第5話

「鬼退治に行くことを考えると不安になってしまって……」

「ふむ」

 白衣のキジ沢先生は椅子の背もたれによりかかると、興味深そうに僕の話を聞いている。僕からはパソコンの置いてある机の前に座るキジ沢先生と、その後ろにあるカーテンと観葉植物、そして白い壁に掛けられている丸時計が見えていた。

「鬼退治に行こうと思ったんです。婆さんにきび団子も用意してもらって玄関前まで行ったんです。でも、そこで足がすくんでしまって前に進めなくなって、その場に膝を付いてしまうんです。僕は鬼退治に行くにも、僕のメンタルでは鬼退治に耐えられないということでしょうか」

「なるほど。不安感が強いんですね」

 キジ沢先生はパソコンに何か打ち込むと、そう言って話をつづけた。

「桃吉くん、鬼退治のことを想像してるんじゃないですか? それで想像して色々考えて不安になると。違いますか?」

「そうです。鬼退治のことをあれこれ考えると、悪い予感ばかり浮かんでしまって不安になってしまって」

「なるほど。鬼退治はどうするんですか? 行こうとは思ってるんですか?」

「行けるなら行きたいです。このままだと家から追い出されてしまうし……。それに僕の宿命だと思ってるんで」

「宿命ねぇ。しかし、個人の能力と言うものがあるから、無理はいけませんよ」

「この不安感さえ何とかなれば大丈夫だと思うんですけど……」

「不安感は薬でどうにかできますよ。でもね、本当に桃吉くんが鬼退治に行くべきかなのかっていうのは、それとは別の問題」

「先生は僕は鬼退治に行くべきだと思いますか?」

「それはさっきも言ったように個人の能力があるから。そういう仕事をすることになって生まれてきたとしても、個人の能力が不足していたらできないでしょ。できないことをやれって言ってもそれは無理だからね」

「はぁ……」

「まぁ、薬は出しますよ。それで飲んでみて、もう一回よく考えてみることだね。なんなら鬼退治も暴力的な解決ではなくて、鬼との話し合いを検討した方がいいかもね」

 キジ沢先生はそう言うとパソコンに何かを打ちこんだ。そして僕は部屋から出ると受付で薬の処方箋を受け取る。僕はメンタルクリニックの近くにある薬局でその処方箋で薬を買うと、自販機で水を買い近くの公園のベンチに座った。公園の木々はオレンジ色になっていて、秋の深まりを感じる。うす寒いベンチで僕は薬を取り出して一錠口に入れて水で流し込んだ。公園の砂場では子供たちが遊んでいた。子供の年の頃は十歳ぐらいだったが、僕はそれを見て僕が十歳の時はまさかこんなことになるとは思わなかったと思うのであった。あの頃はまさか、二十歳になって鬼退治のプレッシャーでこんなに不安になり神経をすり減らすことになるとは思いもしなかった。十年の月日の流れの中で僕は何も準備をしてこなかった。守護霊に鬼退治には行くなと言われていたけど、もっと剣の腕を磨いたり、度胸を付ける訓練をしたりしていたら、今とは違う未来があったかもしれない。だが、そんなようなことを考えてももうどうしようもなかった。現実はあと数日で僕は家から追い出されるということ。でも家から追い出されてアルバイトでもして自立すれば鬼退治には行かなくて済む。だけど僕は、どうも働くということに関してもほとんど能力が無かった。今までの自分は僕には鬼退治という仕事があるから、他の仕事などはしなくてもいいと思っていたふしがあった。だが現実は鬼退治に行くこともできない状態で、その言いわけにしていたものが崩れてしまっている。今の僕は何もできない無力な、もう子供ではない人間でしかなかった。

 それから一時間が経った。不思議と僕はあの鬼退治の不安感を感じなくなっていた。それどころか気分は上々ですがすがしい気持ちになっている。僕は鬼退治のことを再び考えた。「今ならいけるんじゃないか」と僕は思い立つと、スマホで猿島と犬田を呼びつけた。公園に猿島と犬田が来ると二人が言った。

「てめぇ、桃吉。こんな寒いところに呼びつけて何の用だよ、こらぁ」

「桃ちゃん、どうしたの? ひひ」

 僕は二人の顔を見て言った。

「鬼退治に行こうと思う」

 僕がそう言うと二人は顔を見合わせてまた僕の方を見た。

「おいおい、臆病者の桃吉が鬼退治に行くだって? どうしたんだよ、おまえ」

「桃ちゃん、何かあったの? ひひ」

「鬼とは話し合いで解決する。でも、武器は必要だ。身を守るためだ。これから武道具屋に木剣を買いに行くぞ」

「鬼と話し合いだって? なに言ってるんだ、こいつぁ。とうとう恐怖で頭がいかれちまったのか」

 猿島はそう言うと頭を掻いた。

「え、ちょっと待って、桃ちゃん。僕たちも行くの? ひひ」

「そうだ。お前たちも一緒に来い。それが宿命だ」

「はぁ~。宿命ねぇ。便利な言葉だね、ほんと」

 三人はそれきり、公園から歩き出した。町の武道具屋に向かう。途中、守護霊が言った。

「おい、桃や。考え直せ。お前には鬼退治は無理じゃ」

「大丈夫だよ、守護霊様。今の僕なら大丈夫」

「お前は今は薬で気が強くなってるだけじゃないか。そんなんで鬼退治に行っても後悔するだけだぞ」

「薬の力だって、立派な力だ。この力を利用して僕は僕の仕事をするんだ」

 あれほどあった不安感は本当になくなっていた。僕は今なら鬼退治だってアルバイトだってなんでも出来る気分だった。不安感が無くなるだけで人はここまで強くなれるということを僕は知った。今まで僕を苦しめていたのは臆病から来る不安だったのだ。しかし今は薬でその不安もない。僕は気が強くなっていた。

 武道具屋に着く。店の中には武道で使われる道具が所狭しと並んでいた。僕はその中から木剣を一つ選ぶとそれを右手に持って自分の前にかかげた。木剣はすらっとして長く、この木剣があれば鬼たちも恐れて手を出してきまいと思えるようなものだった。僕は店主のいるカウンターに行くと、木剣をくださいと言って木剣を買おうとしたが、すると店主が次のように言うのだった。

「これから何か一仕事あるって顔ですね」

「ええ。これから一世一代の大仕事です」

「今、当店で購入された方には無料で占いをやっているんですが、どうですか」

「占いだってよ。桃吉。うけてみろよ」

 猿島はそう言うとカウンターに肘をついて僕の方を見た。

「お願いします」

 僕は店主にそう言うと、店主は占いを始めた。何か細くて短い棒のようなものを複数もってそれをジャリジャリと掌で回している。そして棒を一本取り出すとそれを見て次のように言った。

「うーん。これは……お客さんついてないですね。大凶ですよ」

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