第4話

 父の鉄平が言っていた言葉は、「うちらの仕事は、素晴らしい原料があってこそ」、「各地の生産者の方々に足を向けてはいけん」、「輸送してくださる方々にも感謝の気持ちを忘れてはいけん」、「自分ができんことをやって頂いとるのじゃけぇ謙虚に頭を下げ感謝の念を忘れんこと」だった。


親父桔平の時代は自分の畑で小豆を栽培しとったが、今は北海道の農家さんから業者さんを介さんで直接仕入れさせてもろうとる。うちら和菓子屋の仕事は原料がすべてのスタートじゃけぇ。原料が良うないと、ええ菓子も作れん。業者さんに任せっきりにするんじゃのうてね。直接取り引きすることで、一次産業でご苦労されている生産者さんに触れることができるし、長い目でお付き合いして頂けるけぇ、この関係を感謝の念を忘れずに大切にしてほしい」と心平は父からは和菓子の技術もさることながら、それよりも精神的なことを学ぶことが多かった。


 当然、他にも様々な菓子の材料を扱っているので、畑や農家さんに直接、通うこともあるし、農家さんと直接交渉することもある。生産者を大切にするという哲学は息子の心平三代目にも受け継がれている。


「背伸びはするな、地に足つけろ」が代々守られてきた教訓だ。なにげない会話からも、お互いへの信頼とリスペクトが感じられた。


 和菓子や洋菓子の世界では驚くようなブームで大ヒット商品が生まれたり、注文が倍々ゲームで増えていったりする流れが時として起こる。


「じゃけぇ、うちが親父桔平からよう言われたのが、あんまり背伸びをするなってことじゃ。大きい会社と取り引きしたり、無理して背伸びばかりしとったりすると、必ずどこかで歪みが出てくる。しかしこうやって地に足つけて生産者さんと話していくとね、次の世代に何を繋げていくべきか気付けるけぇ」 と。


 祖父の桔平、父の鉄平、そして孫の心平の三代はとても仲が良かった。だからこそ、代々が先代の意思を次いで、日々地道に邁進できるのだ。


 毎朝、三時に起きて、先々代から繋いできた“粒餡つぶあん”と餅そしてその他の和菓子を継続して作り続けてきた心平はあの日光の饅頭屋と出会ってからは、考えを変えていた。


 時代は超速のスピードで変化していっている中で、昔ながらの味を守っていくことも大切かもしれないが、それよりも新たな道を模索することも重要ではないかと思うようになっていた。


 一番の理由として、朝、三時に起きて臼に蒸し上がった餅米を杵でつくとペッタンペッタンと地響きを伴う事から近所からクレームが来ていたことが悩みの種だった。だからこそ、餅を使わないでもできる一品勝負に出たかったのだ。そしてすべての和菓子を手作りで作っては毎日捨てている自分が悲しかった。それであるなら材料もシンプルな一品勝負がしたかった心平だった。

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2024年10月21日 08:00
2024年10月22日 08:00
2024年10月23日 08:00

続く三代の手仕事に込めた饅頭の味 @k-shirakawa

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