ゆめゆめ、りゅうをはらう

サカモト

ゆめゆめ、りゅうをはらう

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 小爆発の音とともに、竜の口から炎が放たれる。

 瞬間、おれの視界のすべてが赤だけになって、次にとんでもない熱に包まれた。しかも、逃げ場はない。

 そいつは見上げるほど大きな竜だった。茶褐色で表面は角ばった鱗質だった。牙も大きいし、爪の大きい。どちらで、ひと撫でされれば人体は、人型をとどめておくのが難しい。竜の各部は、かんたんにこちらの生命を届くものが多い。竜は生命体として、人と愛称が悪すぎる。

 この世界には竜がいる。

 そして、人がいる。

 言い直すと、竜の世界に人がいた。

 人は竜が恐い、とにかく怖い、ただ恐い。竜が近くにいると、恐くてたまらない。たとえば、竜が家の近くに現れれてしまえば、もうまともに暮らせなくなる。学校の近くに現れれば、勉強だって集中できなくなる。

 人以外の生命もそうだった。たとえば、そばに現れれば、牛も怯えて、乳の出も、ひどくわるくなる。

 とにかく、竜が近くにいるだけで、人は、人の世界を保てなくなる。そして、人は竜へを克服することはできそうにない。少なくとも、この三百年ではそうだった。三百年以上前の人の歴史はわからない、なんせ、記録が残っていないし。

 記録がないのは竜に滅ぼされたからだった。人はこれまで、何度も竜に人の世界を滅ぼされた。ゆえに、三百年以上前の記録がない。わかっているのは、

 竜は怒ると群れになる。で、空を竜で覆い、無差別に人の世界を焼き、真っ平らにしてしまう。

 ただ、竜はこちらから手を出さなければ、攻撃はしてこない。現れたとしても、なにもしなければいい。

 とはいえ、竜は自由だった。好きな場所に、好きな時に現れる。人間の都合など、関係ない。

 けれど、人が攻撃すれば、竜は怒る。鉄製の剣、火薬等々を駆使して、攻撃すると、たちまち激高し、他の竜を呼び、群となって空を覆い、あとはひたすら、口から吐く炎で世界を焼いていく。攻撃するのは、攻撃した者たちだけはない、無差別に焼く。竜に手を出すこと自体が、世界を滅ぼすことになる。

 ただ、ふしぎなことに竜は、竜の骨でつくられた、そう―――たとえば、竜の骨でつくられた剣で攻撃すると、怒るけど、他の竜は呼ばない性質がある。

 そのため、竜の骨でつくられた剣をつかえば、世界を滅ぼさせず、竜を仕留めることも可能だった。むろん、竜を倒すことは、かなり難しい。炎は吐くし、爪は鋭いし。立ち向かう者も命懸けになる。ゆえに、お金もかかる。

 いっぽうで、竜は少しでも、傷を負うと、空へ飛んで逃げて行ってしまう性質もある。なので、竜の骨でつくられた剣で竜を攻撃し、小さな傷を与えることで、その場から追いうことができる。

 それをするのが、竜払いという者たちだった。おれである。

 竜を倒すのは、お金がかかる。けれど、払うだけなら、命の掛け率が下がるので、安くなる。

 で、おれは、この日、竜払いを依頼された。

 場所は町の中心部にある広場だった。石像と、りんごの木が一本立っている広場だった。りんごの木には実がなっている。

 そんな広場に、およそ二階建て家屋ほどの大きさの竜が現れ、それを払いにかかった。

 背中に背負った剣を鞘から抜く。

 竜の骨でつくられた剣は、刃が白い。

 この剣で竜へ少しでも傷を負わせれば、竜は空へ飛んでいってしまう、はず。

 けれど、狙いが狂い、剣は竜へ届かず、結果的に、いま、おれは炎に包まれかけていた。

 竜が口から放った炎が全身を包みに来る。

 おれはとっさに着ていた外套で身を包んだ、炎が直接、皮膚へふれるのを防ぎつつ、距離をとる。外套は一瞬で、焦げてしまった。

 ああ、まだ買ったばかりの外套だったのに。この竜を払う依頼料より、高額だったのに。

 とうぜん、嘆いているような贅沢な時間はない。炎を吐き終わった竜は、今度は前足が一体化した翼と後ろ足でこちらへ向かって走って来た。一歩進むたびに、地面が揺れ、敷石が派手にはじけて飛んでゆく。

 おれは片手に剣を握ったまま左へ馳せる。直後、ついさっきまでいた場所に、竜が激突して、そこにあった家屋の壁を砕いた。こちらは、足を止めず、そのまま走り続ける。竜が身体を向き直り、おれを見た。向こうは、炎を吐いても届かない距離だと判断して、また走ってこっちへ向かって来る。竜の動きは遅くみえる、けれど、身体が大きいので、一歩の移動距離は長く、すぐに追いつかれた。瞬時、射程距離と判断した竜は、炎を吐く。こちらは、それをがんばってかわす、靴が少し焦げた、身体に傷はない。いまいちど、竜と距離をとる。竜は追いかけて来る。地面が揺れる。衝撃で周囲の家屋がずれたり、窓枠が外れる。りんごの実も落ちてゆく。走る竜の翼が広場に設置された石像に触れ、粉々になる。

 竜が吼えた。

 びりびりと、世界が振動する。

 おれは走り続ける。

 竜が追いつき、口を大きくあけ、三度炎を吐く。

 その瞬間、おれは地面に落ちていたりんごを拾い、竜の口の中へ投げこんだ。りんごは、すぽん、と竜の気管支へ入り込んだ。とたん、竜は咽て苦しむ。もがき、喉の苦痛から逃れるすべを求め、首を上下に大きく振る。

 りんごを投げたのは、攻撃ではなく、餌付け扱いだから、大丈夫。

 竜の首が下がった瞬間、おれは間合いを詰め、飛んで手持ちの剣で、竜の眉間を叩いた。

 手応えは、あった。

 ただ、おれの剣は刃を入れていないので斬れはしない。けれど、たんこぶ的な傷を与えるには、充分だった。

 頭部を叩かれて、傷を負った竜は、すぐに翼を広げ、空へ飛んで行ってしまった。

 こうして、おれは町から竜を追い払った。

 依頼も完了。

 ―――という。

 夢を見た。

 目を開けると、おれの身体は宿屋の寝台の上である、朝だった。

 夢、だったのか。

 あんなに苦労し、必死になって、竜を払ったのに、ぜんぶ夢だったのか。

 がっかりだ。

 ひどく損をした気持ちだった。

 それでも、なんとか気を取り直し、寝台から起き上がる。

 で、壁にかけていた外套を見た、二日前にかった新品の外套を。けれど、外套はひどくぼろぼろだった、完全に竜の炎に焼かれた感じがある。

 夢じゃなかったのか。

 どうやら、昨日、おれは本当に竜は追い払ったらしい。おれの外套が滅びている。

 がっかりだ。

 おれはこの朝、短い期間の中で、二種類のがっかりを体験した。

 正直、夢ならよかったかも、わからない。

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