第3話 戸読塗という先輩

横並びになろうと歩幅を落とすも、その分だけ彼女はさっと足を遅らせる。

俺はさながら煽り運転をされているかのようにビタ付きで背後を取られ続けていた。


自分の中で彼女への期待や興味がふつふつと湧き上がっていくのを感じる。

「自分、獅子方勲って言います。戸読さん…の下の名前は何と言うんですか?」

「ぬ、ぬり…ぬりぬり…」

何やらぬりぬり言い出した。


「どふっ、どうしたんですか?」


まるで動作不良を起こしたロボットのように固まった彼女を見て、

思わず吹き出してしまう。


「戸読…塗(どよみ ぬり)です」

「あぁー!だからぬりぬり言ってたんですね」

「ひぇ…」


終始怯える様子の彼女を見て、恐怖よりもギリギリ心配が勝った。

彼女にものっぴきならない事情があったのだろう。


環境が人格形成に及ぼす影響は測り知れない。

自分が何にも興味を持ってこれなかった事も、きっと借金が原因なのだろう。

そうに違いない。


「ファミレスならよく働いてたんでいい場所知ってますよ。案内しましょうか?」

メリットと言えば人より色んな職の実態を知っている、それくらいだ。


「じゃ、じゃあそれで…」

戸読さんはそう言って、とぼとぼと俯きながら後をついてくる。

その姿はどこか愛らしかった。


横並びになろうと歩幅を落とすも、その分だけ彼女はさっと足を遅らせる。

俺はさながら煽り運転をされているかのように彼女はビタ付きで背後を取り続ける。


マズい…このまま食事が始まればより一層、喋りづらい空気になってしまう。


金の為に入った職場。一切誰とも会話せず仕事をするというのもアリだろう。

ただ、LoverShukaは未だ実態が見えない。

いざという時のためにも同僚との関係は良好に保っておきたい。


そう思い会話を始めようとした瞬間、彼女の口から唐突に話題が投げかけられた。

「えと…獅子方さんが私共の会社に期待することはなんですか?」


「え?」

「あ!この…この会社です!」


あ、あまりにも脈絡が無さ過ぎてびっくりしたぁ…


おそらく先ほど彼女が受け取っていたファイルには面接用のマニュアルが同封されていたのだろう。何かあの男から指示を受けていた様子もあり、俺の真意を聞き出そうとしていることは容易に伺えた。


俺は背後からのビジネスライクな問いかけに、変わらず前を歩きながら返答する。


「そうだなぁ、給料がしっかりと支払われること…かな」

「給料…ですか?」

「うん、正直まだ疑ってる。だって時給5000円だよ?」

「はぁ…えと、ここでセールスポイントを押す…」

「…」


「何か?」

「あっ…そっか…」

「せ、正社員登用だと倍近くのお給料が支払われます!あ、らしいです…」


「うっ!…くふっ」

あーおもしろこの子。存在も何もかもが予想外で当分飽きないなこりゃ。


「マジか!なおっ…ぶぶっ!さら辞めれねえな」

我慢しようとして屁をこいたみたいな音が出てしまった。


「次!次行きます!」

「はい」


「どうしてけいや…!あ、次か…」

「ん?」


「あ、間違えました!」

「はい」


「明日…絶対にあなたが死ぬとしたら何をしますか…」


大手企業のように、とんちの利いた回答を期待しているのだろうか?

それともただ人間性を測りたいがための質問か。

まぁ、上手く利かせる頭もないので、どちらにせよ正直に答えるほかない。


「バイト」「自殺…」

「「え?」」


声が重なった。彼女は子供のように純真な眼差しで俺の脇に駆け寄り尋ねる。


「ど、どうしてバイトなんかするんです?」

「いや、バイトより自殺の方が変ですよ」


「やっぱり、おかしいんでしょうか…?」

「いや、まぁ…」


同じ回答になるようなものでもないし別に変だとは思わない。

ただ、一般的に予想される回答を大きく外したそれは可笑しいとは思うが。


「私は…どうせ望みが叶わないなら、人前で自殺して確実に埋めてもらいたいな…と思います。生きるのは辛いので…獅子方さんはどうしてですか?」


「だって、明日死ぬかもしれないのはいつだってそうじゃないですか」

「はい…」


「積み重ねてきたものが人生になると思うから、俺は自分という個を変えずに死にたいんです。最後に自分を否定して終わりたくない」


「明日死ぬからと生き方を変える俺は見たくないんです」


そう言い終え、脇を歩く彼女の方を横目でみる。

先ほどまで俯いていた彼女は打って変わって、こちらをまじまじと見つめていた。


少しは心を開いてくれた…ということだろうか?


学生時代、誰かと歩く帰り道がいつもより早く感じられたように。

気付けば俺たちはもうファミレスの前まで来ていた。


「戸読さん着きましたよ」

「獅子方さん…呼び捨てでいいですよ…私多分年下ですし…」


確かに彼女の体躯や仕草から見ても幼くは思えたが、

もしかして想像よりも年下なのか…?


「何歳なんですか?自分23なんですが」

「えぇ!?あ、あの…」

「2、26でした…」


マジかよ!?アラアラサーじゃねえか!あらあらー先輩、それはアチャーだわ!

でも流石にそれは言えねぇよなぁ…ただでさえ繊細そうだし…


「お…おぉそれは色々と…大丈夫ですかね」

ヤバい!想像以上に深刻そうな声音になってしまった。

「え、えぇ!?ど、どうしよう…!」


ほら見ろ!先輩がワタワタしていらっしゃるじゃないか。

なんか見てて微笑ましいなこれ。


「あぁ…ごめん、これからはタメ口でしゃべるよ戸読。大丈夫」

「やった!やりました!」

「な…何が?」

唐突に戸読は嬉しそうに飛び跳ねた。

「マニュアルの目標達成なんです!」

それを言わなかったら百点だったのに…


はしゃぐ戸読を横目に店へと入店する。

「二人です。」

「2名様ですね、こちらへどうぞー」


後ろから戸読がちょんちょんと肘をつついてくる。

「どうした?」

「ちなみに…”模範解答はLoverShukaに依頼する”…らしいですよ」


「ほえー!なるほどなぁ!」

「ふふぇひひ…!へへへ!」


彼女の笑い方はいささか不気味だが、恐れは得てして無知からくるものだ。

今はもう感じない。




















「えと…獅子方さんが私共の会社に期待することはなんですか?」


えーと、どう答えたものかな。

おそらく先ほど手渡されたファイルは面接用のマニュアルだったのだろう。

一緒に飯を食べる体でおそらく俺の真意を聞き出そうとしていることが伺えた。


「あ!この…この会社です!」

大丈夫分かってるよーと思ってはいても口にはしない。

彼女がこの距離感を保とうとしているのは、これが彼女にとっての限界だからだろう。であればこの異常な状況こそまさに正常と言えるはずだ。

だから俺は口にしない。


背後からのビジネスライクな問いかけに、変わらず前を歩きながら返答する。


「そうだなぁ、給料がしっかりと支払われること…かな」

「給料…ですか?」

「うん、正直まだ疑ってる。だって時給5000円だよ?」

「はぁ…えと、ここでセールスポイントを押す…あっ…そっか」

「せ、正社員登用だと倍近くのお給料が支払われます!あ、らしいです…」


「うっ!…くふっ」

あーおもしろこの子。存在そのものが無茶苦茶すぎる。


「マジかよなおっ…ぶぶっ!さら辞めれねえな」

我慢しようとして屁をこいたみたいな音が出てしまった。


「次!次行きます!」

「はい…」


「どうしてけいや…!あ、次か…」

「ん?」


「あ、間違えました!」

「はい」


「明日…絶対にあなたが死ぬとしたら何をしますか?」


大手企業のように、とんちの利いた回答を期待しているのだろうか?

それともただ人間性を測りたいがための質問か。

まぁ、上手く利かせる頭もないので、どちらにせよ正直に答えるほかない。


「バイト」「自殺…」

「「え?」」

声が重なった。自然と足は止まり、彼女の方を振り返る。


「どうしてバイトなんか…」

「いや、自殺の方が変だろ」

互いの価値観に全く共感できないのは同じなようで二人して目を見合わせる。


「明日死ぬかもしれないのは一緒だろ?だったら普通に生きるよ俺は。自然だし」

「どうせ望みが叶わないなら、人前で自殺して確実に埋めてもらいたいな…と」


「やっぱり、おかしいんでしょうか…?」

「いや?同じ回答の方が気色悪いよ多分」



戸読さんは少しはにかみながらマニュアルを俺に見せつけた。


「”模範解答はLoverShukaに依頼する”…らしいです」


「ははっ!なるほどな!」

「ふふ…ふふふっ!へへへ!」


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その修羅場には裏がある! 折井 陣 @yamadaMk2

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