朱雀楼にて 1

朱雀の屋敷の中で最も目立つのは、朱雀楼と呼ばれる摩天楼。その最上階からは朱雀領が一望でき、当主のみがその景色を拝めるという。



「……朱雀領を一望だなんて、大袈裟な噂ねぇ。」



当主代理という立場でありながら、その部屋からわたくしは屋敷と街並みを見下ろしていた。


どうせ現当主のお母様がここに戻ることなど無いわ。いずれわたくしのものになるのだから、構わないでしょう。


楼閣から一望できるほど朱雀領は狭くはないし、そもそも朱雀楼の高さじゃあ無理な話。



「当主代理様。そろそろお時間にございます。」


「今行くわ。」



襖の外からわたくしを呼ぶのはわたくしの眷属の一人、こう


四家の当主とその眷属の役割は、それぞれの領地にある門を守ること。現世と幽世を繋ぐ五つの門が開かぬように見張り、その周囲に現れるあやかしや悪霊の類いを祓う。


わたくし炎陽刀えんようとうに選ばれた七つの頃から、お母様の代わりにこの役割を担ってきた。かつては、それを誇りに思っていたけれど。



「当主代理さま、お姉様、お待ちしておりました。」


「今日は煌とほむらが来るのね。早く済みそうだわ。」



妹達と違って、この子達はわたくしの意図を組んで動いてくれるからとても楽なのよねえ。


屋敷の中も随分と静かになったものだわ。以前は小物がうるさかったもの。格下相手に威張り散らすくせに、わたくしの前では何も言えない愚かな子達。そんなものとわたくしに同じ血が流れてるなんて、考えるだけで吐き気がしたわ。


だから全員追い出したのだけれど。


今屋敷に残る朱雀の直系はわたくしと同じ父親を持つ妹三人と、わたくしの二人の娘。眷属など五人もいれば十分よ。



「当主代理さま。今日も緋華ひばな様と緋瑛ひえい様が不満を申されておりました。他のご姉妹をもう少し残されるべきだったと。」


「放っておきなさい。あの子達にはどうせ何も出来ないわ。」


「かしこまりました。」



焔はまだ幼い。わたくしにとって必要なものと不要なものを整理して報告できる煌と違って、見たまま聞いたままを伝えてくる。


今はまだいいわ。焔も数年経てば分かるようになるでしょう。あの二人はどうせ仕事を押し付けられる人間がいなくて不平不満を言ってるだけ。取り合うだけ時間の無駄。さっさと務めに向かうべきね。


朱雀が守る門は朱雀の屋敷を出て南西の方向にある。朱色の鳥居としめ縄の内側に立ち入れるのは朱雀とその分家のみ。


鳥居の内側にある、更に小さな石の鳥居。その前に鎮座する留石。これが、朱雀の守る門。門が閉じている今、鳥居の向こうに見えるのは鬱蒼とした雑木林だけ。


無論、わたくしが朱雀を率いる間はこの門を開かせはしない。



「当主代理様、お気をつけください。奴らが来ます。」


「大したことなさそうねぇ。お前達に任せるわ。煌、お前が相手なさい。焔は門が開かぬように、少しでも開いたら閉じなさい。」


「はい当主代理様。」


「かしこまりました。」



鳥居の先が濁り、歪み始める。門が開いたとして、幽世から来る妖は四家が祓う。けれどまだ現世に留まる霊も影響を受けるから面倒になるのよねえ。務めが増えてしまうわ。


門の隙間をくぐり抜けてきた悪霊。明確な形を持たないそれを、煌の刀が斬り裂いてゆく。


わたくしが正式な当主となっていない今、炎陽刀はまだ煌と焔のどちらも選んでいない。だからこそ、どちらが選ばれても構わないようにしなければ。


産んだのはわたくしだけれど、あの子達を子供として見たことは一度もないわ。わたくしを母親と呼ばせたこともない。


四家の直系なら一日でも早く独り立ちすべきだし、そもそもわたくしが母親という器を嫌悪しているもの。

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鯨の嫁取り 七夕真昼 @uxygen

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