第7話
衛兵にバーリンとの面会を頼むと、すぐにカイルは中に通された。
宮殿の外とは違い、中の人々はみな不気味なほど落ち着いていた。
バーリンは宮殿の一室、大きなテーブルがある部屋にいた。
テーブルには砦とその周囲が精巧に表現された模型があった。驚いたことに、砂も本物を使い、騎士や兵士の人形まで忠実に再現されていた。カイルはこんな時でなければ、思う存分そのミニチュア模型の世界を満喫できたのに、と一瞬悔しがった。
「君が、聖ジャッカス騎士道のカイルか。僕に用だとか」
バーリンは椅子に腰掛けたまま、話しかけてきた。
近くで見ると、その肌は蝋細工のようにのっぺりとしていた。
「首はね役のことで来ました」
「ああ、いいアイデアだろ? ここ最近、みな血を見ていない。久しぶりの戦いで、勘が戻るまでに時間がかかる。だが一度血を見てしまえば、戦士としての本能がよみがえるだろう」
「ならば、敵兵を捕虜として捕らえて、その首をはねても良いのでは? なぜわざわざ侍女の首などはねる必要があるのですか?」
「これはこれは」
バーリンは大げさにのけぞってみせた。
「無抵抗の敵兵を殺すとは、騎士道精神に反するのでは?」
くそっ。
カイルは内心で毒づいた。
口の達者な奴だ。
「それなら尚の事、無抵抗の、それも女の首をはねることなどできません」
「この私の台所から酒と卵を盗もうとした女だぞ」
「この砦内の法では、盗みの罰は鞭打ちか投獄三ヶ月間のどちらかと選べたはず。あるいは資産をすべて放棄して砦からの退去でも、その罪は問われないと決まっていたのでは?」
「この状況下では鞭打ちだの、投獄だのとしている暇はない。それに周りを見よ。今、砦から出れば、結局は異教徒どもに殺されるのだぞ。それならば年寄りの女一人、楽に殺してやるのほうが、よほど騎士道精神に沿っているというもの」
そう言ってバーリンは笑った。
いや、それが本当に笑いなのか、カイルには自信がなかった。
ただ口角が上がっただけなのかもしれない。
「そ、その女は、今どこにいるのですか?」
カイルは自分が言い返せなくなってきていることに、内心驚いた。だが、そのことを知られたくなかったので、ことさらゆっくりと声を張り上げた。
バーリンはそれには答えず、隣の部屋に向かって呼びかけた。
二人の衛兵が両脇から挟んで、一人の老婆を連れてきた。
姿勢は良く、若い頃はさぞ美しかったと思われたが、その顔には年齢の証であるしわがいくつも刻まれていた。
正確な年齢は分からなかったが、カイルはその顔立ちから本国にいる母親よりもはるかに年上であると見ていた。
「いいか。砦内の全兵士と騎士の見ている前で首をはねろよ」
バーリンは少し身を乗り出すとそう言った。
カイルは何も答えずに部屋を出ようとしたが、バーリンの声がすぐに響いた。
「おい。分かっているな?」
カイルが振り向いた時、バーリンの表情は一変していた。
その顔は、カイルが何も言わずに駆け足で部屋を出るほどに恐ろしく、吐き気を催すほどに禍々しかった。
そしてカイルはこの時初めて、人間の口は実は狼や虎よりも大きいのだと知った。
もしバーリンが人間ならの話だが。
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