第6話

 あたりの喧騒が急に静かになっていく気がした。慌てふためく兵士達も、迫ってくる攻城櫓も、すべてがカイルから遠く離れていく気がした。

 

「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味さ。お前は侍女の首をはねる。それで味方の士気があがる」


 カイルは一歩、ジェルに詰めよった。


「もう一度聞くぞ。どういう意味だ?」

「だから、そのまんまさ。これがバーリン卿の命令なんだ」


 バーリン。

 その名前を聞いた瞬間、カイルは腹の底が煮えくり返るような熱と、全身が総毛立つ寒気を同時に感じた。

 想像通りの、いや、想像を超えるイカれた野郎だ。


「敵の捕虜を斬るというのなら、まだ分かる。敵にその死体を見せつければ、意気もくじけさせることができるかもしれん。だがな、味方の、それも女の首を斬り落として、士気が上がると、本気で思っているのか!?」


 カイルの剣幕に、ジェルは引き下がらなかった。そらは、カイルにとって少し、意外だった。


「バーリン卿が、本気で思っているかは知らん。ああ、そうさ。もしかしたら、ただの思いつきかもな。けどな、もう命令が出てるんだ。敵も目の前まで迫ってきてる。迷っている時間はないんだ」

 

 カイルはジェルを押しのけた。


「おい、カイル」

「バーリンに直接会って、話を聞いてくる」

「もう敵がそこまで来てるんだぞ」


 カイルは構わずに走り出した。

 ジェル以外の騎士達や兵士達はみな、敵の様子に釘付けで、誰もカイルには注目していなかった。

 砦の中は騒然としていた。

 逃げたくても逃げようのない人々が、あちらこちらで荷物を抱えたまま右往左往している。

 荷物を持ちすぎて、まるで赤子のようによちよち歩きになっている老婆がいた。

 恐怖の裏返しなのか、子供に八つ当たりするかのように、大声で怒鳴っている父親がいる。

 走りながら、カイルどこかで見た風景だと思った。

 ああ、そうだ。

 あの時だ。

 昔、まだ騎士見習いになる前、近所のイカれたバカが鶏小屋に狐を放ったことがあった。

 次の日の朝、鶏小屋に行くと、そこには満腹になったのか、気持ちよさそうに眠る狐と、数が半分になった鶏達がいた。

 その時の鶏達が、ちょうど今の様子に似ているのだ。

 全身の羽毛が半分以上抜けても、まだ走り回ったり、突つきあったり、泣きわめいたりしていた。

 あの時の鶏達はその後どうなったんだろう?

 あのイカれたバカは?

 思い出そうとする前に、カイルはバーリンの住む宮殿にたどり着いた。

 宮殿を近くで見てあらためて思うのは、戦場の砦とは思えないほど豪華な造りでありながら、わざとやっているのかと思うほど寒々しさを感じさせることだった。

 それは色の使い方なのか、植物や緑あまりがないせいなのかは分からなかった。しかし、もしこの豪奢なようでいて空虚な感を狙って造っているのだとしたら……

 カイルは、自然と身震いした。

 バーリンはやはりイカレている。

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