続く三代の手仕事に込めた饅頭の味

@k-shirakawa

第1話

 広島県広島市に祖父が創業した老舗和菓子屋の「桔平きっぺい」があり、体を壊して第一線で働けなくなった二代目の父親の代を継いだ現在の店主は心平しんぺい十八歳だ。


 彼の店の目の前には全国展開の和菓子店としては多種類の菓子を販売している獅子屋があった。その獅子屋は、心平の祖父が拵えた“粒餡つぶあん”の味は広島一だと言われていてそれを継いだ父の鉄平が店主の時代に、これ見よがしに安価な価格で出店したことで、その店の前には今もなお長蛇の列の客が並んでいて、彼岸や盆前などには警備員が出るほどの盛況ぶりだ。


 さらに昨今の洋菓子ブームとコンビニのスイーツの台頭で心平の店は閑古鳥で、彼が作った和菓子は毎日のように捨てるしかなかった。


 そんな時に和菓子組合の旅行があり、今までは断っていたが両親がまだ自身の足で歩ける内にと一回ぐらいはと親を連れて行った日光見物のおりに宿泊した旅館の店主から、「並んでも買いたいと地元で知る人ぞ知る有名な饅頭屋がある」と聞かされたので、両親やその他の組合の人たちには東照宮の参拝や中禅寺湖の見物をしてもらって心平は一人で日光駅からバスに乗り、あとは徒歩で教わった武平饅頭( 日光市小林二六九〇)を買いに行った。


 その饅頭屋には旅館の店主から電話番号を聞き事前に予約して買いに行ったにもかかわらず、長蛇の列で買えたのが二時間後だった。それほど多くの客が買いに来ていたので、その行列の写真も撮ってきたが、心平が日光駅に戻って来た時には組合の者たちと一緒に両親は広島に帰るために東京に向かっていた。


 追いかけるように心平も東京に戻る電車に飛び乗った。地元に帰った心平は日光の饅頭屋の行列と饅頭の全体写真と断面図の写真を厨房に張り付けて目標とした。この饅頭と同等の美味しさを作り出して一品勝負で売り出すことを決意したのだ。


 それはいわゆる“こし餡“が入った黒糖饅頭だった。それもまん丸の饅頭の形はしていなく、”餡“の部分だけが少し盛り上がった真っ黒で平べったい饅頭だった。後を引く味とでもいうのか、甘さが控えめでそれが抜群に美味しかった。


 心平は中学を卒業してから、専門学校を卒業したのちに国家資格を取り、父の鉄平を師匠として和菓子作りをやっていた彼が今まで食べたことのない美味しさだった。買った当日も食べ、その翌日も食べたが、しっとりしていて大変に美味しかった。


 代々受け継いできた、じいちゃんが拵えた“粒餡つぶあん”と彼が探し当てた“生地のレシピ”とで「心平饅頭」を完成させたかったので運転資金として銀行から二百万円を借りて厨房内で研究が始まった。寝ても覚めても日光のあの武平饅頭から頭が離れなかった心平だった。

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