第2話

「心平饅頭」は、祖父から息子そして孫の心平へと三世代の男たちが織りなす壮大なドラマだ。第二次世界大戦の足音とともに青春時代を送った祖父の桔平と息子の鉄平、そしてその息子の心平。異なる時代を生きた三世代を繋ぐ重要なキーワードが和菓子であり、”粒餡つぶあん”だ。


 この物語は”粒餡つぶあん”を炊くシーンは欠かせない。そんな厨房の朝に|

小豆あずきを炊きながら唱える呪文おまじないは、創業者である祖父から父へと受け継がれてきたものだ。


小豆あずきの声を聴け! 時計に頼るのぉ! 目を離しんさんな! 感を鍛えろ! 食べる人の幸せそうな顏を思い浮かべろ! 旨うなれ! 旨うなれ! と心で願え! その気持ちが小豆あずきに乗り移るんじゃ。美味い”粒餡つぶあん”が出来上がるんじゃ!」と祖父の声が厨房で言霊ことだまとなって息子の鉄平、孫の心平の心の中に響いていた。


 そこは心平が生まれ育った和菓子店、「桔平きっぺい」の厨房だ。大きな鍋に白い湯気が立ち上り、小豆あずきが泡立ち煮えていた。木ベラで鍋底から豆を返すと鍋肌に豆が当たりバチバチと音を立てる。窓の外では早朝三時の時点で、すでにからすのカーカーと鳴く声が響き、白衣と帽子に身を包み前掛けをきっちりと腰に巻き付けた息子の鉄平と孫の心平の二人が調理台を囲む。


 小豆がグツグツ煮える鍋をじっと見詰める親子の眼は真剣そのものであり、厨房の暖簾のれんの向こう側にも小豆あずきの甘い香りが広がり、心平はその音を聴き、匂いを嗅いで育った。呪文おまじないの言葉は身体に刻み込まれ、“粒餡つぶあん”を食べる人の幸せに思いを馳せながら日々仲良く暮らしている親子だった。


 蒸し上がったもち米をうすに入れてペッタンペッタンと杵でつくと地響きがして時折、近所からクレームが来ていた。親子の手で餅を団子にして四個ずつ串に刺して”粒餡つぶあん”を纏わせて木箱に並べられていく。


  ※


 祖父が生きた時代は昭和初期の街の風景とインスタント物のなかった時代の和菓子店の日常の手仕事の風景が美しく、季節とともに手作りのお菓子があり、それを大切に味わう広島の街の人々の生活が実に豊かな時代だった。

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