第3話

 三月のひな祭りには雛あられやちらし寿司を食し、五月の節句には、子供たちが新聞紙で作った兜をかぶって遊び、祖父の桔平が心を込めて拵えた柏餅を息子の鉄平がご贔屓客に届けて行った。お重の蓋を取ると緑の柏の葉に優しく包まれた餅が隙間なく詰められ、朱塗りの漆箱に美しく映えた。


 六月は高台付きの陶器に小豆あずきをギッシリとのせた水無月を近所の神社に供えて厄払いをした。


 夏には暑さにも負けないで強く美しく咲き乱れるキョウチクトウが店の生垣に咲き乱れ、原爆後の広島で一番早くに花を咲かせたため平和の象徴にもなっていた。その花は赤、白、ピンク、黄色などがあり、一重咲き、八重咲きの花を星のように沢山咲かせ、花期も長く夏の間中、咲き続ける。その横を通った客たちは、水羊羹みずようかん蕨餅わらびもちが店頭に並んでいた姿を涼しげに見詰める。


 秋には収穫し立ての自家産の小豆を炊いて家族全員とお世話になっている近所にお汁粉を配った。十五夜になれば、まん丸の月見団子を買い求める人々で店は大賑わいだった。


 そして、桔平が「絶品」と自信を持つのが、“粒餡つぶあん”を絡めた団子だ。ツヤツヤと光る“粒餡つぶあん”をたっぷりとまとい、四つの丸くぽってりした餅が串に刺され特別な輝きを放っていた。後に妻となるイシは、団子に誇りを持つ桔平に心を動かされて結婚する。


 ところがそんな幸せな日々は長くは続かなかった。桔平と妻のイシの日常は原爆投下によって一変し、街は焦土と化してしまった。妻も何もかも、形あるものを全て失った桔平が、一人で立ち上がる支えとなったのは、”粒餡つぶあん”だった。「旨うなれ!」と一心に、呪文おまじないを唱えながら、幼い息子の鉄平とともに団子を作る姿は広島の街を行き交う人たちが涙なくして見ることができなかった。


 そして息子の鉄平もまた、父から受け継いだ”粒餡つぶあん”を生きる糧としていくことになる。さらに”粒餡つぶあん”に守られ成長させてもらった三代目の心平も、”粒餡つぶあん”を通じ大切な人たちとの縁を結び人生を切り拓いていくのだ。


 ――家族が育んできた味をひたむきに守り、食べる人の笑顔を思い浮かべながら心を込めて小豆を炊く。そこには、原爆で何もかも失った広島の庶民の誠実な生き方が凝縮されているように思える。「旨うなれ!」という言葉は、他者の幸せへの祈りでもあった。その願いが純粋であり誠実であるがゆえに、自らの生きる支えとなり次の世代へとその意思が継承されていくのだ。小豆に込められた人々の想いに深い感動を覚えた。


  ※


 そして父から子へ。心平らも知っておくべき、老舗「和菓子店 桔平」が大切にしていることとは、鍋で大切に煮た小豆が“粒餡つぶあん”に変わる。究極にシンプルだが、「これさえあれば幸せだ」という人も地元にはまだまだ多くのファンがいた。


 昔ながらの直火釜を使って祖父、息子、孫と三代にわたってその秘伝を守り炊き上げている。美味しさの秘密は、産地と昔ながらの手仕事にあるのだ。

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