気分屋

木山喬鳥

気分屋


「楽にしてください。ただの仕事の勧誘ですから」


 面会室でオレの向かいに座る男は高価たかそうなスーツを着た、ほがらかで人当たりの良いヤツ。

 そしてオレの直感はコイツが信用できない人間だとげている。


「仕事? ここは刑務所だぞ。そしてオレは受刑者。働けるわけがないよな?」

「規則とかそういうさわりは、すべて解決しています。働けますよ」

「マジか?」


 コイツの話の趣旨しゅしがわからない。


「ではこちらからも質問しますね。アナタは〝ちいさいオジサン〟という話を知っていますか? 世の中には小人とか妖精とかが隠れてんでいるって内容の都市伝説です」

「知らんね。へいの中にいると外の世間のことはうとくなるんでな」


 うなずいてやがる。さもわかっております、という仕草しぐさだ。

 訳知わけしり顔してるヤツは、嫌いだよ。


「〝ちいさいオジサン〟の話が生まれた原因の一つが、コレなんですよ」


 男は机の上に、ありふれた〝お守り〟を置いた。


「これでどうやって小さい人ってのを見せるんだよ? お守りからヤバいドラッグでも出してんのか」

「まぁ似てはいますね。そういう感じで、人の心を誘導するのです」


 やっぱドラッグじゃねえのか?


「たとえば悪い行いをすれば非難された気がする。良い行いをすればめられた気がする。いつも誰かが自分を見ている気がする。こんな気分が都市伝説を生んだ要素の一つなのです」

「もういい。そんな都市伝説、オレに何の関係がある? 早く用件を言えよ。見ての通り時間が自由になる身の上じゃないんだ。話は手短にしてくれ」


 話が回りくどい。イライラする。他人の都合に合わせるのは本当に嫌だ。


「まだ面会の予定時間はたっぷり残っていますよ? でも急ぐのでしたら、本題に入りますか」


 言い方も声も気に入らない。


「いまいてる所内労働しょないろうどうより割の良い作業報奨金さぎょうほうしょうきんの出る仕事をする気はないですか? 二十倍は稼げますよ」

「だから具体的に言えよ!」


 立ちあがり、椅子を蹴る。


「言いますから、落ち着いて。そんなに怒られると嬉しくなってしまいますよ」


 奇妙だ。コイツはやけに冷静だな。暴力に慣れているのか?


「アナタにお守りの中の人を担当して欲しい。そういう依頼です」

「囚人をからかうしか時間を潰す方法がないのか? きっとアンタは、豊かな人生を楽しんでいるんだろうなッ!」


 腰を浮かせ、席を立ちかけたオレを前に愛想笑いを貼り付けた顔で座っている。

 嫌なヤツだ。見透みすかしていやがる。


「わかったよ。話を、続けろよ」


 戻した椅子に腰を下ろしにらみつける。

 オレはこの話に少しだけ興味を持ち始めていた。



「では、本題です。お守りの中には、フィルム基盤きばんとシ-ト状の電池が入っています。これはある種の通信機なのです」

「通信機?」


 思わずお守りを手にとった。


「ただし送受信するものは人間の〝音声〟ではなくて〝気分〟です」

「は? 気分なんか伝えてどうする? 誰かの機嫌なんて良くても悪くてもオレは気にしないし、知りたくもないぜ」

「そうでしょうね。そういう人もいますね。だけど世間には周りの雰囲気に流される人間は割りと多いのですよ。同調現象とか、あるでしょう?」

「だから?」


 あー、まどろっこしい。コイツの話運びは、いくらなんでもヘタすぎるだろ。


「つまり、だれだって不機嫌な人間の隣より機嫌のいい人の隣の方にいたいってことです」

「どちらも無いな。オレは他人の隣にいたいなんて、思ったことがないね」

「人によっては楽しい雰囲気を味わいたくて、テーマパークに行く人だっていますよね?」

「知らんね。アンタの目にはオレがテーマパークに行くような人間に見えるんなら、悪いことは言わねえから眼科に行くんだな」



「私のことはご心配なく。気分についての話にご賛同さんどうしていただけないようなので、それはそれとして……」


 話を戻しましょう、と言った男は咳払せきばらいをひとつして、説明を続けた。


「気分を伝えられると気分が変わる。人は人に影響を受けます。では気分を伝え合える機械が社会に行き渡ったら、どうなるでしょうか?」

「知らんね」

「より多くの人が感じた気持ちが、社会の全体の気分や雰囲気になります。少数派は消えます」

「社会の気分がひとつに、ね」


 置かれたお守りをマジマジと見た。これに人の精神に干渉かんしょうする仕組みが本当に入っているのか。

 内容の真偽しんぎはともかく笑い話にしても、くだらない。

 とはいえ、金さえキチンともらえるのならオレは構わない。

 変人の持ってきた意味のない仕事だってやるさ。


「具体的には、何をどうする?」

「なにも。アナタは、アナタの気分を伝えるだけです。つまりその、送られて来た気分に自分の分を上乗せして誰かに送る仕事。気分を扱う〝気分屋きぶんや〟になって欲しいのです。しかし、まあ具体的には、なにもしなくて良いのですけどね」

「なにもしないで良いのか? そりゃますますやりたくなるな。気分屋ね。面白いかもな。ただ、言っておくがオレの中にあるのは、ほとんどが嫌悪や怒りだぜ? いい気分じゃないんだが、そのまま他人に伝えてもいいのか?」


 男は、はっきりと笑った。なぜだか

 寒気がした。


「適材適所、ですよ。ときには後ろ向きな気分だって必要ですから」

「適材適所? じゃあどうしてオレなんだ。取り立てて技能もない粗暴な詐欺師だぞ。オレみたいな囚人なんてここには大勢いる。オレを誘う理由は何だ?」

「科学的な調査の結果です」


 大げさに手なんかひろげやがって、バカバカしい。

 理由はないってことなんだな。


「そうかい。わかった引き受けた。やるよ、お守りを持ってなにもせずにいれば、稼ぎは二十倍貰えるんだよな?」

「いえ、お守りは持たなくてもそばに置いてあればいいんですよ」

「ああ。アンタに言われた通りにするよ。たとえこれが普通のお守りでも構わないね。オレはがんばって、なにもせずにいるさ」


 男はうなずいて目を閉じた。


「そう、ですか。こちらの予想よりずいぶんと早い決断ですが、話が早いのは大歓迎です。なに、どうせ長い間じゃないのですから」

「決まりだな。こっちも毎日毎日、同じ手順で紙袋の取手のヒモを作るなんてことに、うんざりしていたんでね。どうころんでもオレには悪い話じゃないんだしな」

「ええ、アナタにとって悪い話じゃないってことは、請け負いますよ」

「やることはやる。だから、ひとつ教えてくれアンタ達は、なぜこんなことをする?」


 男は不思議そうにオレを見返した。


「なぜ? なぜとは、どういう意味ですか?」

「なんの得があるのかってことだ。こんなお守り作って、オレみたいなのを使って、どうやってもうけている?」

「私たちは金銭を得ていません。営利目的ではなく社会活動ですよ。魂の問題ですよ」


 満面の笑みだ。魂の問題ときたか。宗教がらみかよ。


「信心ね。オレは何も信じないがね」

「なんとも疑り深い方ですね、嬉しくなってしまいますよ」

「宗教だって現世利益げんせりやくてのをくぜ? 欲を満たそうとするのが、人の本性だろ?」

「確かに、人は欲を満たそうとします。じゃあ、なぜに欲を満たしたいのか。それは満足したら心地いいからですよね。つまり突きつめれば、人が求めることは心地いいか不快かです。単なる気分の問題ですよ」


 気分ねえ。


「ただ純粋に良い気分になるとか、ムリだろう? それこそドラッグでも使わなきゃできないだろ、そんなのは」

「まぁ、そうですね。麻薬の代わりがこの仕組みです。このシステムが広まれば社会の誰もが共通の心の声に従いますから、この世に犯罪も不正もなくなるでしょう。人の生み出す価値の分配は随分と効率が良くなります。その点でも良い思いは増えるわけです」


 この男の言う、仕掛け入りのお守りを広めている集団というのは、コトによると社会全体を洗脳しようとしているのかも知れないな。


「それにしても、目的が世の中を良くすることとは話がでかいぜ。そんなたいそうなアンタ達がなんで時給四十一円九十銭しかない作業報奨金さぎょうほうしょうきんのたかだか二十倍しか出せないんだ?」

「規則で決められた額なんです。学術的な見地けんちから決められたらしいですよ。報酬と目的の達成率に相関関係そうかんかんけいは、ないという話ですから」

「どうもアンタとは、仲良くできそうにはないな。だが話はついた。よろしくな」


 オレは席を立った。

 帰り際に振り返ると、鏡に映った男が見える。

 気味の悪いことに、男はまだ笑顔だった。

 だが、コイツこんな顔だったか?

 いつの間にか、目が充血している。耳だって長過ぎる。

 どうしてオレはコイツをほがらかな良い印象の男だなんて思ったんだろう。

 男はまるで、悪魔みたいに見えた。



 気分屋の仕事が始まった。

 刑務作業の時間になると、オレだけ別の仕事場にいく。

 そこは六畳ほどの広さの個室。

 部屋には、曲名も知らないクラシック音楽が流れている。

 調度品はイスと机だけ。

 机の上には例のお守りと、一台のありふれたノートPCが置いてあった。

 他にはなにもない。

 PCのモニターには、オレンジに光る点が多数と、少し離れて数個の紫の点が少し光っている。

 オレンジは上機嫌で紫は不機嫌を示しているとマニュアルに書いてある。

 点の数と位置が社会の状況を表示しているのならば、現在は不機嫌の量が少なくなるように操作されている。


 オレは水のボトルと雑誌を持って部屋に入る。

 仕事部屋にしばらくいると、時たま罪悪感のような気持ちが湧いてくる。

 オレがそんなことを思うはずはない。誰かの気分が伝わったのだろう。

 ただ座ったり居眠りしたりして、七時間ばかりをこの部屋で過ごす。

 もちろんひまだ。

 あり余る時間のなかで、気分屋の仕事の事を考えている。


 オレがやらされている仕事は何だ?

 服役囚の更生こうせいうながす新しい手法か何かか?


 人と人がお守りの仕掛けをかいして気分を共感させるんだよな。

 やがて社会の個々人ここじんもまた、全体の数で優勢な気分になっていく。あの男は、そう言っていた。

 要は、気分のフィードバッグだな。

 そうやって、社会全体の気分をひとつにするんだとさ。ご苦労な話だぜ。


 きっとあのニコニコ男たちの繋ぎ方次第で、お守りのある社会の気分は作られるのだ。

 連中は、人間社会の気分をコントロールしたいんだろうな。

 コントロールするなら、高揚だけじゃなく、抑制も必要じゃないか?

 抑制役は大勢に対して、あえて逆らう役回りだ。


 どこだかの政治学者が言うところの「悪魔の代弁者」の役割をやれるのは、大勢が浮かれた気分の中でもかたくなに不機嫌なヤツ。

 それは社会から切り離されて、望まずに抑圧されているヤツ。囚人なんか最適だ。

 なかでも他人を何とも思ってない、場の気分に流されない、人間と関わるのが嫌いなヤツ。

 それなら控え目に言ってもオレは、かなり適任だ。


 罪悪感のない人間。善悪の感覚が世間と違う人間こそが必要だったのか?

 いや違う。きっと、違う。

 気分屋のシステムに影響を受けない人間。そんなイカれたヤツは、きっと一定数いる。

 でもイカれたヤツの気分は、システムに影響を与える。一方通行で、社会に変化をうながす。

 そんなオレみたいなヤツばかりを気分屋のネットワークに置いたら、やがては社会全体の気分を、絶望と憎悪に塗りこめることになるんじゃないか?

 自ら死を選んだり、悪魔に魂を売るような犯罪に手を染めたりするヤツがわんさか出てくるような社会だって、あの男の組織は作れる。


 いやもう既に、そうなっているとしたら?

 もしも教えられていたオレンジと紫の点が表す気分が逆だったとしたら?


 いいや、関係ないな。

 どうせ刑務所にいる限り、オレには何ひとつ確かめようもない。

 すべては確証もない推測だ。そんなことで気分屋の仕事を手放せるものか。

 この仕事は楽だ。稼ぎも良い。

 なにより毎日、気分がいいんだ。


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