金魚と習字 5

「奥様、だいぶ本を読む速度が上がりましたね。」


「うん。書くのはまだ苦手だけれど。」



本を読む私の髪を翠蓮が梳く。


いつからか、翠蓮達は私のことを「奥様」と呼ぶようになった。黒河の人間として認めてもらえたようで嬉しいような、もう名前を呼んでもらえないのが寂しいような。



「当主様も任務の無い時はほぼ通われてますし、お二人の仲が順調で嬉しいです。」


「そうなのかな……。あまりお話されないから、順調かは分からないかも。」



旦那様は多く話されない。だから、旦那様が何をお考えになってるのか私が知ることはできない。


毎夜こちらに来られてても、朝目覚めると旦那様の姿は無いから。世継ぎを作ることだけが私に求められてることだと思ってる。



「あの……あのね、翠蓮達は、旦那様がここに来られてる間、どこにいるの?」



もしかしたら、私の変な声が聞かれてるかもしれない。それがずっと気がかりだったから、翠蓮の顔が見えない今、聞いてみる。



「当主様は必ず人払いの結界を張られるので、私達は本邸にある使用人の寮に滞在しています。」


「あ、そうだったんだ」


「結界内には入れないですし、中の音も遮断されてしまうので奥様に呼ばれても伺えないのですが……。」



じゃあ、声は聞こえてないってことだよね? よかった……。翠蓮達に聞こえてたらどうしようかと思った。


旦那様との行為を思い出すと、どうしてか顔が熱くなる。きっとあれは、他の人には話したらいけないやつ。


身体を晒してるんだもの……。お姉様達はどうしてたんだろう。



「当主様と奥様は政略結婚とお聞きしましたが、きっとお二人なら幸せになれると信じております。」


「幸せかあ。今も幸せだと思う。」


「奥様は、当主様のことはお好きですか?」


「すき……って、なあに?」



旦那様のことは……まだ少し怖くて、でも私を置いてくださってる恩人で、どんな人なのかもっと知りたいと思ってる。でもそれが、翠蓮の言う「すき」なのかは分からない。



「ええっとぉ……男の人として好き、というか、その人のことを考えると胸がドキドキしたり、ずっと一緒にいたいと思う、というか……。すみません、私も本で読むばかりで、恋愛経験がまだなくて……。」



翠蓮が言いにくそうにしてる。翠蓮でも分からないなら、私にはもっと難しいに違いない。


菖芽と桔杏が来た時にもその話をすると、二人とも何かを思い出したように離れを飛び出していった。



「どうしたのかな?」


「なんとなく予想はできますが……。」



翠蓮と顔を見合わせてると、すぐに二人が戻ってきた。腕いっぱいに抱えてるのは、本。前もこんな光景を見た気がする。



「恋のお勉強でしたらぜひこちらを!! これを読めば、恋について完璧になれます!!」



ずいっと菖芽がそこそこの厚さの本を差し出してきた。負けずと桔杏も、手にある本を差し出してくる。



「ぜひこちらも!! とても熱くて切なくてどきどきするお話なのです!!」


「ど、どっちから読めばいいかな」


「二人とも、そんなに詰め寄っては奥様が困ってしまうわ。」



色々な文字を調べなくても読めるようになったから、全部読みたい。どれからにしようかな。


菖芽達が持ってきた本を順番に見て、翠蓮が読みやすそうなものを探してくれる。



「最初はこの辺りが読みやすいかと……ちょっと、これはまだ奥様には刺激が強すぎるでしょう!」


「当主様との夜伽に活用できるかもしれないじゃない!」



翠蓮に反対する桔杏。よ、夜伽の話もあるの? もし読む時が来たら、一人の時に読もう……。



「あ、この本は私達の間でとても流行ったものです! こちらを最初に読まれてはいかがでしょう?」



一冊の本を翠蓮が手に取った。皆が読んだということは、私も読んだら一緒にお話ができる?



「分かった。じゃあ、これから読んでみるね。」

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