俺の恋人は幽霊でした!

403μぐらむ

彼女はゴースト

「ねえ、どう? こんなポーズってえっちじゃない? ほれほれ、見たほうがいいよ」

「……」


「もう、さっきからずっと無視じゃない。喋らなくてもいけど、視線くらいはちょうだいよ」

「……」


 今は数学の授業中。さっきから気が散ってどうしようもないけど、とにかく見えないふりして時間がすぎるのを待つしかない。


「もうつれないないなぁ。そうだ今日は特別にサービスしちゃおう」


 そう言って彼女は自らのブラウスのボタンを一つまた一つと外し始める。


 その行動に思わず俺も声を上げてしまう。


「おいっ、やめろっ」


 その瞬間、教室中の視線が一斉に俺へと集まる。やってしまった……。


「なんだ中条。何をやめると言うんだ? んん? ま、いいか。ではその中条にこの問題を解いてもらおうか。黒板まで出てきて計算式と答えを書いてくれるか?」


「……はい」


 黒板のところまで歩いていき、問題を解く。運がいいことに昨晩予習をしていたところだったので間違えることなく板書を終えられた。


「おっ、正解。一応わかってはいるのか。でも、まあ、もう少し授業を聞く態度は改めた方が良いな。今日のところはこれくらいでいいだろう。席に戻ってよし」


 数学教師に少し嫌味を言われてから自分の席に戻る。


「あはは! ごめんね~。でも中条って数学できるんだね! アタシなんていっつも赤点ばっかだったもんなぁ。ま、これからはそーゆーこともないんだけど、ね」

「あばずれがうるさい……だまれ……」


 周りには聞こえないような声量で悪態をつく。なんなんだよこいつ。どうして俺のところにだけ現れるんだよ。


 それより何より幽霊ゴーストとかどうなってんだよ!?






 3日前の月曜日。朝から急遽全校集会が行われるってことで体育館まで全校生徒が集められていた。

 俺はその日寝坊していて、ぎりぎり教室に入ったわけだけど、その時点でだいぶ教室の雰囲気がおかしいのには気づいていた。

 そのまま誰とも話すことなく体育館まで移動して、所定の場所に腰を下ろす。


 程なく校長が出てきて神妙な面持ちでこんなことをいい出した。


「皆様、もう報道等で聞き及んでいるでしょうが、昨日の夜本校生徒の皆本ゆかりさんが通り魔に襲われお亡くなりになりました――」


 皆本ゆかりは俺とクラスメイト。彼女の座席は俺の眼の前だったが席が近いというだけで陽キャの彼女と陰キャな俺とはこれといって交流があった訳では無い。あったのはせいぜい業務連絡くらいではなかっただろうか。


 そんな彼女が通り魔に襲われ死んだ。

 それも昨夜のことだという。つまりはもう彼女とは二度と会えないということになる。




 はずなのだが。


(じゃあ、俺の眼の前にいるこいつは誰なんだ?)


 俺の眼の前には件の皆本ゆかりがいつも通りにいるのだけれど。これはどういうことなんだ?


 校長が黙祷と言ったとき体育館に集められた生徒は全員俯いて黙祷を捧げていたが、当の本人である皆本は一人立ち上がり右手で何故かひさしを作りながら全校生徒を眺めている。


 ぐるっと彼女が一周回った最後に視線を俺の方に向けた。

 その光景をずっと眺めていたせいで彼女と目があってしまう。


 ニヤリと笑う皆本に驚いて、視線を落とし俺も黙祷の真似事をしたがもう遅かったかもしれない。


(なんで、なんで、なんで! 今の絶対に皆本だよな!? 死んだんじゃないのかよ? いるじゃん、眼の前にいるよね? 違う? じゃあこれは何?)


 一分間の黙祷が終わり、恐る恐る目を開けると皆本の姿はそこになかった。通り魔に襲われて死んだという衝撃的事実から幻覚を見てしまったのかもしれない。仲良くはなかったけれど一応は同級生だったもんな。


 そういうことにして俺は納得し体育館を後にする。





 教室に戻るとそのままホームルームになった。クラスメイトが死んだのだ。通常授業なんて無理だよな。


 皆本と仲の良かった何人かは皆本の机のところに集まって号泣している。それにはなんか見ている方が辛くなるような悲痛さが漂っていた。


 が、俺はそれどころではない。


 皆本の席には、誰もいないのが当たり前のはずなのに何故か、何故かいないはずの皆本が座っているんだ。こんなの冷静でいろって方が無理あると思うぞ。


「いやぁ~アタシってば愛されてますなぁ~チッチにぽーちゃん。れいちゃんにまどか。ごめんね~アタシ、死んじゃってスマン」


 なんかめちゃくちゃ普通にそこにいるのだけれど、他の誰にも皆本の姿は見えていないし声も聞こえていない様子。誰一人としてこのおかしな状況に疑問を投げかける者はいやしないようだ。


「死んだ生徒の机には花を飾るっているのは本当だったんだね。この花キレイだね。なんていう花なのかなぁ~」


 呑気すぎて怖さとかはまったく感じないのは唯一の救いなのかもしれないが、俺一人が混乱の極みであることは事実だった。



 その後の担任教師による皆本の思い出話や犯罪にどう注意していくかなどの話の後、スクールカウンセラーの人が県から派遣されてきたみたいで特にメンタルをやられた生徒の話を聞いたり相談を受けたりして半日が終わった。

 ちなみに俺はその話の何一つ頭に残っていない。眼の前にいる皆本のことで頭がいっぱいだったんだ。




 昼になったので俺はいつも通りに屋上へと続く階段の一番上の踊り場へと向かう。屋上も開放されていれば尚良しだったのだが残念ながらそう上手くはできていないようで屋上へは出ることはできない。


 ここは俺の昼飯スポットなんだ。立入禁止のロープも階段の手前に張ってあるので誰も来なくて静かにできて快適以外の何物でもない。

 友だちがいないわけではないが、常に誰かと一緒というのも煩わしいもので、学校で一人になれる場所というのは息抜きには丁度いいと思っている。今日は特に冷静にならないといけないからな。


 いろいろなことがあっても腹は減るものなので仕方ない。級友の死や先ほどまでの現象にあれこれ思うこともないわけではないが、これだけは避けては通れないからね。


「さて、飯にするか……」

「あ~中条見っけ!」

「うわっお!」


 誰もいなかった屋上へと続く扉から皆本が出てきたので思わず変な声が上がった。


「あーひどーい! こんな可愛い子が来たっていうのにそんなリアクションじゃモテないぞ」


「可愛いって自分でいうかよ……とか言っている場合じゃなくて! なんで、いるんだ? てか、本物の皆本なのか?」


「だよだよ~。皆本ゆかりちゃんでーす?」


「えっと……こう言っちゃなんだが、おまえ、死んだんじゃないのか?」


「うーん残念ながら死んじゃったのは本当だよ。だから今のアタシは正真正銘のオバケちゃんなんだ。まさか幽霊のアタシが中条と話ができると思っていなかったけど」


 信じられないことだけど、眼の前にいる皆本はいわゆる幽霊というやつらしい。姿形は生前のままだし、うっすら透けているとかもない。声も聞こえるし、なんなら会話も普通に交わしている。


(足もあるな……)


 皆本の今の服装は制服。生前に着ていたままのボタンを余計に開けているブラウスに赤いネクタイを緩く巻き、スカートもこれでもかってくらいに短くしたギャル風な制服ファッション。


「あ、やだ。えっち! 中条、今アタシの生足を凝視したでしょ!?」


「み、見たけど。それは幽霊には足がないって噂あるからそれを確かめてみただけだよ。俺はおまえの足になんか興味ないし」


「あ~そうなんだーって、なにげにひどくない? アタシの足に興味ないとかなくなくない?」


 普通幽霊が出たら恐ろしくて怖いのだろうけど、最初こそ驚いたが怖いとかはまったくないんだよな。理由はわからないが、皆本に悲壮感がまったくないからかもしれない。


「で、どうして幽霊なんかに?」

「わかんなーい。気付いたらこうなっていたし」


「軽いな」

「だって今更深刻になっても生き返るわけでもないんだよ? もう気楽に行くしかないじゃん」



 一般的な仏教の話じゃ四十九日すぎるまで魂はあの世とこの世をフラフラしてて成仏しないと言うから、幽霊がいてもおかしくはないのか? 死んだのは昨日の今日だし。


 いや、やっぱおかしいよな……。


 幽霊はこの世に未練や心残りがある魂が成仏できずにとどまり続けているせいで出る、なんて話を聞いたことがある。本当かどうかは知らないが。


「おまえ、もしかしてこの世に未練っていうかやり残した、みたいなやつがあったりするのか?」

「ん~あるって言えばあるかもね。どうせならやっておけばよかったなーってことはいくつか」


「その程度のもんなの?」

「…………そうかな」


 そういうと皆本は少し憂いを含んだ表情をする。

 ちょっと残酷な質問だったかもしれないな。反省する。いきなり殺されたんだから未練だってやり残しだってあるに決まっているだろうって後から思った。




 放課後、部活もやっていない俺は自宅に直帰する。放課後遊ぶような友だちもいないのでほぼ毎日寄り道もせずに帰宅するのが日常的行動。


「なぁ、なんでついてくるんだ?」

「だめなの?」


 午後からはクラスメイト全員で皆本のところに弔問に向かった。彼女の遺影を前にして隣に立っている皆本本人をみるとなんか変な気分になるものだ。

 斎場ではご両親が出迎えてくれたわけだけど、その両親のことをみる皆本の目がなんとなく冷めているような雰囲気だったので親子関係は良くなかったのかな、なんて思ったりした。

 帰り際、皆本本人はこのまま斎場か自宅に留まるものだと考えていたところ、そのまま俺についてくる気満々の様子を見せてきた。それに驚き俺は若干不審な行動を取ってしまい周りから不謹慎だと叱られてしまった。俺のせいじゃないって!


「いや、おまえは自宅に帰るものだとばかりおもっていたからさ」

「帰らないよ。あんな辛気臭いところなんて嫌だよ」


 そりゃ、娘が突然に亡くなっているのに明るい家庭なんて何処にもないと思うのだが。だいたいそういうときは何処の家でも辛気臭くなるものだと思える。


「そういうことじゃないんだな。もとよりアタシなんか要らない子だったんだよ。優秀な弟のことしか両親は見てなかったから」


 皆本が両親を冷めた目で見ていた原因はそういうことみたいだ。その弟ってやつは斎場のパイプ椅子に座ったままこちらには一切関知せず参考書みたいな本を見ていた中学生くらいのガキのことだろう。

 突然に皆本が亡くなったというのに関心なさそうな弟とあまり憔悴した感じのない両親。複雑な家庭環境だったのは間違いないようだ。


「じゃあ、どうするんだよ。何処か行く宛あるのか?」

「え!? アタシこのまま中条のところに行くつもりだけど? だって話しできるのもアタシのこと見えるのも中条だけだしそれ以外の検討の余地なんかないっしょ」


「え、ええぇ……。ないっしょとか言われても俺だって困るんだけど」

「いいじゃん、アタシ場所取らないよ? なんなら少しだけど浮くこともできるみたいだし」


 そういうと皆本はふわりと2メートル位の高さまで浮かんでいった。


「あ……」

「ほら、すごいでしょ? 驚いた感じ?」


「っ!! あ、いや。お、驚いたけど、浮いたことに驚いたんじゃなくて……見えてんだよな」

「え? あっ、こらっ! 中条のえっち」


 彼女が俺の頭上ほどに浮かんだので短いスカートの中がすっかり見えてしまっていた。相手が幽霊でもスカートの中ってときめくものなんだなという知見を得た。




 他に何処にも行く宛がなく土地やモノに憑いたのではなくヒト、つまりは俺に憑いたらしい皆本は俺とは離れられない関係になってしまったらしい。

 そんなところだけ幽霊らしいところを見せられてもぜんぜん嬉しくないし感慨深くもない。実際ただの迷惑なんだよな。





「おろ? 中条の家ってこのアパートなの?」

「そうだけど? 築20年超らしいから外見はあまりきれいじゃないけど、室内はほどほどにきれいにしてあるから気にならないレベルだと思うんだ」


「一人暮らしなの?」

「そ。俺んち父子家庭でさ、父さんは海外赴任中なんだ」


 うちの父さんは外資系企業に勤めていているのだけど、昨年日本支社が畳まれてしまったのでその会社を退職しない限り日本には帰ってこられないんだとか。


「さみしいねー」

「もう慣れたよ」


 皆本のことも久々に話し相手がいると思えばいいのかもしれないと思い始めた。幽霊だけど。


「そういえばさ、幽霊って物を触ったり動かしたりはできるのか?」

「基本的に無理っぽい。床に立ったり椅子に座ったりはなんとなく感覚でやっているだけで触れているって感じはないかな。感情が高ぶると物理干渉もできるみたいだけど」


 亡くなってすぐの頃、怒りや混乱や悲しみなんかがないまぜになった状態のときに自宅のドアに干渉してバタンと閉めたことが一度あったという。それ以外は今日の帰りに俺のシャツの裾をちまっと掴んだのがせいぜいだという。

 俺のシャツにどんな感情が宿っていたのかはしらんがそういうことで摘まれていたのかと思うと不思議に思ったりする。




「自炊するんだ」

「そりゃね。それなりに生活費は貰っているけど、無駄遣いはしたくないし、料理とか掃除とかきらいじゃないからな」


「アタシ両方とも大嫌いだった」

「うん、イメージ通りだな」


 ひどーいって言ってポカポカ俺のことを叩いてくるけど、物理干渉しないようでこぶしはスルスルと抜けていってしまっている。なんとなく叩かれている気分ではあったけどね。


「そういえば、皆本は飯、どうすればいい?」

「要らないよ。アタシ、オバケだし」

「茶碗にご飯山盛りにして箸刺したりとかしなくていいんだ」

「どうぞお構いなく~」





 この日から俺とゆかりとの奇妙な同居生活が始まった。ちなみに皆本と呼ぶのは他人行儀だからと名前呼びを強要された。もちろん俺も寛之と名前で呼ばれるようになった。

 誰に聞かれるわけでもないので受け入れてしまったけど、後から考えたら少し恥ずかしいな、これ。


 ゆかりは俺に憑いているので基本的に何処に行くにも一緒である。さすがに風呂とトイレは絶対についてこないように言い含めておいたけど。


「あのさ、二人きりのときは誰にも聞かれていないから口頭で会話していてもいいけど、他に誰かいる場面ではゆかりは喋ってもいいけど俺はスマホで文字打ってメッセージアプリをいじっているフリするから」


「わかった。アタシはそれを読めばいいんだね。寛之は頭いいね!」


 そうしないと、ただの危ない人になってしまうのでこれだけは絶対なんだ。虚空に向かって話しかけている俺ってかなりシュールでヤバめだもんな。



 生きているときは殆ど会話なんてしたことないのに死んでからはゆかりとは喋りまくる。どうでもいいことから、グチだったり、勉強のことだったり。学校のことからテレビやネットの話など。

 そして俺にはまったく余計な噂話だけは知りたくもないのに人一倍に知るようになった。何しろ噂話の相手にはゆかりがぜんぜん見えないのでコソコソと話をしたところで完全に筒抜けになっているからね。

 誰と誰がこっそりと付き合っているとか、誰と誰がいがみ合っているとか一見仲が良さそうなのに実は裏で悪口の叩き合いをしているとかとても無駄な話をゆかりは仕入れてきては俺に話すんだ。

 お陰でクラスメイトを見る目が少し変わってしまった自覚がある。知らなくていいコトってあるんだなと思う今日このごろ。






 ゆかりの死から1週間もするとクラスもだいぶ落ち着いてきた。一部まだ受け入れられていない子がいるようだけど概ね彼女の死を受け入れているようだった。


 その後、休み明けから教室に戻るとゆかりの机が撤去されていた。辛い思い出になるから早々に片付けてしまおうといった学校側の配慮的なものだと思う。


「ひどーい! アタシの机がなくなったぁ~」


 一部うるさいのがいるが誰にも感知されていないので騒ぐだけ無駄というもの。いや、俺としてはうるさくて仕方ないのだけども。



 授業中は当然ながら俺との会話はない。それどころか俺も授業に集中したいのでゆかりのことは完全に無視した状態になる。休み時間だって数少ない友人との語らいに使いたいじゃない?


 学校でゆかりと話すのは基本一人になりたいといつも行動していた昼飯のときだけになる。


「つまんない」

「しょうがないだろ。俺から離れられないって言っても半径200メートルくらいは移動できるんだからフラフラしてりゃいいだろ?」


 先日実験して憑かれた状態でどの程度距離を置けるのか調べてみた。だいたい200メートルほど離れるとロープで引っ張り返されたみたいにそれ以上は進めなくなるそうだ。

 半径200メートルの範囲が広いのか狭いのか今ひとつピンとこないが、授業中に他のクラスに遊びに行くくらいは容易だと思われる。


「寛之とお話したいよぉ」

「生前なんかまったく会話してなかったんだからいいじゃん」


「そういうことじゃない。生前だってお話したかったんだもん」

「……そうなの?」


 それにしては会話なんてものはほぼなかったと思うのだが。


「それに……アタシが寛之といっしょにいられるのだってあと40日くらいなんだよ?」

「え!? そうなの?」


「もう、それいい出したのは寛之のほうが先だからね」

「あ、ああ。四十九日すぎるまでは云々ってやつか。じゃあ一月ちょっとでゆかりは成仏しちゃうのか……」


 頭をガツンと殴られたような衝撃を感じた。成仏とかそれはわかっていたのに考えから除いていた気がする。ゆかりとはせっかく話をする仲になったっていうのに。


「強い怨念や未練があると成仏できないらしいんだけど、それはそれで怨霊になる可能性が高いんだって」

「そっか。それにしても良く知っているな」


「ネットで調べた」

「さいですか……」


 幽霊なので感情が高ぶったとき以外物理干渉はできないけど、電気的なものには何故か干渉や操作ができるとのこと。ポルターガイスト現象で照明がチカチカしたりするのはそのせいだとか。


「まさか俺のパソコン使ったのか?」

「そだよ。寛之も男の子だね。えっちなのいっぱい見ているんだね」

「…………」

「言ってくれればアタシがオカズになるよ?」


 ちょっと想像してしまった。ゆかりの裸を見ながら自分でいたす。さすがに恥ずかしすぎてこちらも昇天してしまう可能性が否めない。


 いや。そんなことよりも何よりもさっきの会話で俺とゆかりには残された時間があまりにも短いんだって気付かされた。なんとなくだけどずっとこのままいるんだって、なぜが、そう考えていたから。


「ゆかり、今日の放課後。暇か?」

「暇以外に何があると思う?」


「だよな」

「なにか用事でもあるの?」


「ただまっすぐ帰っているのもなんだし、カラオケでも行かないかな、と思ってさ」

「いくいく! わーっ、初めて寛之が誘ってくれたね。いっぱい楽しもう!」


 カラオケなら誰にも会話は聞かれないし、一人カラオケっていうのもあるから他の人から俺が一人でカラオケしているように見えていてもおかしいところはなにもない。



 カラオケは多分一番狭い部屋に通されたのだと思う。感覚的に四畳半あるかないかである。まあ人間一人と幽霊一人なので問題はないが。


「どうする? ゆかりが先に歌うか?」

「いやいや、ここは男の子の寛之が先陣を切るところでしょ?」


「んー別にいいけど、俺のうたう歌ってアニソンかマイナー歌手の歌ばかりだぞ」

「いいって! 早く歌を聞かせてよ」


 とりあえず今期のはやりのアニメの主題歌を入れた。部屋は狭いが機械は最新みたいでデンモクをいじればすぐに目当ての曲は見つかった。



「うわぁ寛之何気に歌うまい! 今度はアタシね! デンモクはなんとか操作できるみたいだからリクエストはもう入れたんだー」


 マイクを持つことができないのでマイクはスタンドにセットしてやった。

 人のこと上手いなんて言っていたが、なんのゆかりもうますぎてびっくりだった。ただし、歌が盛り上がるときになんでかハウリングがひどくなるし、照明もチカチカしてしまうのでやっぱり幽霊なんだなと再認識してしまう。


 歌い始めて宴も酣。もうちょっと歌っていてもいいかななんて思っていたところでゆかりがラブソングを心を込めて歌っている最中に突然にすべての電源が落ちて辺りも真っ暗になってしまった。


「ちょっと感情を込めすぎちゃったかな?」

「これってゆかりが原因なの?」


「多分そう。心霊現象ってやつじゃない」

「またポルターガイストしたのか。しょうがないなぁ」


 停電が収まるのを待っていたがぜんぜん復旧してこないので帰ることにした。店員さんも平謝りだったが原因がこちらにあるので申し訳無さでいっぱいになる。


「もう電気系の遊びのところはやめよう」

「ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。仕方ないことだし」


 ゲーセンとかも行こうと思っていたけどやめておくことにしよう。


「そうだ。ゆかりって動物好きだって言っていたよな。今度の休みは動物園に行こう」

「いいの? どうしたの。今日といいデートに誘ってくれるなんて柄じゃないよね」


「正直慣れないけど、あと40日しかないんだと思ったらなにかしないと居ても立っても居られないって感じでさ。おかしなもんだけど」

「ありがとう!」


 飛び切りの笑顔を貰ったのでがんばってエスコートしないといけないな。今度は人前だから会話には気をつけないとだけど。






「うわぁ~なつい~ここじゃないけど動物園ってちっちゃい頃何度か来たんだよね~弟が生まれた途端にまったく来なくなったけど」

「そうなんだ。俺も動物園っていえば母さんと来た思い出がうっすらあるくらいだな」


「お母さんは?」

「がんだったんだ。もう10年も前のことだし、母さんはちゃんと成仏していると思う」


 父さんに憑いていたりしたらそれはそれで微笑ましい気がするのはちょっとゆかりに毒されすぎたかな。




 最初のうちはスマホに文字を打って会話していたけど、途中からはめんどくさくてスマホで電話しているように振る舞って普通に会話していた。他人の電話なんて聞いている人なんかいなかったしね。


「アタシ、幽霊になって始めて良かったって思った」

「どうして?」


「フヨフヨ浮いていって動物の直ぐ側まで行けるの。でもあいつら感がいいのかアタシが近づくと逃げるんだよね」

「サル山なんてパニック起こしていたもんなぁ」


 夕方の閉園時間までたっぷりと動物園を堪能した。ここまで遊べるとは考えていなかったがゆかりがとても楽しそうにしていたのが印象的。


「連れてきてくれてありがとうね」

「俺がしたかっただけだから」


「……あの、お願いがあるんだけど」

「ん? いいよ。俺ができることなら何でも言ってみて」


「海に行きたいなぁって。来週、連れて行ってくれる?」

「おーけー。お安い御用だよ」




 ゆかりが行きたがったのは奇しくも俺がむかし住んでいた街の海辺だった。じつは母さんが亡くなる小学校2年生くらいまで俺はそこに住んでいたんだ。

 亡くなってからは父方の祖父母の家で世話になるため引っ越してしまったのでかれこれ10年ぶりに訪れることになる。俺も久々なので懐かしく思う。


「思い出かなんかあるのか?」

「うん。忘れられないことが一つ」

「そっか」

「うん」




 翌週は生憎の荒天だったので海に行くのは先送りになった。時間はどんどんと過ぎていくがこればかりはどうしようもなかった。


 残り時間はざっくり3週間。長いようであっという間にやってきてしまう。逸る気持ちが抑えられなくなってきた。


 翌週は快晴。行こうとしている街の天候も良好。朝も早くから目が覚めてしまいすぐにでも駆け出しそう。


 海までは電車でおおよそ4時間かかる。直通運転があれば少しは短縮できるがそうは都合良くはできていないので、乗り換えを重ねて昼前ころに到着した。


「海に直行?」

「まずはそうでしょ! せっかくここまで来たんだから。寛之は水着持ってきた?」

「持ってこないよ!? もう10月にもなってすっかり秋ですが」

「だよねー。オバケといえば夏なのにアタシ季節感なさすぎ~」



 駅から海までの裏路地を歩いていく。なんとなくだけど何度も通っただけあってぼんやりとだけど覚えているものだな、とおもった。


 お弁当を買って海を眺めながら一人で食す。ずっとだけどこんなときに一緒にゆかりもご飯が食べられたらいいのになっていつも感じる。


「ゆっくりしよう」

「ゆかりがそれでいいなら」


 レジャーシートを持ってきたので浜辺に敷いてゴロンと横になる。なんか心地良いし朝が早かったので腹がくちくなったら眠くなってきた。





 夢を見た。

 俺はまだ幼くて、母さんも生きていた。

 その母さんに手を引かれながらやってきたのが当時通っていた保育園。こばとだかこじかだか名前がついていた気がするけどもう忘れてしまった。

 そこの保育園に仲の良いお友達がいた。名前は思い出せない。よーちゃんかゆーちゃんだったとおもう。

 おとなしい女の子で、他のお友だちの中になかなか入っていけないのを見つけて俺が一緒に遊んであげたのが最初だったと思う。あの頃の俺は今で言う陽キャのコミュ強だったんだよな。

 名前が思い出せないのに一番の友だちだって言うのは烏滸がましいが、確かに一番の友だちだったのには間違いはない。

 おままごととかすれば夫婦役で周りからちゅーしろとか言われていたような気もしなくもない。


「ひろくん。おとなになったらあたし、ひろくんのおよめさんになる!」

「そっか。じゃあおれがむかえにいくね!」

「「けっこん! けっこん! ちゅーしろっ」」


 ままごとの子ども役だったけんちゃんとみゆちゃんが騒いだのでなんとなくその子とちゅーしたことだけは覚えている。ガキの頃なんでノーカンだけどあれがファーストキスだったな。

 あー思い出した。あんな事やっていたよなぁ。あの子今頃どうしているだろうなぁ――。





 目が覚めた。

 目を開けるとゆかりがじっと俺の顔を覗き込んでいたのですごく驚いたけど、なんとか声を上げるのだけは堪えた。


「良く寝ていたね」

「うん、なんか夢見ていたよ。懐かしいの」

「夢に出ていた場所に行ってみる?」

「あ、うん。久しぶりだし場所わかるかな?」

「大丈夫。アタシがわかってるから」

「? そうなの」


 よくわからないけど、寝起きのボーっとする頭だとよく考えられなくてゆかりの言うがままについていくことにする。昼寝のあとってどうもダメなんだ。




 20分ほど歩いただろうか。駅の方角とは反対側で大きな川の土手を歩いていくと小さな林の中に保育園があるのを見つけた。


「あれって」


 あれは多分俺が通っていた保育園だ。なんとなく見覚えがある。規模の割には広い園庭に平屋建ての園舎。むかしはなかったと思うが小さな体育館みたいなものまである。


「こじま保育園……」


 惜しいな。こばとでもこじかでもなかった。俺の記憶力もたいしたことないなぁ。

 外からじーっと眺めてしまったけど、これじゃ不審者にしか見えないなと思う。園が休みの日で助かったかもしれない。


「そういえばさ、なんで俺が保育園の頃の夢を見たってわかったんだ? わかっていてここに連れてきたんだろう?」


「だって、寛之が夢を見るように一生懸命に干渉したのはアタシだもん。オバケも頑張ればいろいろできるんだよ」


「それにしたってどうして保育園? あとなんでこの保育園のことゆかりが知っているんだ?」


「まだわかんないの? ひろくん……」


 ひろくん……? よーちゃん……ちがうな。ゆーちゃん……ゆー。ゆかりのゆ。


「ゆーちゃんってもしかしてゆかりなのか?」


「やっとわかったんだね。この鈍感さんめ」


 暫し唖然、呆然とする。まさかの幼馴染(でいいんだよな?)だったという衝撃の告白。知らぬは俺ばかりだった模様。


「ゆかりはわかっていたのか?」


「うん。同じクラスになったときからね。すぐに分かったよ。それで、1年のときになんで気づかなかったんだろうって悔やんだりもしたぞ」


 すこしおちゃらけた言い方したけど、それって俺との再会を喜んでくれているってことでいいんだよな? 気になりすぎたので思わず質問する。


「えっと、聞いてもいいかな? それって会えて嬉しかったってことでいいのか?」


「……当たり前だよ。だって……初恋の人にまた会えたんだよ。嬉しいに決まっているでしょ」


「はへっ!? は、はつこい!」


 変な声出た。ゆかりの幽霊が出たとき以上の動揺を今見せているのがよく分かる。


「そうだよ。保育園のときがアタシの初恋。相手はひろくんだよ……。あの約束、覚えている?」


 その約束っていうのは夢でも見たあれのことだよな……。


「俺と結婚するってやつ」


「あたり。アタシね、ずっと忘れなかったんだよ。違う小学校に行っても、人づてにひろくんが遠くに行っちゃったのを聞いたときも」


 だから、高校生になって再会できたのはもう運命だと思っていたという。でも、陽キャなゆかりとそういうのとは縁のなさそうな俺だったので話しがけづらかったらしい。

 そうこうしているうちにあの事件が起こりゆかりは死亡。家族のことで大分やさぐれていたので生に対する執着はなかったが、俺の存在が未練となってしまい今の状況になったようだ。


「ごめん、俺がもっと早く気づいていればそもそもゆかりが死ぬこともなかったかもしれないのに……」


「それは関係ないよっ。あれはアタシがもっと注意しておけばよかっただけで、それに……過ぎたことを言ったところで仕方ないでしょ? それよりも、アタシにはもう時間が残されていないから……えっと……」


 それまで言い淀んだことなんてなかったゆかりが言葉を出しかねているような様子を見せる。


「えっと、あのね。うんと、こんなことを言うのは図々しいと思うし、寛之には迷惑だと思うんだけど……」


「どうしたんだよ。もうなんだかんだで一月ぐらいは一緒にいるんだ。今更迷惑だとか遠慮とか要らないだろ?」


 ゆかりは顔を赤くしてもじもじとはっきりしない。普段は幽霊らしく青白い肌をしているのが赤くなっているのをみるとちょっとドキッとした。

 幽霊に向かって言うことではないかもだけど、なんというか、とてもかわいかった。


「怒らない? 変なこと言うなってバカにしない?」


「怒らないし、バカにもしない。ちゃんとゆかりの話を聞いたうえで判断するから一度ちゃんと言ってみて」


「うん。じゃあいうね――アタシは今でもひろくんのことが好き。死んじゃってこんなになっちゃったけど、残りの3週間だけ恋人として付き合ってください!」


「っ!」


「あ、ごめんなさい。やっぱりダメだよね、変だよね。だってアタシ、オバケだもんね……」


 シュンとして顔色も元の青白い肌に戻ってしまう。確かにこのタイミングで告白されるとは思っていなかった。保育園のときの結婚云々は懐かしいね、くらいの話だと思っていた。


「もしかして、ずっと忘れていなかったっていうのは、ずっと俺のこと好きでいてくれたってことなのか?」


「うん……」


「そっか…………。その気持を聞く前にゆかりが亡くなってしまったのは残念かもしれないけど、3週間、よろしくお願いいたします。俺の恋人になってください」


「えっ、本当に? えっ、やった! 寛之がアタシの恋人なの? わーい」


 泣いたカラスがもう笑っていると言うけど、まさにゆかりがそうだった。シュンとしていたのに俺が了承した途端に有頂天に大騒ぎしている。そんなのも可愛いと思ってしまっている俺も俺なのかもしれないけど。

 俺の手を取ってブンブンと振り回す。感情が爆発しているから物理干渉もできているんだな。本当に喜んでくれているのが丸わかりでなんとも分かりやすい。

 手を振り回したあと俺に抱きつこうとしたけれど、物理干渉も長続きはしないようで、スカッと俺の身体を通り抜けてしまった。


「ああ、もったいない! 先に抱きついておけばよかった!」

「いいだろ、また今度そういう場面で抱きつけば」

「いいの?」

「いいだろ? 恋人なんだから」





 その日の夜から一緒のベッドで寝ることになった。

 とはいえ、俺は普通に布団を欠けているけど、ゆかりは布団も何も透過しているのだけど。

 今までは俺が寝ているときはそこら辺でテレビを見ていたり、パソコンを弄ったりしていたゆかりも初めて俺の横で寝ることにしたようだ。


「幽霊だから寝ることはないんだけどね。お腹もすかないし眠くもないから便利っちゃ便利だけど楽しみもやすらぎもないよね」


「じゃあ俺の寝顔でも見て楽しんでくれ」


「それは今までも毎日していたから、今日からは寛之の夢の中に出現することにするよ。夢の中なら何でもできるよ?」


「何でも?」


「そう、なんでも。だよ?」


 いい夢を見た。二人で手を繋いでデートもしたし、夢の中だけではあるけど大人の階段も上がってしまった。まあ、目覚めたときはちょっと片付けが大変だったけど、悪くはなかったと思う。




 それからは学校が終わるとすぐに自宅に戻ってゆかりととにかくいちゃついた。本当に触れ合えないのがもどかしかったけれど、会話そのものが恋人のそれに変わっただけでもかなり気分が違っていた。


 端から見たら馬鹿だと思うだろうけれど、本当に俺は幽霊のゆかりのことが好きになっていた。もし、俺も死んだら一緒にいられるのかもなどと危ない考えの一歩手前まで言ってしまったのも事実だ。




「なぁ、中条。大丈夫か?」

「ん? 何がだ」


 学校の休み時間に友人に話しかけられる。どうも口調からして本当に心配してくれているようなのはわかった。


「おまえ、ここんところすごくやつれているぞ」

「ああ、ここのところちょっと眠れなくて医者で睡眠薬を処方されているんだ。そのせいかもな」


 睡眠薬を処方されているのは本当のこと。しかし、眠れなくて処方してもらっているのではなくて、早くに寝て夢の中でゆかりと会いたいから悪いことだとはわかっていながら眠れないと嘘をついて医者に薬を出してもらっていた。


「まじで!? それやばいやつじゃん」

「まあ、そのうち良くなるって」


 ゆかりとの残された時間はすでに1週間を切っている。かなり焦っているのは自覚しているが形振りかまっている場合じゃないんだ。




「アタシ、今日から一緒に寝ないし夢にも行かない」

「ど、どうして?」

「ひろくんが死んじゃう。そんなのアタシ耐えられないよ」

「死なないって」


 ここ数週で体重は5キロ落ちた。目の下には常に隈ができているし、食欲もあまりない。客観的に見ても心身ともにやばいのは自分でもわかっていた。


「ひろくんがアタシのこと好きでいてくれるのはすごく嬉しい」

「だったら――」


「でも、今のひろくんは見ていられない。ひろくんにはアタシがいなくなったあとも幸せに暮らして欲しいの。苦しんでほしくないの。アタシのことはただの思い出にして先に進んで欲しい」

「……」


 幽霊に取り憑かれた生者は生気を吸い取られてしまうという。それも本望だと言えるのだけど、それによってたとえ俺が死んでもゆかりと一緒にいられる保証は何処にもない。

 それどころかもし俺が死んでしまったらゆかりは喜ぶどころか悲しみに暮れ、それこそ怨霊になってしまう可能性だってある。


「……わかった。自重する。だから、何処かに行ってしまうなんてことは言わないで、ここに居続けて欲しい」

「わかったわ。あと少しだけだけどアタシもひろくんと一緒にいたいもん」






 皆本家の四十九日法要に他人の俺が出るわけにはいかなかったので、法要をやっている寺の境内にいるにとどめていた。


「今日でお別れだね。本当にありがとう」

「俺こそ、短い間だったけど本当にかけがいのない時間をありがとう」


 それ以降は涙が溢れてしまい言葉が出てこなくなってしまう。伝えたいことはたくさんあるのに声にならなかった。

 やがて法要が始まるとはっきりしていたゆかりの姿もゆっくりと透けてくる。終わりの時間が近いんだと感じた。


「ゆかり……」

「寛之……」


 最後に神様が奇跡をくれたのかもしれない。


 俺はこの両手にゆかりのことを抱きしめて、ゆかりも俺もことをしっかりと抱きしめて最後の口づけをしたところでゆかりの姿は光の粒になって消えてしまった。


「ゆかり……ゆかりぃぃぃぃーーーーっ!!」

 ゆかりはもう何処にもいない。


 俺の恋も今終わった。

























 あれから15年が過ぎた。


 ゆかりの願いが俺の幸せだったので、一生懸命勉強もしたし、コミュニケーション能力も積極的に磨いたつもり。

 ただ32歳にもなって、結婚はおろか恋人さえいたことがない。現実世界では童貞の魔法使いってわけ。

 どうやってもゆかり意外の女性には心がまったく動かなかったので仕方ないと思う。こればかりはゆかりにも諦めてもらうしかないだろう。


「中条、ちょっといいか?」

「はい、相模課長。なにか御用でしょうか?」


「悪いんだけどさ、ひとつお願いを聞いてもらえないか?」

「お願い?」


 この課長にはすごく世話になっているし、兄弟のいない俺にとっては兄貴のような存在でもある。そんな彼のお願いだったら何でも聞いてしまいそうだ。


「あのさ、すごく私的なやつなんで断ってもらっても全く平気なんだけど」

「はい」


「うちの娘の家庭教師やってくれない? なんだかわかんないんだけど、娘の指定が何故か中条なんだよ」


「家庭教師ですか? それに俺、でいいんでしょうか?」

「いや、だからさ。ご指名なんだ。よくわからないけど一つここは頼むよ」




 その次の休日。俺は課長のお宅にお呼ばれしていた。先般の家庭教師の件だ。

 俺は学生の頃家庭教師のアルバイトはやったことがあるので、教えることはなんてことはない。もしかしたら課長のお嬢さんもむかしのデータか何かを見て俺のことを知ったのかもしれない。当時の俺、教師として成績良かったし。


「中条、ほんと申し訳ない。バイト代ははずむからよろしく頼むよ。娘は2階の自室にいるからよろしくな?」


 父親である課長はなんかお嬢さんに嫌われているらしく部屋に近づくことも許されてないらしい。思春期あるあるだな。それなら俺もダメなんじゃないかと思ったけどそうではないらしい。素直に入室させてもらった。


「こんにちは。中条です、はじめまして」

「相模ゆかり、です」

「……ゆかり?」

「そうです。ゆかりっていいます」


 久しぶりに彼女の名を聞いて懐かしい気持ちになる。そういえば、この子なんとなくゆかりに面影があるというかなんというか……。


「きょ、今日は家庭教師ってことで来たんだけど、俺のこと何処かで聞いたのかな?」

「ふふふ。まだわかんないの? ひろくん」

「え!?」

「アタシだよ」

「……ゆかり?」


 課長んちの娘のゆかりちゃんがあの俺が高校の時のゆかりで、あの……あれ? どどど、どういうこと?


「慌てないでよ。ちゃんと説明してあげるから」

「お、おう」





「――ということでアタシは輪廻転生したわけです。オバケがいるんだから転生もありっしょ」

「……おう」


「なんか嬉しそうじゃないね」

「いや、びっくりしすぎて何も考えられないんだ」


 ゆかりのむかしの記憶が戻ったのはつい最近のことらしい。漫画とかで異世界転生モノがあるけどあんな感じなのかもしれない。


「でね、調べたらひろくんはパパの会社の部下だって言うじゃない。もう絶対これは運命がアタシらを離さないって決めているのよ」

「そうだな。ここまで来ると運命とやらも信じてもいいかもしれない」


「だから、今度こそちゃんと付き合おうよ」

「でも今のゆかりは15歳だろ。それって犯罪じゃん」


「だから家庭教師なんじゃない。それなら会っていてもおかしくないでしょ?」

「なるほど?」


 なんとなく言いくるめられた気はしなくもないが、ゆかりとまた会えるのなら些末なことだと考えるのを放棄した。


 それからこっそりと交際を続けた。3年後俺たちはゆかりの高校卒業をもって結婚することになるのだが、ご両親も何故か乗り気で、半ば強引に結婚させられた感じだ。


 思うところはないわけではない。けど。




 ま、悪くはないわな。






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俺の恋人は幽霊でした! 403μぐらむ @155

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