第16話 狩りが始まった

「アルフレッド、マクシミリアンを殺さないで。早まったことをしないで」

 皇帝の書斎に乗り込んだ。


 アルフレッドと側近の男が顔を寄せて話し合っている。私を見るなり、二人は会話を中断した。側近は静かに部屋から退室する。


「エディス、マクシミリアンは罪人だ。人殺しだ。野放しにすることなんかできない」

 皇帝の返事は冷たい。


「正当防衛なのよ。お願い、彼を殺さないで」

 必死になって懇願した。今になって彼を失うことなどできないのだ。


「いや、彼は冷酷な殺人者だった。しかも、殺されたダイアンは皇族の皇女なんだぞ」


「いいえ、私の言うことを信じて。私はあの場にいたの。彼は、マックスは、ダイアンから守ってくれた。最初に手を下そうとしたのはダイアンのほうだったのよ」


 アルフレッドの目つきが一気に冷ややかになった。

「なぜ公爵と一緒にいたんだ。危険だとわかっていたはずなのに。なぜ公爵のことを庇うんだ?」


 私はマックスを守りたいのと、婚約者に詰め寄られたので、ほとんど泣きそうになっていた。目頭が熱くなって、今にも涙がこぼれそうだ。

 でも泣いている場合じゃない。誤解をといて、皇帝を止めなければ。


「マックスと一緒にいたわけではありません。私がダイアンに襲われそうになっているところを、公爵がたまたま気づいて、止めてくれたのです。ダイアンは頭巾を深くかぶっていて、顔は見えませんでした。彼女の正体に気づいたときには、もう遅かった……」


 皇帝は動揺する私をじっと観察した。身がすくんでしまうような鋭い視線である。


「公爵ほどの男が女の息の根を止めなければ、君を守れないのか。君が何を証言しようとも、公爵の罪はなくならないぞ。エディス、君は公爵を守りたいんだろう?情に流されて奴の居場所も匿っている」


 彼がものすごい剣幕でまくしたてる。まるで別人になってしまったようだった。


「アルフレッド、公爵の居場所は知らないわ。彼とはもう連絡をとっていないの。それに、私の言ってることは真実なのよ。公爵を処刑するなら、私も共犯で捕まえなくてはならないわ」


 皇帝は私の手首をつかむと近くへと引き寄せた。彼の赤く充血した目がすぐそこにある。鼻先に息がかかった。


「私が知らないとでも思うのか!奴がどこにいるのか、教えるんだ!」



 マックスがどこにいるのかなんて、知らなかった。それで皇帝の気は晴れず、私も部屋に軟禁されるしかなくなったのだ。


 さて、監禁部屋に入ると、ちょっとしたサプライズがあった。コンティ伯爵がいたのだ。


「まあお父様、親子で仲良く投獄ということでしょうか」


 状況があまりに深刻で、ふざけてみるしかない。


 伯爵はすっかり老け込んでいた。悲しそうな目をしている。

「じゃあ、皇帝の本性を知ったわけだな。もとから全部、アルフレッドが仕組んだことだったのに」


 こういうことだった。

 数ヶ月前、皇帝に腹心の伯爵に、公爵を殺すよう命じた。というのも、アルフレッドは幼い頃から遠縁の親戚である公爵に敵対意識を持っていたのだ。何度も暗殺を試みて、失敗した後だった。

 ダイアンも皇帝の差し金である。いわばライバルの動きを探るためのスパイだった。が、ダイアンも最期は皇帝のためではなく、自分のために行動した。マクシミリアンの心を奪ったエディスを憎むあまり、殺人を企てた。


「マックスは死んじゃいけないわ!」

 思わずそう叫ぶ。


「だけどお前、そうは言っても監禁されていては皇帝を止めることはできないよ。狩りが始まったんだ。皇帝は公爵を仕留めるまで飲まず食わずで追い続けるだろう」


 ゾッとした。こんなことになるのなら、いつものように私が死んだほうがマシだったのに。愛する人を失って、人殺しと結婚するなんて考えたくもない。

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