ヒーローランドで正義の執行はほどほどに

ちびまるフォイ

ヒーローとしてあれる場所

「ヒーローランドへようこそ。

 こちらのマントを羽織ってください」


「本当にスーパーヒーローみたいですね」


「ええ。それが体験できる遊園地はここだけですから」


園内に入ると、そこはすでに治安最悪の場所だった。

あっちこっちで強盗が起きているし、街角では恐喝されて市民が怯えている。


「え……」


「さあ、早く助けてください」


「ええ!? でも俺……客ですよ?」


「いいえ。園内に入ったあなたはヒーローです」


背中を押されて銀行強盗の前に立たされる。


「なんだぁてめぇ! 動くなっつっただろうが!!」


「や、やめたまえ。人質を開放しろ」


「かまわねぇ! 撃ち殺せ!!」


銀行強盗が銃を撃ちまくる。

その弾丸も枝豆なので痛くない。


「こ、こいつ……! 銃がきかねぇ!!」


強盗のリアクションでなにかわかった気がした。

芝居がかった風ではあるが、ヒーローのように強盗を殴り倒していく。


「ヒーローパンチ!!」

「ヒーローキック!」


「ヒーロー……えーっと……なにか!!」


「「 ぐああああ! 」」


銀行強盗は全員ノックアウト。

人質は開放され、そのうちの美人がキラキラした目でこちらを見つめる。


「ありがとうございます。助かりました!」


「いいえ、こんなのヒーローとして当然ですよ」


「どうかあなたのお名前を教えて下さい!」


「山田太r……ではなく、ヒーロー『ジャスティス・マン』です」


「ステキ……!! ///」


ヒーローとはなんて気分がいいのだろう。

この体験ですっかりヒーローランドにハマってしまった。


ここでは誰もがヒーローになれる。

園内には強盗はもちろん怪人や、巨大ロボットすらある。


それらを入場者はやっつけたり協力したりして、

自分なりのヒーローを演じきっていく。


「正義のヒーロー! ジャスティス・マン、見参!!」


「なんだお前は!?」


「このジャスティス・マンがいるかぎり

 この世のすべての悪は私が裁く!!

 貴様がもう太陽を見ることはない!!」


名乗りセリフまでできあがってしまうほど、

ヒーローランドでのヒーロー体験は楽しかった。


普段は仕事をして誰からも認めてもらえない自分が、

ここでなら自分自身を開放して認めてもらえる。


異世界転生なんか望むよりもこんなに身近にいい場所があったんだ。



『ヒーローランドはまもなく閉園時間を迎えました。

 ヒーローのみなさんは、一般人にお戻りください』



「帰るか……」


1日中ヒーロー活動を満喫して、帰りの電車に揺られて帰った。

その電車の中だった。


あきらかに車両に立ち込めるアルコールの匂い。

そこの中心地には酔っぱらいと、絡まれる女性がいた。


「お姉ちゃん、ちょっと次の駅で降りない~~?」


「い、いえ。私は……」


「なんだよぉ。ほんのちょっと飲みに行こうって誘ってるだけじゃん」


「でも……」


「いいじゃないか。ほら、ほらほらほらぁ」


おっさんが女性の腕を強引に握ったときだった。

ヒーローランド帰りでくすぶっていた正義心が突き動かした。


「やめなさい! その子が嫌がっているでしょう!!」


「……ああ? お前には関係ないだろう?」


「関係なくても嫌がっている人は見過ごせない!!

 なぜなら俺はジャスティス……じゃなくて、山田太郎だから!!」


「おい! こいつやっちまえ!!」


それから先はあまり覚えていない。



意識が戻ったのは翌日のことで、

ゴミ捨て場にボコボコにされて放置されていた。


「痛っ……なんだよ……全然勝てないじゃん……」


ヒーローランドじゃゲストを楽しませるために、

キャストや怪人はもちろん手加減してくれる。

銃だって枝豆が出るようなオモチャだ。


しかし現実はちがう。


現実じゃ加減もしないし、ルール無用の泥仕合。


こんなにもボロボロになって戦っても、

助けられたはずの女性はトラブルはごめんとばかりに消えた。


「うう……現実ってやつはなんてクソなんだ……」


まざまざと自分がヒーローでないという現実を突きつけられる。

現実でこんな無力感を感じるくらいならーー。


「俺の居場所はヒーローランドしかない」


ふたたびヒーローランドへと来園した。

マントをはためかせ、準備してきたサングラスをつける。



「正義のヒーロー! ジャスティス・マン!!」



「ジャスティス・マンよ!」

「助けに来てくれたんだ!」

「これでもう大丈夫だ!!」


助けられる役のキャストが気持ちよく持ち上げてくれる。

怪人役のキグルミが襲いかかる。


「ジャスティス・マン、今日こそ決着つけてやるド」


「そうはさせるか! 市民をおびやかす怪人は……」


言いかけて、驚きで言葉が止まった。

なんと助けられる役のひとりに、電車で見かけた女性がいた。

ここのキャストだったのだろう。


すると、なぜだか怪人が

あの憎たらしい酔っぱらいの顔に見えてくる。


拳に力が入る。


「ジャスティス・マン、勝負だ!」


「よくもあのときは……」


「え?」


身に覚えのない怪人のリアクションをも無視し、

馬乗りになって怪人をボコボコに殴りつける。


「複数で囲みやがってよぉぉ!!

 この! この!! 死ね!!

 社会のゴミが!! 迷惑書けるだけのクズが!!!」


猛烈なラッシュに怪人のキグルミが外れる。

中のキャストの顔が見えてもなお拳は止まらない。


だってこいつは悪いやつなんだから。

正義の鉄槌をふるって良いやつだから。


「死ね!! 悪いやつはみんな死ね!!!

 お前らみたいなのがいるから正義が貫けないんだ!!」


「おきゃっ……お客さん! やめて! もうやめてくださっ……」


「うるせぇえ!! 悪人が口を開くんじゃねぇ!!!」


悪人役がついに動かなくなるまでになってやっと収まった。

ほかのキャストによって通報された警察が周囲に集まっていた。


「お前なんてことをしてる!!」


警察の言葉に納得がいかない。


「なにをって……。この通り、悪いやつから市民を助けたんじゃないですか」


「お前が殴った人は、もう死んでいるんだぞ! なのに……」


「悪人はひとりでも少ないほうがいいでしょう。

 あんたら警察が役立たずだから、ヒーローの俺が鉄槌をくだしたんです」


「お前はヒーローでもなんでもないだろう!?」


「いいえ。正義を貫ける人はみんなヒーローなんだ」


返り血で真っ赤になった手には手錠がつけられた。

俺はヒーローをまっとうしただけなのに。


なぜ悪人に鉄槌をくだして、正義が裁かれるのか。


「……納得いかなそうな顔だな」


逮捕した警官がパトカーの中で告げた。


「あなたがた警察が正義をちゃんとしていれば、

 俺がこうして正義の鉄槌をくだすこともなかったんです」


「お前はヒーローである自分に心酔しきって、

 現実と誇大妄想の区別がつかなくなった異常者だ」


「誰だって自分のあこがれの存在になりきるものでしょう」


「暴力をふるっていい理由にはならない」


「暴力と正義の鉄槌の区別もつかないんですか?」


「……お前には何を言っても無駄だな。ついたぞ、刑務所だ」


ヒーローランドのような派手さもない無骨な外観。

アミューズメント性ゼロが見て取れた。


「お前がどんなにヒーローを自称し、

 正義をふるっているつもりでも、

 この刑務所じゃもうそんなことはできないぞ」


「はあ……」


「ここでお前は自分の罪と向き合い、

 一般人として自分の罪を受け入れるんだ」


刑務所のドアが開けられた。



監獄に囚われた犯罪者たちが、

あたらしい転校生に目を光らせる。


その「悪」に満ちた顔を見ると心がぐっと高鳴った。


「ありがとうございます……。ここへ連れてきてくれて」


「はあ? 何を言って……」



もう楽しみでならなかった。




「ここにいるのはみんな悪人。

 どれだけ正義をふるってもいいんですよね?」

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