金魚と習字 6

時間のある時はずっと、二人から借りてた本を読んでた。もし朱雀の家にいる時に字が読めたら、時間のある時はずっと本を読んでたのに。


恋というものについてよく分からなかったけど、本を読み進めてるとたしかに主人公の二人の関係にどきどきしたりはらはらしたり。旦那様が来られるのを待つ間もずっとお話の続きが気になった。


前、旦那様が来られたのにも気づかず本を読んでしまったから、湯浴みの後は読まないようにしてる。


ああ、でも、続きが気になってしまう。


今日も旦那様を待ちながら、それでもそわそわと本のことを考える。


あ、あの二人は口づけを交わした後どうなったんだろう? でも、既に夜伽で身体を重ねていたし……。その場面を読んでいる時は旦那様とのことを思い出して、ちっとも読み進められなかった。


私はずっと何も知らずにだったから、あんなに恥ずかしいことをしてたなんて思いもしなかった。この後は大丈夫だろうか。


本の続きが気になるのもそうだけど、旦那様が来られる事にもどきどきする。身体を重ねるのは愛する者同士でおこなうものだと書かれてたから。


旦那様は私を愛してくださってるのかな?


そんな不相応な考えが、何度か浮かんだ。旦那様が連日訪れてくださるから、かもしれない。


でも、旦那様とまだ口づけを交わしたことはなくて。愛する者へ口づけることも、愛を伝える手段だと書かれてたし……。やっぱり、朱雀が一方的に寄越しただけの私ではだめなのかも。


もやもやと考えてると、襖が開いた。旦那様の姿に、身体が勝手に背筋を伸ばす。



「あ、お、お待ちしておりました」



私が頭を下げることを旦那様はお気に召さないから、旦那様の目を見つめて話す。真っ黒な瞳と真っ青な義眼。ずっとその両眼を見つめてると冷や汗が吹き出しそうになる。



「ああ。」



旦那様が腰を下ろされるのと同時に、私は自分の夜着の帯を解く。いつもしていること。──けれど、今日はその手が一瞬止まってしまった。


読んでいたお話が頭をよぎって。初めてじゃない。初めてじゃないのに。何をするのか、分からないのと分かるのとじゃ全然違う。


旦那様の前に全てを晒してしまうのが、恥ずかしい。



「どうした」



躊躇う私を不審に思われたのか、旦那様が眉をひそめられる。



「あ、いえ、なんでもありません。」



恥ずかしい気持ちを抑えて、私は着物を取り払った。


私の肌を撫でる旦那様の手。今日は少し冷たいのに、いつもより熱く感じる。熱いのは触れられた所も。


旦那様の存在が、鮮明だった。



「んぅ...………っ」



まだ触れられてるだけなのに。あのお話の文章を、頭の中でなぞってしまって。それが余計に、私をおかしくする。


旦那様の指が私の中へと入ってくる。ゆっくりと沈められたそれは、何かを探るように動かされる。



「はっ、あぅ……っ」



ぬるぬるとした感覚に息が震えた。お腹の奥が疼くような、切ない気持ちになるからこの時間が苦手だった。旦那様の指でとんとんと押されると、すぐに頭が真っ白に染まってしまう。


……もしかしてそれが、“気持ちいい”ということなの? これも、そう?


そう思ったせいか、身体がきゅう、と旦那様の指を締めつけた。切なさが強くなったと思えば、旦那様は指を抜いて。



「あっ、」



入れられた時よりも、抜かれる時のほうが……気持ちがいい。こんな風に思うなんて、なんてはしたないんだろう。


ぼんやりと霞む頭で考えてると、旦那様のものがぐぷりと中へ押し入って。指よりも強い快楽に、呼吸が止まる。


お腹の中を掻き回されるような、無理矢理に暴かれているような。逃げ出したいのに叶わなくて、苦しいのに気持ちがいい。



──一度快楽を受け入れてしまえば、落ちるのは容易くて。



ああ、こんなことになるならあの本は読まなければよかった。ずっと思い出してしまうから、こんなにおかしくなるんだ。


身体が熱くて熱くてたまらない。いつもより感じてしまう。お腹の奥で受け止めた旦那様の熱が、煮えたぎった湯のように重く熱かった。



「だんなさまぁ、す、すこしまっ、て、」



旦那様が何も仰らないのはいつもだけれど、今日は旦那様も何かが違うみたい。ぎらぎらと射抜くような鋭い目をされていて、その目で見られると何も言えなくなってしまう。



月蘭ゆえらん



聞き間違いでなければ、今名前を呼ばれたような……。それよりもまた奥で吐き出された旦那様の体温に意識が向いて、身体が呆気なく震える。


旦那様に抱き締められてるせいか、いつの間にか私も旦那様の身体に腕を回してしまっていた。何も言われないけれど、離した方がいいのかな。


それでも最奥をぐりぐりと押されると、たまらなくなって何かに縋りたくなるあまり旦那様を抱き締めてしまう。あとで謝らなくては……。


旦那様も私も寝てしまう前に謝ろうと決めたのに、結局それを果たすことはできなかった。

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