生きていこう。




 今思えば不思議な事だ。この身体には2つの意志が存在する。一つは私、もう一つは彼女だ。名前は無いので正確な名前呼びは出来ない。

 私はこの身体やこの世界についてよく知っている。だから、この身体の不憫な所を早めに解消したかったのも大きい。

 だから師匠ごっこを始めたのだ。最初は単純に、私の未来に必要だから行っていた。と言うのも、私の身体の実体化(霊体として外に顕現)するには、この身体自身に魔力が大量に必要だったからだ。

 それはそうだ、単純に一つの意志を外に顕現させるのにも魔力をかなり喰うのに、それを常時展開するにはもっと大量の魔力が必要なのだ。

 だから私は彼女自身に強くなってもらうため、師弟関係になったのだ。

 彼女は彼女で異質だった、何か自立した意志を持っていたのだ。

 生まれる前の胎児が、自分の意志を持って、私の話を理解し、利用し、私の弟子として私と対等のような立場で私の提案に乗ってくれたのだ。そして、

 私は彼女に魔術を教える。



 

 “魔術”、概ねそれはイメージ通りのものだ。

 基本的に魔術を行うには三段階のステップを挟む必要がある。

1つ、魔力の操作、放出、維持

2つ、魔術への理解

3つ、自然への理解

である。

 彼女は元々、魔術への理解は不安な部分はあるけれど、概ねできていた。あとはその知識を私の知識で補って理解させてあげるだけだった。

 1の魔力の操作、放出、維持は魔力操作ができれば良いと言うだけだ。

 魔力操作は行っていると魔力も増えるので、私は彼女に生活の時間全てを魔力操作に費やしてもらっている。

 魔力操作はながらでできるので、私は彼女に魔力操作をしてもらいながら後の1つ、自然への理解をしてもらった。

 魔術とは想像の世界だ、だけれどもただこんなことが起こればいいなと言う安易な妄想では、魔術の効力は弱まるし、発動しない可能性すらある。

 だから、自然、科学への理解が必要だった。火がなんなのか、火がどうやって出るのかを知っていれば火の魔術の威力はさらに上がる。

 それと同じで、他の魔術にも科学への理解が必要なのだ。

 以前、不老の研究をしている学者がいた、彼らは不老の薬や技術を追い求めるのを普通の方法では無理だと悟り、魔術で不老になることに注力した。

 魔術で不老になるためには2通りほどの方法があると思う。

 1つは、時間を巻き戻し続ける魔術を開発する。

 もう1つは、肉体の細胞、遺伝子を改造する魔術を開発することである。

 結果的には失敗したらしいけれど、それは自然への理解が足りないからだ。

 彼らは時間という概念への理解が足りなかったし、彼らは遺伝子というものの理解を完全には出来ていなかったのだ。

 つまり私が言いたいのは、魔術は、科学への理解度が高ければ高いほど、効力が強くなるということだ。

 あと必要なのは想像力だが、それは才能を養ってもらうしか無い。


 魔術を学ぶために一番最初に知っている、若しくは最初に知らされる事は何か?

 大抵の人はこう答える。『位階』と、それは魔術の強さを表す指標で有り、それが高ければ高いほど、魔法陣の情報量が多くなり、そしてその魔術の特異性や特徴、効果、威力といった物が強調されてくる。

 魔術には構想されている中で最高十五の位階が存在する。と言うのも、これは私が行っていた研究で得た情報の一つ。

 私自身実際には第十位階までしか最高で扱えない、そもそもこの世界には第六位階使えれば天賦の才と呼ばれるほどしか魔術を扱えるものが存在しない、そんな中私ですら届かなかったものがそれ以降、第十一位階から第十五位階なのだ。

 人にはそれぞれ得意不得意の魔術があって、私はたまたま全属性が出来て、基本四元素が得意だった。

 私が今師事をしている、彼女はそれとは違う特殊な魔術、“闇”と“影”だ。

 この魔術は似ているようで全く違う、闇は攻撃寄りの魔術で、影がサポート寄りの魔術。

 闇魔術は基本的に当たりを暗くしたり、相手の視界を奪ったり、闇でできた槍を相手に飛ばしたりなどと言ったものがあるけれど、影は自分の影に物を入れたり、自分を影の中に潜り込ませたり、影を伝って移動したり、相手の影と自分の影にパスを繋いだらといった感じの魔術だ。

 似ているようでそれぞれの特徴があるのだ。

 私が彼女に今のうち胎児の間に教えるのは闇を一から四位階まで、影を一から五位階まで魔法陣の構造と、魔術の詳細な分析、これらの魔術に必要な科学と自然の知識を叩き込む。

 影より闇の方が教える段階が少ないのは、闇は一から四までに使える攻撃系と妨害系の魔術が出揃っている事と、影は一から五までに使えるサポート系の魔術が大量にあるからだ。

 特に重要なのは、影魔術第三位階『影歩きシャドウステップ』と影魔術第五位階『影の身体シャドウボディ』だ。

 影歩きシャドウステップは、影の中を歩くことができ、移動距離のショートカットや、影の中を歩くことによって人を避けたりなどの運用方法がある。

 影の身体シャドウボディは、単純に強く、身体の一部に強制的に影を作り、収納として使えたり、体全体を影にして、障害物や物質による被害を避けたり、単純に体が軽くなったり、身体能力があがる。

 これによって虚弱体質を和らげることができるのである。

「今日教える魔術は闇の第一位階魔術『闇霧ダークネスフォグ』です。この魔術は指定した範囲に光を通さない真っ黒な霧を展開します。これは人の視界を奪うだけでなく自分を隠すための霧にもなります。」

「この魔術で主に使われているのは、光の拡散、霧の黒色化、範囲指定、拡散と言った情報が組み込まれています。魔法陣はこれ、覚えて下さい。」

 私はそう言い魔法陣を視覚化し、彼女に見せる。

「これでは覚えにくいと思うので、覚えやすいように内容を解いていこうと思います。いまから解いていく図形は、それぞれ意味があり、魔法陣を構成する上で欠かせない物です。魔術を作るときにも使いますのでしっかり覚えましょう!」

 そう、魔法陣を構成する図形や文字列には意味がある。

 基本的に魔法陣は円や三角形、正方形、正五角形や星などと言った図形の組み合わせである。そして、その組み合わせの最後に、その意味を実現させる物を文字列と言う形で顕現させているのである。

 無論、魔術の位階が高くなれば高くなるほど、魔術の、魔法陣の情報量が増えていき、魔法陣はその図形を入れるために肥大化していく、それに連なり魔力の消費量が増大していくのだ。

 基本的に第一言いほどの魔術だとそこまで大きくなく、50cmほどだ。けれどそれが第二、第三と増えていくと、それは75、100と言った感じに大きく、肥大化していく。

 魔法陣を見れば人の使おうとする魔術、術式がわかると言われる所以は、魔法陣に情報の全てが組み込まれているからだ。

 私は彼女に私の知る限りの魔法陣の全てを叩き込むし、その意味や性質、それを使って起こせる事象なども隈無く解説する。

 それが私の今できる作業であるからだ。

「——と言うように、この魔法陣には光の拡散という意味の情報が組み込まれています。これは、他の現象にも応用でき、例えば第二位階魔術の『視界封じ』の魔術は相手の視界から入る光の情報を光の拡散によって妨害して、目潰しをしています。」


 彼女はかなり物覚えが良いらしく、私の教えた情報はしっかりとその頭の中に記録されており、私が言った内容も正確に理解していた。

 私たちがそんな師弟関係を続けて五ヶ月が経過した時、彼女はまだ未熟ではあるけれど、その身体に入っている情報は同世代と比べて何十倍と言う数になるであろう。



「生まれる時が来た——————————」

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ダンジョン世界の貧弱魔術師 りーぱー @jacknextplay

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