第6話
僕たちは武道具屋を出ると、その足で駅に向かった。占いの結果はかんばしくなかったが僕は気にならなかった。犬田は占いを見てから「桃ちゃん、やめようよ。帰ろうよ。ひひ」と言うようになったのでそれが少々わずらわしかったが、僕たちは駅に着くと切符を買って電車に乗るのだった。
電車の中で揺られながら、他の乗客がちらちらと僕たちを見ていた。その乗客の一人がなにかつぶやくように、
「鬼退治だ。鬼退治だ」
と言うのであった。その乗客は羨望のまなざしで僕たちをちらちら見ている。僕はそれが気分が良くて少し良い気になってしまうのだった。猿島などは乗客にガンを付けて「こっち見てんじゃねぇ!」と威嚇をしている。ああ、これから僕は鬼ヶ島に鬼退治に行くんだ。もう電車もすぐに着く。鬼ヶ島に着いたら、鬼たちのいるたまり場を探さないといけない。たまり場を探したらそこに乗り込んでいって話し合いをして解決する。話し合いがだめだったら木剣にモノを言わすしかない。
電車が鬼ヶ島駅に着くと、僕たちは電車から降りて行った。そして駅前の広場に出ると町を見渡した。薄暗い町で、コンクリートの打ちっぱなしの建物が並んでいる。駅前の広場の木々はすべて枯れていて、壁には落書きが沢山あった。地面にはゴミが散乱し、空模様が雲でどんよりと暗くなって町の中に不気味さを漂わせていた。
駅前の公園にそれがいた。
「桃ちゃん、あれ……。ひひ」
「おい桃吉、あれ、鬼だぞ」
「あれが鬼か……」
僕がそうつぶやく先には鬼が四人ほどヤンキー座りで座っていた。鬼達は4人で丸い輪を作り向かい合って何やら話していた。すると一人の鬼がこちらに気付いた。鬼は「あーん?」と言いながらこっちに向かって歩いてくる。僕はその光景を見ながら来る場所を間違えたことをはっきりと意識した。
「おめぇ、なぁんだ、その木刀」
鬼の一人は僕が持っている木刀に目を付けたようだった。鬼は下から舐めるようにして僕の顔に視線を移していく。
「ケンカぁ、売ってんの? ああ?」
そこに猿島が僕と鬼の間に割って入った。
「なぁんだ、鬼こら。てめぇ、なぁんだ、こら」
猿島は鬼に因縁を付けると鬼と顔がすれすれになるぐらいに自分の顔を近づけた。
「あんだぁ! こらぁ! あああ!」
鬼は大きな声で叫んだ。すると後ろにいた残り三人の鬼たちがこっちにやってきた。
「ああんだ! んら! ああ!?」
「うい! ういい! こらぁあん!」
「おいい! おいこらあぁ! ああ!」
鬼たちは口々に奇声を上げて僕たちを取り囲んだ。犬田は完全に沈黙し、猿島は額に汗を見せながら虚勢を張っている。僕はガタガタと木剣を握りしめた手を震わした。
「おらぁ!」
猿島は鬼の一人に殴りかかった。猿島の拳が鬼の顔面にヒットするが、鬼はなんともなしに反撃をしてきた。鬼の前蹴りが猿島のみぞおちに入り、猿島はダウンした。猿島はぴくぴくと身体を震わせて前のめりになり顔を地面につけている。
「おーんら! おーんら!」
鬼達が猿島を取り囲み次々に蹴りを入れる。猿島は声にならない悲鳴をあげながら身を縮こませて鬼たちの攻撃を防いでいる。僕はそれを見て叫んだ。
「やめろ! 僕は話し合いに来たんだ!」
鬼達は一斉に僕の方に振り返る。そして僕を取り囲んだ。
「ああ、まずいぞ。桃。逃げろ、はやく」
守護霊は僕にそう言うが僕は止まらなかった。
「君たち鬼が、隣町で迷惑をかけていると聞いた。暴れまわっているんだろ。やめないか、そんなことは」
僕は声が震えているのを自覚しながらなんとか言葉をつむいだ。
鬼達は互いに顔を見合わせて沈黙した。だが次の瞬間、鬼たちは顔を歪ませて大きな笑い声をあげる。僕はその様子を見て、ああ、この鬼たちは話が通じないみたいだと悟った。話が通じない相手に出くわすのはこれがはじめてだが、以前からそういう奴がいるとは聞いていた。彼らはまさにそれだった。
鬼の一人が僕の襟を掴んでくる。その鬼はにやりと不気味な笑いを浮かべて僕の顔面にパンチを浴びせた。僕はそれで一瞬目の前が明るくなり、気が付くと鼻に熱を感じていた。僕の鼻からは赤い血がだらだらと流れている。僕はこれがパンチか、と素直に感心した。
「逃げろ! 桃、逃げるんだ!」
守護霊が叫ぶ。すると犬田がその場から逃げ出していった。残された僕と猿島は鬼達四人に取り囲まれて火中にいた。
次の瞬間、僕は持っていた木剣で目の前の鬼に反撃をした。木剣は鬼の肩に当たり、その鬼は「ぎゃ!」と悲鳴をあげて地面に倒れた。
「んらあ! こらあ!」
残りの鬼たちが僕に襲い掛かる。僕は輪の中から飛び出して鬼を一人一人相手にできる位置に移動した。そして木剣で目の前の鬼に突きを食らわせる。鬼は悲鳴をあげてその場に倒れた。残り二人。残りの鬼達は立ち止まり、すっかり面食らったような顔をしている。僕は木剣で飛び掛かり一人の鬼の腹を叩いた。すると鬼はくぐもった声を出して前かがみに倒れた。残り一人の鬼はそれを見るとその場から逃げ出した。
気が付くと僕らの周りには観衆がいて、皆がわーと歓声を上げている。鳴りやまない拍手の中、サイレンの音が近づいてくるのがわかった。僕は猿島を背負うと、その場から逃げ出した。
どれぐらい走っただろう。猿島を背負いながら走ると足がきしみ、荒い息が口から漏れ出してくる。僕はあごを上げて眉間にしわを寄せながら、何とか走り続けた。そしてやがて体力が付き、長い道路の途中で端に座り込んだ。すると猿島が目を覚まして僕に言った。
「へ……。臆病者のくせに……やるじゃ……ねえか……」
それから僕達は何とか自分の町まで歩いて行った。家に帰りついたのは深夜だった。家にはすでに犬田がいて「ごめんよぉ、ごめんよぉ」と僕たちに謝ってきた。僕達三人は僕の家の中に入ると居間に転がって横になった。
翌日になり、爺さんと婆さんが僕達を見つけ、手当てをしてくれた。特に猿島は手ひどくやられていたため、婆さんが念入りに傷を拭っている。
「いてーよ! お婆さん! いてて!」
猿島は痛がった声を出したがすっかり元気になっていた。
「猿島くん、大変だねぇ。ひひ」
犬田はそれを見て薄ら笑いを受かべていたが、猿島がその表情を見ると犬田の横っ面を張り手で叩いた。
「犬田ぁ、てめえ! 昨日はとっとと逃げやがって! よくここに顔を見せたなぁ!」
「ひぃ、ごめんよぉ。ごめんよぉ」
「まぁまぁ、良かったじゃないか。みんな無事で」
婆さんはそう言うと猿島に絆創膏を貼ってぴしゃりと叩いた。
「いってー!」
猿島が叫ぶ隣で僕は爺さんに傷の手当てを受けていた。と言っても僕は顔面にパンチを貰って鼻血を出したくらいだから大したことはなかった。
「よくやったのぅ。桃吉や」
爺さんは笑いながら僕の肩をぽんぽんと叩いた。僕はその様子を見ながら爺さんがこのあいだとは別人のように感じられた。
「うむ。大したもんじゃ。桃や、すまんかったのう。ワシは桃を見くびっていたようじゃ」
守護霊もそう言うと腕を組みうんうんとうなずいた。
僕の鬼退治はどうやら成功したらしい。周りの反応を見てやっとその実感を得たような気がした。昨日の映像が今のことのように蘇ってくる。僕は自分でもよくあんな風に立ち回れたなぁと思った。
僕はメンタルクリニックのキジ沢先生に会いに行った。キジ沢先生に鬼退治のことを報告する。キジ沢先生は喜んでくれたようで笑顔だった。
「桃吉くん、よくやったね」
「はい。なんとかなりました」
「それで、君の宿命とやらはこれで終わったわけだけど、これからはどうするんだい?」
「え、これからですか? 考えてなかったなぁ」
「もう君は仕事を終えた普通の人だ。普通に働いてみてはどうかな」
「そうですね……。働いてみますかね。もう二十歳ですし」
「うん、それがいいよ。私も応援してるから」
キジ沢先生はそう言うと笑顔で僕を見送ってくれた。僕はその足でコンビニに寄り、就職情報誌を手に取ってぱらぱらと眺める。レジカウンターで情報誌を買うと、僕はその足で家路に着いた。肌寒い秋の風の中、雲一つない青空で太陽がひときわ輝いて見えた。
桃吉と守護霊 夏川諦 @akink
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