第17話 婚礼の祝福

 格子窓から、朝日がさしこんできた。私は昨日のドレスのまま、椅子の上で眠っている。


 静寂が流れていた。目を覚ますと昨日のことを思い出し、心が重たくなる。もしかしたらマックスはもう死んでいるかもしれない。いや、そんなことは考えたくない…!


 息をはりつめて待っていた。知らせがやってこないか。災厄か、幸福か。生か死か。


 気が遠くなって、失神でもしてしまいそうなほど、長い時間だった。

 城門の開くのが聴こえてくる。蹄の音、男たちの声。


 ぎゅっと目をつぶった。それなら彼は……生きているのだ!いや、死んでいるのだ!


「エディス!もう大丈夫だ!」


 扉が開いて、彼がすぐそこに立っていた。マックスが、憎たらしいほど晴れやかな顔をして。


 ああ、でもとにかく彼は現実で、生きていて、抱きしめることができるのだ。安堵と喜びが同時にこみあげてきた。少し遅れて腹立たしい感情も。


 この人は、後ほんの少しで死ぬところだったのを理解しているのだろうか?私が心配のあまり死にそうだったことを?


「マックス、マックス!信じられないわ!あなたが生きているなんて。てっきり、あなたは……」

「死んだんじゃないかって?」


 マックスの声は優しかった。私の肩にふれ、のぞきこむようにして、こちらを見ている。


「どれほど恐ろしかったことか、あなたなしの人生なんて……。私、あなたを愛してるのよ」

 情熱的に言った。でも、これが本当の気持ちだったのだ。私はマックスを自分の命よりも愛していた。


「君を愛してる、一緒に領地に帰ろう!もう皇帝はいないんだ」


 マックスは負けず劣らず熱情的である。私は幸せいっぱいで微笑み、彼のキスに身を任せた。うっとりしてしまうようなキスだ。



 それにしても、皇帝の身に何が起こったのか。公爵の領地に帰ってはじめて、可哀想なアルフレッドの最期を知った。皇帝は長年の敵、マックスを追い詰めて殺そうと森の中を走っていた時に落馬して死んだのだ。自業自得と言ってしまえばその通りなのだけれど、気の毒なのには変わりない。皇帝は公爵に命を狙われていると被害妄想にとりつかれていた。死ぬまで心休まることはなかったろう。


 一方で、マクシミリアンはお城の地下牢にいた囚人たちに銀貨を三十枚もたせて解放した。彼はホッとしたような顔をして、ぎこちない足取りで氷河の上を歩く囚人たちを見ている。暗い過去とのお別れだ。


 私はといえば、せっせと純白のウェディングドレスを作っている。真珠は飾り放題。やわらかなシルクの布地に黄金の首飾り。それに美人の顔(私の顔が、というわけじゃない。エディスの顔が、ということだ)。


「結婚式には〈黒い女〉が来るだろうね」

 マックスは私のほっぺたにキスして、軽口をたたく。


「ええ、今度こそあなたを祝福してくれるわ」

 にっこりと笑って言った。


「彼女は生まれた時から僕の守護霊さ。今度は花嫁を祝福してもらわないと」


「まあ!」

 私はクスクスと笑い出した。

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[完結]異世界転移病の女子高生、念願の悪女に転生する〜婚約者様、聖女にかまけていないで、そろそろ私と結婚してくれませんか〜 緑みどり @midoriryoku

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