第2話 衝撃の幕開け

パロストと名乗った怪しげな人物。その男から先日、面接予約確認のメールが届いた。指定された場所は人通りの少ない道路の脇道だった。


「ここ…だよな」

先行きは暗く、足を踏み出すことを躊躇うような圧を感じる。


(ただ、まっすぐ信じて壁に向かって歩いて行ってください。)とは言われたが、

いったいどこまで歩けばよいのか見当もつかない。


もしかして公には明かせないような秘密組織だったりするのか?

それこそ忍者屋敷のからくりでひしめいているのかも、なんてことを考えながら歩みを進めているとしばらくして行き止まりに辿りついた。


「この壁か…」

仕掛けなんて存在を微塵も感じさせないほどありきたりな壁。

しかし区画を仕切るような壁ではなく、建物の壁だということは明らかだった。


メールの一文から見てもここに間違いはなさそうだ。


期待に胸が膨らんでいくのを感じる。呼吸を整え、壁に向かって駆けだした。

「うぉおおお!」


次の瞬間、全身に鈍い痛みが走る。

「ぐばぁ!」


体は潰れたカエルのように壁へとへばりつく、明らかにその感触はただの壁だった。


「いてて…なんなんだよ一体!」

「おは…おはようございますぅ…」

「うわぁ!?」

「へへ、へへ…」


後ろから来た女は下手な笑いを浮かべながら、壁へと消えていった。

「おい、嘘だろ…」


女の入っていった壁へと手をかざす。明らかにそれは壁の感触ではなかった。

「そ…そっちかぁ~…」


いや、不親切がすぎるだろう!まっすぐここまで来てたんだから!

ここにきて左手にある壁を疑う奴はいねぇだろ!

と、文句を言いたくもなったがこれも含めた試験なのかもしれないと我に返る。


俺は明らかに怪しい組織へと組するわけだ、そんな会社がバリアフリーな設計であるはずがない。この壁も部外者を遠ざけるための仕掛けとしてみれば納得が出来た。


息を整え、再度壁へと向き直る。

「よし…行くか」


壁はスライムのように柔らかい。

ひんやりとした空気が先に壁を抜けた手から伝わってくる。


「ん…んしょ…」

意外にも壁を抜けるのにはコツがいるようだ。

特に足先をくぐらせるのが難しく、力任せという訳にはいかなかった。


先ほど壁を抜けていった女はやはり組織の人間なのだろうか。

一見簡単に抜けれるように見えたが、それなりに組織に属して長いのかもしれない。


一切気配を気取ることが出来なかった辺り、彼女も相当の修羅場をくぐってきたと見受けられた。


壁を抜け、まず目に入り込んできたのは無造作にドアの前に置かれたチャイムだった。それはさながらクイズ番組で使う舞台セットの様だ。


「また罠なんじゃないだろうな…?」

壁に手をついて他の入り口がないか探してみる。

「何もない…か」


ただ配置がおかしなだけということも考えられた。それに、目の前のこれをわざわざ避けてドアをノックするというのも変だ。初対面での印象は後に響く。

社会人のマナーとしてここは意図を組みチャイムを押すべきだろう。


そうしてチャイムのボタンに指をかけた。

ぺそっ

「ん?」

ぺそっぺそっ

チャイムはその風貌からは到底考えられないほど軽い音を響かせる。

「な、なんだこれ…なんか間違ってるか?」

ぺそぺそぺそっ!ぺっ!

変わらず空を切る音がかすかに響く。見た目としては金属製のチャイム、一体何が起きているというのだろう。


その構造に疑問を持ち、チャイムを持ち上げ背面をのぞき込もうとしたその時だった。勢いよく扉が開く。


「うるさいうるさい!どれだけ鳴らせば気が済むんですか!…おや」

「あ、アンタはあの時の…!」

男は昨日会った時と一切変わらない出で立ちで姿を現した。

「な、なぁーんだ!勲君でしたか!てっきりまたあのクソガキかと…」

「クソガキ…?」

「いやいや!こちらの話ですよ!ささ、とりあえず適当な席に座って座って!」

適当な席って…


奥に見えるオフィスはとんでもなくごちゃついている。

棚や机といった家具も、ただなんとなくそこにある物という印象を受けた。


「一体どこに…」

「奥に座っている彼女の隣に座りましょうか」

「あ、あの女さっきの…」

「戸読さん!キミの隣の机に席!ありますか?」

「え、いや、えと!ないです!」


パロストはまるで予想外というような反応を見せ、辺りを見回している。


「どうしましょう…流石に君を立たせっぱなしって訳にもいかないですしね…」

そういうとパロストは奥に座る女の元へと駆け寄っていった。


パロストは耳元で何か彼女に囁いている。


「む、無理です無理です!きっと地獄になります!」

「大丈ーー、ーーとかしてーますから」

「そ…そこまでいうなら…」


何か覚悟を決めたような表情で彼女はそそくさと俺の元へと駆け寄ってきた。

近くにしてみると彼女の体躯は非常に小さくまるで子供のようだ。彼女の全長は

俺の胸辺りほどしかない。



「ヲッ…!」

「お?」

「お駄賃を上げるから近くのファミレスで一緒にご飯を食べて来い!」

「あ、食べましょう!」

彼女は告白のような勢いで頭を下げ、腕を思い切り伸ばして俺の目の前で5000円札とその漆黒の長髪をなびかせる。


「だ、駄目でしょうか…?」

「駄目ではないですけど…」

彼女の長い前髪からちらりと覗く瞳は真っ赤に染まっていて、こちらの命を刈り取らんとするような圧を感じさせる。


「に、にしても5000円って…パロストさん薄給なんですかね…へへ」

仮面の下は分からなくとも後ろに立つパロストのたたずまいは哀愁を漂わせている。


「はははっ!」

彼女という存在が面接に落ちることはないと証明している。

その事実に気づき、微かに残っていた緊張感も消え失せた。


「へ、へへ…」

女はそれとない作り笑いを浮かべており、それがまたシュールな笑いを誘う。


「それでは…戸読さん。どうかご武運を」

「は、はい!」


彼女はパロストからバインダーで丁寧に閉じられたファイルをにこやかに受け取った。パロストの胸中はいかほどか、想像以上に懐が深い男なのかもしれない。


「へへ…い、行きましょうか」

「あ、はい」


そうしてオフィスを後にした。

スマホを取り出し時刻を確認する。

時刻は13時を回った頃、真っ暗なスマホ画面に映る顔は微笑んでいた。






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