その修羅場には裏がある!

折井 陣

第1話 別れと始まり

修羅場、それは生きる上で避けては通れないものである。

主に現代日本では痴情のもつれを指すことが多いものの、ある者にとっては取引先との商談が、またある者にとってはスポーツの大会がそういった意味を持つように、辛く苦しい局面を指すことも大いにある。


そう、今の私のように。

「はぁ…はぁ…!なんなんだよ…一体!」

「頼むよぉ、早く出てきて死んでくれよぉ…何人殺せるか試してんだからさぁ!」


事態は少し前にさかのぼる。

志士方勲(ししかた いさむ)として生を受け、もうすぐ20代も半ばとなろう私は、今日も今日とて借金を返すべくバイト三昧の毎日を送っていた。


「らっしゃーせぇ…」

「いらっしゃいませー!」


「ほら勲!もう少しだから頑張って!」

「いや誰も来てねぇし…今深夜3時だし…」


「勲っていつ寝てるんだ?」

「え?わかんねぇ…」


今まで辛いことは何度もあった。

会社で不当に罪を背負わされ立場を追われたことも、付き合っていた彼女に裏切られ他校の奴にボコボコにされたことも、道端でうんこを踏んだ程度の不幸としていつだって受け止められたから今の私があるのだ。


「いいんだよ、今までだってどうにかなったんだから」

「勲…」


債河 績(さいが つむぐ)は良いやつだ。今にも泣きそうになりながらこちらを見ている。


別に同情を買いたいわけでも、どうにかしてほしいわけでもない。

ただ誰かが耐えなければ社会は回らないことは理解しているわけで、

今はただ借金返済という一つの目標に向かって頑張っているだけなのだが、

どうにもそれが績の琴線に触れたらしい。


「何も言わず、30分寝てこい!」

「いや、そりゃ悪いよ…」

「大丈夫!何かあったらすぐ呼ぶから」


実際身体は鉛でも出来ているかのように重かった。久しく筋肉痛になどなっていなかったが、朝の引っ越しバイトで体は相当疲弊していると見受けられた。


ここは、績の好意に甘えようか。


「分かった…ちょっと寝てくる」

「おう、ゆっくり休め」


「ふぅ…疲れた…」

休憩室の扉を開け、さっそくソファへと腰かける。

狭くもなく、広くもない微妙な広さの休憩室。

段ボールや台車などの備品でゴチャゴチャとした室内もいつしか安心感を感じるようになってしまった。


目覚ましのタイマーを30分にセットし目をつむる。

俺は意識を失った。


プシュ…ン ドタドタ!ガラガラ!


「な、なんだぁ…!?」

俺、いったいどれだけ寝てた…?

時計を見ると24分ほど経っていた。


「にしても今の音は一体…?」


績の奴…またトチッて棚ぶっ壊したんじゃないだろうな?

休憩室の扉を開け、レジへと向かう。

「績ー。いったい何の音…だ…」

眼前の光景に唖然とする。銃を持った男に、地に伏せる績の姿。

床に広がる鮮血は彼の死を容易に悟らせた。


銃を持った男はにやりと笑ってこちらを見る。

「お、ラッキー」

パシュ…!

「くっ…!」

咄嗟に身を翻し、休憩室に逃げ込む。

肩に一発銃弾をもらってしまった。

「なんだ、なんなんだよ一体…!?」

男はドンドンと扉を蹴りつける。


「頼むよぉ、早く出てきて死んでくれよぉ…何人殺せるか試してんだからさぁ!」


俺ここで死ぬのか…?嘘だろ…はは…


異様に高まった鼓動のせいで呼吸もままならない。

額には玉のような汗が滲み、視界は次第に歪んでいく。


「神様…こんなのあんまりだろ…」

今までの人生が走馬灯とのようによぎっていく。

「はぁ…普通に生きてぇな…」


(ふむ。コンディションはさほど悪くない)

どこからともなく声が聞こえる。


次の瞬間、身体がひとりでに動きだした。


(な、一体何がおきて…)

俺は今バリケードを作っているのか?それに携帯を部屋の隅に…


「ちっ!小細工してもムダだぞぉ!」

直にドアは蹴破られてしまいそうだ。


バリケードの隅に隠れ、奇襲する。

記憶を読み取った限りでは相手の銃はスライド式で排莢していた。

アラーム音に意識が逸れた瞬間、ジャムらせ銃を奪おう。


「あぁー!なるほど!…あれ、声が出てる」

(はぁああ!?)


ドアが蹴破られ、男が入り込んでくる。

「どこ行ったー?」


(ば、馬鹿な!?おい貴様操作権を俺に渡せ!)

(そんな…ゲームのローカルマルチみたいなこと言って…)


ジリリリリ…!

「あぁそこかぁ!ははは!」

男は音のなる方へ足を向けた。


(止むを得ん…!おい貴様…!声を出さずによく聞け)

(心が二つある!?)

(俺の思考は読み取ったはずだ。少々予定は狂ったが貴様が実行しろ。)

(な、なるほど…)

(咄嗟の判断は俺が命令する。その通りに動け)


なんだかよくわからんが、今はこの心の声に身を委ねるほかない。

(わ、分かった…)


(位置を変えろ。静かに息を殺せ。相手はバリケードを蹴破り疲弊している)

(見る限り体力も知力もなさそうだ。組み伏せるのはたやすいだろう)


(今だ!行け!)

男が荷物の陰になっている場所をのぞき込むのと同時に背後から距離を詰めた。


「はっ…!?」

プシュ!

左耳を銃弾がかする。銃は心の声が言った通り排莢に失敗した。


(男の腰より上を蹴りつけろ!押し飛ばせ!)

「こんの…!」

男の身体がいともたやすく吹き飛んだ。

「ぐはっ!」


(落ち着いてスライドを引いて足を撃て。正当防衛だ安心しろ)

(いや今の日本の司法は信用ならねぇぞ?俺冤罪で三回くらい罰金刑食らってるし)

(なに…?そ、そうなのか?)


「ま、待ってくれ!降参、降参だ!いいバイト紹介してやるから見逃してくれ!」

「何?ホントか?」


(おい!流されるな相手は人殺しなんだぞ)

(まぁ…績は…仕方ねぇよ…)

(貴様、本気で言っているのか?)


「時給は?」

「8…8000円くらいだ…」

「マジか!バイトのほぼ十倍じゃん!」

(やめておけ、どうせ碌なものではないぞ。それに…)


「バイトなら私の方がいいのを知っていますよ勲くん」

ヌルっと背後から仮面の男が顔を覗かせた。


「うぉ!?」

プシュ!

「あぶなぁ!?」

「す、すまん…あまりに驚いたもんでつい…」


いかにもヴィランが着けていそうなスマイルマスクを着けたスーツ姿の男。

体躯は身長172cmの俺が見上げてしまうくらいの長身だった。


「まぁいいでしょう。勲くん、私は君のスカウトに参りましたパロストといいます」

「スカウト?」

「あぁ!説明が必要なのも確かでしょう。これをどうぞ」

「なんだ?」

「私の名刺です。興味がおありでしたら公式サイトをチェック!という奴です」

「は、はぁ…」


何なんだこの胡散臭い男は。

ピンクのスーツに黒マント。仕草や声音はまるで道化のようだ。


「ささ!勲くん今日はあったかくしてもう寝なさい。後は私が片付けておきますから!」

「あ、あぁ…」


そのまま促されるようにして休憩室を出た。

「何だったんだ一体…」

人生で一番濃い日だった気がする。


同僚が殺され、殺人鬼に襲われ、バイトを紹介された…まとめてみるとますます意味が分からない。


足取りもおぼつかないまま帰路につく、扉の向こうから聞こえたかすかな銃声は気にもならない。あの心の声はなんだったんだろうか、人の死を悲観するべきはずなのに心は期待で高まっていた。


面白いことが起きる予感とでもいうのだろうか。もらった名刺を取り出す。

「修羅場代行業者、LoverShuka(ラヴァーシュカ)…か」


その日俺はバイトを辞めた。


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