第34話
星波兄妹の挑戦が終わるや否や、SNSは瞬く間に配信映像やハイライトで埋め尽くされ、「#星波兄妹」「#氷の湖」というハッシュタグがトレンド入りを果たした。
視聴者のコメントは賛否両論に分かれ、賛同の声と批判が交錯する。
その最中の配信から数日後、星波兄妹の元に届いたのは一通の連絡だった。
差出人はギルド「ヴァンガード」。
文面は丁寧かつ簡潔で、『星波兄妹の探索能力に感銘を受けた』とのことだった。
『正式なシーカーギルドです。次回の探索に同行させていただきたいと考えています』
レンはその文面を無表情で読み終えると、手元の資料を閉じた。星波兄妹には最近こういった内容のメールが多く、うんざりしていた。
「何時もの様に政府に確認させておくか」
リナは目を輝かせた。「ヴァンガードってすっごく有名なギルドだよ。そんなギルドがお兄ちゃんに連絡してくるってすごいことだよ!」
「そうか。だが、俺達に判断できる話じゃない」
レンの慎重な態度に、リナは小さく肩をすくめた。
数日後、政府からの返答が届いた。ギルド「ヴァンガード」の経歴から実績などの資料が届き企業としてはかなり優秀かつ日本最大規模のは組織であり、同行を引き受けるか否かはレンの判断に託すと書いてはあるが、国からすれば協力を推奨している内容だった。
レンが難しい顔で考えていると、リナは興味津々な様子で話かけた。
「とりあえず、話を聞いてみるのは悪くないよね?」
レンは深くため息をつきながら、「それも一理ある」と応じ、ギルドとの面談をセッティングすることにした。
午後の静かな時間、星波家のセキュリティシステムが来訪者を感知した。リビングの壁に埋め込まれたモニターパネルに、女性の姿が映し出される。彼女は玄関先に立ち、センサーが捉えた彼女の情報がリアルタイムで表示されていた。
「来訪者認証システムが作動しました。アイナンバー認識不可、身元不明者が接近中です」
電子音声が警告を告げる中、レンは冷静にホログラフィック・ディスプレイから、立体的なホログラフィック映像が浮かび上がる物を操作し、玄関の映像を拡大表示した。そこには、サングラスにフードを被った、いかにも怪しそうな女性がそわそわと緊張した様子で立っていた。
「誰だ?」
レンがセキュリティ越しに問いかけると、女性は少しぎこちない微笑みを浮かべ、サングラスとフードを外してカメラに向かって手を振った。
「こんにちは、ギルド『ヴァンガード』です。本日はこちらにお伺いする約束をしておりましたが……」
セキュリティシステムが彼女の音声と顔を分析し、実在人物であることを確認する。次いで、政府データベースとの照合が行われ、彼女が公式にシーカー登録された人物である旨がディスプレイに表示された。
「認証済み。許可を求めます」
システムが無感情に告げる。
「許可する」
レンが承認ボタンを押すと、玄関のロックが解除され、ゆっくりとドアが開いた。
玄関から見える彼女はふんわりとした自然なウェーブがかかった黒髪を風になびかせ、顔立ちは整っていてどこか親しみやすさを感じさせる。その中で大きな瞳がひときわ目を引く。控えめな微笑みを浮かべた彼女の姿は、どこか親近感を与える反面、洗練されたオーラも漂わせていた。
身に着けているのは、フード付きのジャケットと動きやすいパンツだが、そのデザインはシンプルながらもセンスが光る。胸元には自身のギルドのロゴが控えめにプリントされており、彼女がギルド関係者であることを物語っている。
「あの……星波レンさんでしょうか?」
柔らかな声とともに小首を傾げる仕草に、レンは一瞬警戒を解いたような表情を見せた。
「そうだが、君は?」
彼女はポケットからアナログ式に紙の名刺を取り出し、両手で差し出した。どこかぎこちないが、その姿勢は真剣だ。
「天音ほのかと申します。ギルド『ヴァンガード』に所属しています。本日は、ぜひ星波さんたちにお話ししたいことがありまして……」
その名前を聞いた瞬間、リビングで聞き耳を立てていたリナが驚きの声を上げた。
「天音ほのか、さん?――もしかして、あの有名なダンジョン配信者の!?」
リナの興奮した様子に、レンは眉をひそめた。
「知ってるのか?」
「知ってるどころじゃないよ!登録者数だって……えっと……」
リナが指を折りながら考えている間に、ほのかは少し控えめに答えた。
「今は200万くらいでしょうか。でも、最近はあまり目立たないようにしているので……」
リナは目を輝かせながら、「すごいよ!天音さんの配信、私も見たことある。特に18階層の回、あれ本当に面白かった!」と話し続けた。
「ありがとうございます。あのときは大変でしたけど、皆さんが楽しんでくれたなら嬉しいです」
ほのかは頬を少し赤らめながら答えた。その控えめな素の態度を見てレンは警戒心を解いた。
リビングに通されたほのかは、柔らかな日差しが差し込む部屋の中で少し落ち着かない様子だった。バッグを膝に置き、小さく深呼吸をしながら周囲を見渡している。その仕草は控えめで、どこか緊張感が伝わってくるが、同時に場の雰囲気を穏やかにするような独特の空気をまとっていた。
リナは、そんなほのかをじっと観察していた。
「天音さんって、意外と普通の人っぽいね。配信ではもっとキラキラしてる感じだったけど、今の方が親しみやすい!」
ほのかはリナの言葉に目を丸くし、すぐに口元に手を当てて笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。普段はこういう素の自分を見せる機会があまりないので、ちょっと恥ずかしいです」
彼女の笑顔には、柔らかさと安心感があり、レンも思わず少し肩の力を抜いた。
「それにしても、こんなに有名な人が急に来るなんてびっくりだよ!」
リナはソファに腰を下ろし、じっとほのかを見つめた。
「登録者数が200万人って、すごいよね!動画でも見てたけど、実物はすっごい可愛いし綺麗だし!」
「えっ、そんなに褒められると困ります……」
ほのかは顔を少し赤らめながら、テーブルの上にバッグから取り出した資料を並べ始めた。
「でも、私なんてただ好きなことをしているだけで……。皆さんが楽しんでくれるのは嬉しいですけど、ダンジョン探索そのものが好きだから続けられているんだと思います」
ほのかの声には、どこか控えめなトーンの中にも確かな情熱が感じられる。リナは頬杖をつきながら微笑む。
「好きなことをやり続けて、しかも結果を出してるなんて、やっぱりすごい人だよね」
ほのかが資料を取り出す動作は、どこか不器用で愛らしい。カバンの中を手探りで探しながら「あ、これじゃなくて…あれ、どこいっちゃったんだろ…あ、ありました!」と自分で小さく笑っている。その無防備な仕草にリナもつられて笑い出す。
「どうして紙の資料なんですか?」
「えっと……、実際に手に持って見て説明する方がいいので……、目線を紙に向けていられますし……」
チラチラとレンとリナを見る仕草がいかにもコミュ力には難がありそうだ。
「か、かわいい……」
リナにはその仕草がツボだったみたいだ。
資料をテーブルに広げたほのかは、落ち着いた表情で説明を始めたものの、言葉の端々に彼女らしい柔らかさがにじみ出る。
「私たちのギルドは、安全な探索のために最新の装備や技術を取り入れています。でも、技術だけじゃなくて、みんなで協力して達成感を得られることが一番大事だと思っています」
その話を聞きながら、リナがほのかをじっと見つめていた。
「天音さんって、ほんとにダンジョンが好きなんですね」
ほのかは少し恥ずかしそうに髪を耳にかけ、「ありがとうございます。冒険が好きな気持ちは子どもの頃から変わっていません。特にダンジョンの未知の部分に触れるのが楽しくて……でも怖いことも多いですけどね」と微笑んだ。
会話が進むにつれて、リビングにはほんわかとした空気が広がっていった。ほのかが自分の配信エピソードを控えめに話すたびに、リナは感心し、レンはその情熱に感心しているようだった。
リナが最後にぽつりとつぶやいた。
「ねえ、お兄ちゃん、天音さん達と一緒にダンジョンに行ってみたら?」
レンは彼女の言葉に少し考え込んだ後、そっけなく答えた。
「判断するのはまだ早い。安全の問題もあるしな」
ほのかはそんなレンの言葉に真剣に頷いた。
「そうですね。安全を優先するのは当然です。私たちも最大限の準備を致しますので、ぜひ前向きに考えていただければ……!」と、礼儀正しく頭を下げた。
その仕草には、緊張とともに誠実さが滲み出ており、リナは小声で「ほんとに可愛いなぁ」とつぶやき、レンも微かに笑みを浮かべていた。
兄 は最強、妹は配信者。――今日もダンジョン探索! 蓬蓮 @hourensou
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