第3話
砦での日々はある意味刺激的だったが、ある意味では退屈だった。
毎週始めにバーリン卿が、砦内の全騎士団の団長を集めて色々な講釈を述べる。
それから全騎士団に司令を与える…… のだが、なにせ戦争自体がないのだ。
やることといえば、見回りと剣の稽古や馬術の訓練ぐらいしかない。
だらけていくのは当然だった。
いつものように聖ジャッカス騎士団の集まりの帰り、さらに丸くなったジェルを見てカイルは呆れた様子で話しかけた。
「ジェル。お前、また太ったな。鎖帷子がパンパンだぞ。それじゃ動きにくいだろ?」
「ああ。けど、買い換えるにしても金がかかるだろ。給料だけじゃとても無理だ」
聖ジャッカス騎士団に正式に騎士として抱えられた時に、剣をはじめ様々な装備品が支給された。本国に置いてきた馬もそうだった。
たが剣にしても馬にしても、使い続けるには手入れがいる。そして、手入れには金がかかる。
騎士の中には自分の領地を持つ、貴族のような立場の者もいたが、あいにくカイルとジェルにはそういう資産はなかった。
となれば、戦争で手柄を挙げ褒賞をもらうか、金持ちの後家に取り入って再婚するしか道はない。
「戦争がないんじゃ、鎖帷子も剣も無用の長物だ。ここじゃ、計算ができる奴のほうが重宝されるっていう話だ」
「商売の役にたつからか?」
カイルは呆れて、抗議の声も出せなかった。
「聖地奪還のためにはるばる海を渡り、商人として国に帰る、か」
「バーリン卿に至っては、もはや国に帰る気もないみたいだぞ」
「何? どういうことだ」
「考えてもみろよ、カイル。この砦にいる限り、卿は王様のように振る舞える。なんでもできる。自分のやりたい放題にできるんだぞ。本国の目は届かないからな。わざわざ国に帰って、ただの貴族に戻りたいと思うか?」
カイルはバーリン卿の姿を思い出していた。
もしその姿が丸々と太り、髪を撫でつけ、売春婦や踊り子に色目を使う商人達のようであったなら、いっそカイルは安心していたかもしれない。そういう人間は自分の利益しか頭にない。そういう人間は御しやすい。一方、バーリンは、そういうタイプとは一線を画していた。
バーリンは背が高く、黒い髪を腰の近くまで伸ばしており、他の大臣のような髭は生やしていなかった。カイル達の倍以上の年齢だったが、まるで青年のような雰囲気だった。
だが、その空虚な目は何かに絶望したようにも、底しれぬ闇を宿しているようにも見えた。それがカイルに、いくばくかの不安を抱かせる要素になっていた。
バーリンは何を考えているのか?
その答えは、この砦にいる限り、カイル達の命運にも直結する。
カイルが黙り込んでしまったのを見て、ジェルがことさら大きな声になった。
「バーリン卿はこのまま、ここに骨を埋める気さ。聖人が眠っているのと同じ場所に眠る。いいじゃないか、それも」
「お前、もう少し真剣に書物を読んだほうがいぞ。聖人が死んでから三日後に復活して、昇天していったのを忘れたのか?」
「あ、そうだった」
やれやれ。のんきな奴だ。
ため息をつきながらも、カイルはジェルのいささか間抜けた答えに、心のどこかでホッとしていた。
騎士になってからは、出世争いや、妬み、嫉妬の渦に巻き込まれることもたびたびあった。
そんな時、ジェルの持つゆったりとした雰囲気を目の当たりにすると、肩の力が抜けるのを覚えた。
ありのまま、気取らないジェルの態度を羨ましいと感じることさえあった。
「俺はこの後、市場を見て回る。お前も来いよ」
「ああ」
カイルは苦笑しながらそう答えると、ジェルの肩を叩いて歩き出した。
だがこの時、壁の向こう、遠く砂漠の地から大勢の軍団が近づいていた。
カイルも、ジェルも、砦の人間は誰も気づいていなかった。
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