下園家の人びと

紫陽_凛

葬儀

 喪主としてたたずむ少女は紺のセーラー服に赤いスカーフを身につけ、白いソックスを履いていた。少女の名は下園しもぞの彩月さつき。隣町の女子高等学校に通う、見目麗しい女子高校生だ。スカート丈を膝にきっちり揃えたセーラーの制服が彼女の正装であったから、それは何も不自然な事ではなかったのだが、下園しもぞの家分家筋の面々は彼女を異物であるかのようにじっとりと見詰めていた。


 まず亡くなった村長、一雄かずおの実の弟、卓二たくじ。でっぷりとした腹に脂肪を蓄えた中年だが、肩幅は広く、腕は丸太のように太い。かつて相撲をたしなんでいたと聞く。その眼光は鋭く、そして喪主たる少女をなめ回すように見詰めている。明らかに姪に対する視線からは常軌を逸した迫力がそこに込められており、これに気づかぬものはなかった。

 次に一雄の妹の市子いちこ。卓二の三つ年下で、今は嫁いで佐倉と名字を変えている。彼女もまた姪に当たる彩月の一挙手一投足を監視するようなまなざしを備えている。

 そして市子の夫の正樹まさき。おどおどとしている上に、ひょろりと縦に長い体躯、そして優しげな眉から、嫁の尻の下に敷かれているのは明白だった。しかしこの男もまた、彩月に意味ありげな視線を送っている。

 さらに、その市子と正樹の間の子、刹那せつな千早ちはや。それぞれ彩月より一つ下の男女の双子だ。二人の視線は大人のものと違って無邪気さをはらんでいたが、彩月にとっては同じ事だった。

 さらにさらに、一雄の内縁の妻、時雨しぐれ智香子ちかこ。二十代後半の婀娜あだめいた女だ。喪服にはふさわしくないはだけた格好で、下園家の一番下座に控えている。一応、葬儀に参加するつもりはあるらしかった。

 この村の異質なところは、長が「世襲制」であるということだ。長は前の長から指名されることとなっており、多くが長の血縁から選ばれる。選挙で決まる村長というのは名ばかりで、この下園の家の傀儡であった。古い時代、それこそいつからとも知れぬ「因習」は、まだこの時代に続いている。

 その名ばかりの村長が、柏木かしわぎアトムという特に若い男で、てらてらした額をしきりにハンカチで拭いていた。


 彼らの視線を一身に受けながら、彩月は慣れぬ様子で坊主に挨拶に向かおうとする。そのときだった。

「――あんたね、何様のつもりなの」

 市子が智香子に向かって口を開いた。

「兄さんの葬式になんて格好。兄さんも兄さんだわ、こんな趣味の悪い女を家に上げるなんて!」

「ま、まあまあ、市子さん」と正樹がなだめる。おそらく家でもこのようなやりとりが繰り返されているに違いない。子供たちはスマートホンに夢中でそれらを聞き流していた。あるいはそれが彼らの処世術なのだった。

「だまっていられるものですか、第一、彩月とこの家の財産は――」

「市子ぉ」と口を開いたのは酒に焼けた卓二の声である。

「次の村長は俺で異存ないよな?」

「それは一雄兄さんが決める事よ! ――そんなことより、決める前に死んでしまったなんてことはないだろうね、彩月!」

 呼ばれた彩月はびくりと肩を竦ませた、が、

「そりゃあないですよ」と、脱色した髪の毛を弄りながら智香子が言った。「あたし、遺言書預かってますし。あの人も、もう長くないって分かってたからこんなもの書いたんでしょ。……ていうか、さっちゃんを怒鳴るの、やめない?」

 市子はその不遜な愛人の態度に憤懣ふんまんやるかたなしという顔をして、つかみかからんばかりに足を踏み出して顔を突き出したが、刹那に袖を引かれてとどまった。

「母さん、叔父さんの前だよ」

「そ、……そうね刹那」

 息子相手に甘い顔を見せた市子は、ぎっと卓二へ目を向けた。

「まだ遺言書がある。兄さんはきっと、正樹さんへ村長を任せてくださるわ」

「いや、俺だね」と卓二。「前、酒の席で、この村を頼むと言われたんだ! 間違いなく兄貴は俺のことを村長に推している」

「……意外に、お母さんだったりして」とつぶやいたのは千早だ。

「お母さん、よく叔父さんの手伝いしてたし」

 卓二、市子、そして正樹が互いに顔を見合わせた。そこに見えぬ火花が散っているのが彩月には見て取れた。

「この村を任されるのは――彩月を引き取るのは俺だ」と卓二。市子がつばを飛ばしてまくし立てる。

「あんたが彩月をどんな目で見てるか知らないとでも思ってるの!?」

「そうだ、貴方の思惑は分かってる」と正樹。「彩月さんは僕らの家で引き取って大事に――」

「は? やだよ俺」と刹那。「彩月と暮らしたいって言ってんのこの家で親父だけじゃん。冷静に考えて彩月は卓二叔父さんとこか、施設行きだろ」

 千早はゴミを見るような目で正樹を見上げている。双子は父親のについて、関与はしないまでも知っていたようである。

「い、いや! 違う。そういうことじゃない、僕らは、責任を持って一雄さんの忘れ形見の彩月さんをだね」

 市子が眉をつり上げた。

「正樹さん――ひょっとして卓二とそう変わらないわけ?」

「違う、誤解だ。施設なんかかわいそうじゃないか! だいいち、彼女はまだ十六なんだぞ! そんなわけ」

「じゃ、証明して見せなさいよ今すぐ!」

「どうやって!」

 紛糾する家の中で、低い声がささやいたかと思うと、天井の一角がぐるりとひっくり返った! そこから飛び出るは――

 紺色の忍び服を纏った、ニンジャ、ニンジャ、ニンジャ!

 ニンジャの、群れ!

「なっ! 何者だ貴様ら!」

 卓二がダミ声で叫ぶ。

「ニンジャに名乗る名はござらぬ!」

 クナイを振りかざしたニンジャが、卓二の胸へそれを振り下ろす!

「ぐおあ!」

「卓二にいさん!」

 市子が悲鳴を上げながら、

「ぐっ、かくなるうえは、下園家奥義の三、竜頭蛇尾フェイク・ミラージュ!!」

「なぬ!?」

 ニンジャたちの正面から、竜のあぎとが覆い被さる! しかし、それは偽物フェイクだ。本物は――。

「詠唱なんかダサい、かっこ悪い、やってらんない」

「やってらんないけど、やるしかねえな、と!」

 千早がどこからか出してきた槍を振り回す。同様に刹那は日本刀のようなものを構えて、ニンジャに立ち向かった。

「奥義の七・八、以下略!」

「だめねえ、やっぱりやるしかないみたい。秘伝の十三、疾風迅雷ライダーソニック

 智香子が怠そうに言い、その場から消えた。そして天井から華麗なかかと落としを決める!

 無論、ニンジャたちは動揺した。

「ど、どどういうことでござるか!?」

「ど、どどどどういうことですか!?」

 同時に、唯一の部外者――傀儡の村長柏木アトムは汗をだらだら流しながら喪主、彩月に問うた。


「どうもこうも」

 美しい声で彩月はつぶやく。蠱惑的な黒髪が、無い風になびく。


「ぬおおおお奥義の二!臥薪嘗胆ガッツ・メタルアーマー!」

 胸に突き刺さったクナイをはじき返して卓二がむくりと起き上がる。ニンジャたちはおのおの悲鳴を上げた。

「おぎゃあああああ!」

「あいええええええええ!」

 阿鼻叫喚の縮図とはまさにこのこと、竜に脅かされ刀と槍に脅され不死身とおぼしき相撲取り(元)が暴れ回るこの家で――さらに。


「秘伝の三、風林火山フーリンカザン

 穏やかな正樹が豹変した。長い手足は丸太のように。弱い膂力は比べものにならぬほど強化され。つまり、 狂戦士バーサークである。

「ま、まって、まって、順番に説明してほしいでござる!我々善きニンジャ、悪いことしないニンジャ故そのあのぎゃあああああ!!!」


 柏木アトムは目を覆いたくなるような惨状から逃げられずにいた。ただ義理を果たして葬式に来ただけのはずがこんなことになるとは思うわけもない。腰の抜けかけた三十路男は、喪主の少女に背中をたたかれた。


「ここは私達に任せて、村長はお逃げください」

「ひっ」

「大丈夫、下園のものは負けません。この家は昔からこうです。この異能をもって村を守ってきましたから」

「は、はひ……」

 もはや彩月の言葉も耳に入らない。柏木アトムは這々ほうほうの体で逃げだそうとした。しかし。

「我々の姿を見られたからには生きて返せないでござるよ!」

「口封じ! 口封じはニンジャの基本!」

 ニンジャの追手が複数名、追いすがる。彩月はさっと振り向いて、手を掲げ、一言、

「破」

 

 ゴッ!


 何が起こったのか、誰にも分からなかった。そのニンジャは数人を巻き込んで部屋をいくつか突き破り、屋外へと吹き飛ばされた。その一撃を以て、ニンジャたちは我先にと逃げ出した。

「やっていられるか‼ こんな職場辞めてやる!」

「化け物! 化け物しかいねえこの家!」


 先ほどと全く変わらぬ風貌の、彩月が訊ねた。

不殺ころさず、守ってくださいましたね、皆さん」

「無論です」

「もちろん」「もちろん」

「基本だからね」

「攻撃には向かなくてなぁ」

「あはは、ちょっと気合い入っちゃったな」

 争いあっていたのも忘れ、肩を並べる下園家の人びとを見て、柏木アトムはそのまま気を失った。


(なんなんだ、この家は――)


 柏木アトムが目覚めたときには全てが終わり、決していた。

 新たな村長は、――下園彩月。

 柏木は職を辞すその日まで、彼女の善き傀儡であり続けた。



 了






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