第11話
カイルが砦を囲む異教徒達を指差したと同時に、異教徒達は一斉に鬨の声をあげ始めた。
だが、カイルはそれには少しも動揺せず、ジェルに話し始めた。
その言葉には、老婆も、いつの間にかそばに寄ってきていた他の騎士達も耳を傾けていた。
「なまじ戦おうとするから、やられるんだよ。逃げるっていうのも、立派な作戦だ。見ろ。奴ら、白兵戦は一切気にしていない。完全に攻城戦に兵を振り分けている。騎兵は数える程度。そこを逆に突く。俺はこの老婆と二人、馬に乗ってこの砦から脱出する」
「な、何だと!? 自分達だけ逃げ出す気か? いや、そもそも本気で逃げ出せると思っているのか?」
カイルは絶叫し続ける敵兵達を指差したまま、続けて言った。
「この砦を守り抜くことは無理でも、逃げることなら可能性はある。俺がこの老婆と馬に乗って、砦の門を飛び出したら、お前達は逃げる俺達に矢を射掛けろ。ただし、あくまでも俺達を狙っているように見せながら、その周りを囲む異教徒達を射つんだ。あくまでも流れ矢が当たったような雰囲気でな」
異教徒達は大声で敵を威嚇し、うろたえたところを一気に攻める戦法を得意としていた。太鼓を叩いたり、足踏みしている者もいる。実際、その作戦はこれまで成功してきたのだろう。異教徒達のことをろくに知らない騎士達からすると、何か呪術的な、未知の恐怖を感じてしまう。
だが、今、こうして見ていると、なんだか滑稽に見えて仕方がない。カイルは、昔、城に来た道化者を思い出して、クスリと笑った。
「敵は飛び出してくる俺達が敵なのか、敵の敵なのか、判断がつきかねるはずだ。そこで浮ついたところで、全員できるだけまとまって飛び出すんだ」
「全員?」
「今、この砦にいる奴らで、逃げたい奴らは全員ってことさ」
カイルの言葉に、ジェルを始め、話を聞いていた騎士達がどよめいた。
「馬に乗れる奴らが前後と、左右を固めろ。女、子供はその囲みの中に入って全速力で走れ。いくらこっちの戦闘員の数が少ないと言っても、一点突破、それも敵の不意を突いてなら十分に可能性はある。砦を守るために今日討ち死にするのではなく、逃げて明日を生きて迎えるほうに賭けろ」
ジェルが少し眉間にしわを寄せた。
「名誉の死よりも、生きて恥をかけということか」
カイルは少しだけ首を振った。
「そんな難しい話じゃない。生きていればこそ、次の一手を考えられる。案外、次はこっちが王手をかける番かもしれんぞ」
カイルの言葉に、騎士達が一気に盛り上がりをみせた。
「カイルの言うとおりだ。生きていれば、また取り返すチャンスもある」
「そうだ。それに敵兵は、攻城戦にばかり気を取られていて、馬で追いかけてくる奴らはほとんどいないはずだ」
「確かに。一気に突き抜ければ、あとは港まで行って本国まで戻れる」
騎士達は弾かれたように一斉に駆けだし、準備を始めた。砦内の兵士達や、女子供に声をかける者もいる。弓矢隊を呼び集める者、馬を引いて来る者様々だった。誰も事前の準備はしていなかったが、見事なまでに統率の取れた動きをしていた。
ジェルが一人、落ち着いた声で聞いてきた。
「カイル。もし運良く脱出できて、本国に戻れても、騎士の称号を剥奪されるかもしれないぞ」
「そうしたら、大工にでもなるさ」
肩をすくめたカイルの言葉に、ジェルが笑った。
久しぶりに見る、ジェルの屈託のない笑顔だった。
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