あてのない忍者

kuzi-chan

あてのない忍者 (完)

(忍び)は。蜘蛛に似ています。


蜘蛛は…闇に強く。陽をあびても…死ぬことはありません。

息を殺して。そっと。

タテにヨコに。うごめく姿の美しさと言ったら…神秘に満ちています。


(忍び)は。天使に似ています。


全能の神に(使える)のが宿命の天使なら。

まるで。それは。主君に使える(忍び)と。絵が…重なります。

人間離れした能力も。また。天使の(ふるまい)にも…見えるのです。


(忍び)は。バカです。大バカ者です。


自分の大切な命を。

主君のためには…(二の次)にします。

そうです。ささげるのです。

真の…意味のある。大バカ者です。


その。

蜘蛛のように動き。天使のように使える…(忍びの者)。

またの名を…(忍者)と言います。


はるか。遠い遠い昔から。

千年。いえ。千五百年。いえ…もう…わかりません。

ハッキリとした記録が無いのだから。誰にもわからないのです。


……ただひとつ言えることは。

……彼は。


(忍者)の系譜がある家に…生まれた…らしいのです。

らしい?…とは。

(おもて)に出してはならない…決定的な証拠。

つまり。(文書)(物証)を…残してはいないからです。


彼は…彼の両親から聞かされ。

彼の両親もまた。

どこかへ消えさった祖父母から…聞かされたそうです。


そうして。

だいだい。だいだい。口移しで…密かに系譜を聞かされ。

体現で。目と耳で…手取り足取り。

秘伝の(あかし)でもある。

(忍びの術)や(忍法)を…伝授されたそうです。

密かにです。


彼は。まぎれもなく。現代の忍者でした。

そして。

わたしの。……彼でした。

その彼に。

ひとつの転機が。突然…おとずれたのです。


それは。

その…彼のリーダー。(主君)の死…でした。

世間では。チカラのある実力者で通った…その主君の死が。

(あるじ)を無くした(失職忍者)である…彼の中から。

ふらちな…赤黒い点滅を。


チカチカと。チカチカ…と。


まるで。

荒れる波間と暗黒の(うなばら)で。

必死に照らし続ける古い灯台のように。


チカチカと。チカチカ…と。


彼の。彼の傾いた心の…奥の奥から。

そして。その…奥の奥からわき上がる…ふらちな叫びが。

彼の脳裏を突きやぶって。

何度も。何度も。何度も。

赤黒く燃えるフラッシュライトになって。

強く…強く…発していました。


……忍者は主君のものです。

……忍者は権力者ではありません。


忍者は。

密かに(うごめく)闇の蜘蛛です。

目に見えない…闇の天使です。


わたしの彼は。出会った頃は。

本当に。天使のように美しい人でした。

うまく言えませんが。

当時の彼は。とっても…両性的な感じのする人でした。

そっと。

わたしを見つめる時は。やわらかな羽根で舞う…天使の目で。

でも…反対に。

敵かどうかを見定める時は。エモノを逃さず忍びよる…蜘蛛の目で。


……わたしはね。


(まばたき)ひとつで…瞳の感情を変えてしまう。眼光に強弱のある。

そんな彼の目が。本当に。たまらなく…たまらなく好きでした。

ぞくぞくして。もう。ぞくぞくっ…として。

背筋に熱い震えがくるくらい。たまらないほど…好きでした。


それに。

耳元でね。ふっ…と吹きかけてくる。

彼の。甘い…甘い声のビブラートも…気持ち良かった。

快感と言っても…いい。


…… わたしは思いました。


もう。もう二度と…出会えない。

もう。もう…こんな人とは縁がない。

もう。もお。何があっても離れたくない。手放したくない。

そう……。思いました。


……ふふふ。

……わたしは。彼の術中に(はまり)ました。


わたしは。

彼が使える主君の。(最大のライバル)の…ひとり娘でした。

地域の実力者だった彼の主君。その。一番の宿敵の…ひとり娘でした。

彼が狙っていたターゲットは…わたしの父。

わたしは。

自分の父が標的にされているなんて。

まったく。まったく。(1ミリ)も知りませんでした。


わたしは。

そっと(忍び)よってきた…未知の世界の男にね。

天使の羽根で(やわなホホ)をくすぐられ…有頂天になり。

肩をすぼめ…目を細めては。(のぼせて)いました。

だって。しょうがなかった……。


でも。

天使の羽根は。そうです。(闇の天使)の羽根でした。

それは。あやしく(まどわす)…ビロードの毛羽先だとも知らずに。

後ろから。真上から。下からも…横からも。


さわさわ…と。さわさわ。さわさわ……と。


また。

見えない。あの。ネバつく蜘蛛の糸を…私に(からませ)てきては。

知能を封じ…脊髄を封じ。身も心も封じて。

わたしは。がんじがらめに…されたのです。


そうやってね。

闇の蜘蛛は。わたしの。心身の液を…吸い取っていきました。

ちゅうちゅうと。

ちゅうちゅう…と。

ちゅうちゅう…ちゅうちゅう。ちゅうぅぅぅ。

そして。ゴーーッ‼︎…っと。

滝の落ちる。滝壺の…底の底の底へ。引きずりこんでは。

また。ちゅうちゅうと…ね。


……うっ。


吐き気がしました。

子を…さずかりました。

かわいい男の子でした。


わたしは。大学を休学して産みました。

父と母は。

わたしの硬い決意に驚いていました。ほんとうに…ごめんなさい。

お金は心配なかった。(やり手)の父の…遺産があったからです。

父は。

わたしの出産の半年後に倒れてしまい。二日と…もちませんでした。

たぶん。やり残しが多い…一生だったと思います。


母は。

わたし以上に…かなりの遺産がありました。

生活だけは…なんの心配もありません。気苦労もありません。

一周忌をすませたら…消えました。

どっかへ行きました。

(二つ)にならない孫と。やっぱり大学はやめた…ひとり娘をおいてです。


(……サヨウナラ。ゲンキデネ。)

(……からだにキヲツケテネ。)


そう言って。

笑顔の母は。ピシッ…と。

軽い(ふすま)をキッチリと閉めて…出てゆきました。

明るく広い仏間には……。

泣いてる父の遺影と。ヒザの上で眠る息子と…わたし。

そして。

白と黄色の(菊の花)が。四方八方に…散らばっていました。


母はね。

素敵な人でした…優しい人でした。

思いやりがあって。情が深くて執念深い。茶色い…キツネのような人でした。

母は…雪が苦手でした。

だから。春になるとね。有頂天になりやすくて…だめでした。

桜なんか咲いたりしたら。もう。手が…つけられなくて。


……だから。たぶん。桜の日に。

……彼の術中に(はまった)はずです。


わたしと同様。

(闇の天使)に脳髄をさらし。逆光をあび。白い菊の花に囲まれて。

そのまま。

うごめく闇の蜘蛛の。ねば〜っと…ネバつく糸に。

ぐるぐると。ぐるぐると…巻かれていったんでしょうね。


……ふうぅぅ。しょうが…ありません。


それにしても。

彼のターゲットは。(彼の主君)の敵であって。彼自身の敵では…ありません。

その…彼の主君だって。

わたしの父と。ほぼ同時期に…倒れてしまいました。

だから…もう…いないんです。

だから…もう…任務もありません。


なのに彼は。

(忍び)に…未練がましく。

死にゆく主君の。遺言も命令も…何も無いのに…ですよ?

曲がった信念のもとに。

不誠実に。身勝手に。(術)を持てあまし。

ゲームチェンジャーの…(メイン役者)を自認して。

あちこちから。

闇で収集した…(情)と(おもわく)と(隠しごと)に。

フルスペック。忍びの術を…賭けたのでした。


……闇の人間はね。


けっして。(おもて)の陽を…あびてはいけないんです。

(おきて)のはずです。

表通りの(にぎやかな)晴れやかさと。裏通りの(まばらな)日影の路地裏と。

その両方にね。おんなじ(お店)を出したって。人気が出るのは片方だけです。

表通りに合う感じの(お店)と。

裏通りに合う感じの(お店)とは。はなっから。存在理由が違うんです。

ちがいますか?


だから。

闇の人間は。おのずと…自然に。闇の世界がフィットします。

おちつくはずです。

その。闇の人間が…ですよ。

綺麗な…やわらかな陽の光を。あたりまえの顔して…あびていたら。

闇に生きてきた彼は。そのうちにね。

体内の赤い血が熱し。沸騰し。全身の毛穴から…勢いよく。

真っ赤な血が。プシューーッッ‼︎…です。


……彼は。闇の忍者です…現代の忍者です。


でも。昔の…武士の時代の(忍び)と。根本は同じはずです。

権力とか。痴情とか。消せない情報…機密情報にアクセスするとか。

そうです。

スナイパーと言うよりは。偵察。スパイに近いのかも…しれませんね。

ただ。

武士の時代の(忍び)と…現代の忍者の(彼)とでは。

決定的に違うことがあります。


……それは。彼の本質が。(やわ)なことです。︎


彼は。

血の一滴まで…裏の顔に(おぼれた)人間でした。

彼は。

血の一滴まで…不誠実でした。

彼は。

血の一滴まで…身勝手でした。

彼は。

血の一滴まで…裏切り者でした。

彼は。

血の一滴まで…幸せを求めませんでした。

彼は。

血の一滴まで…忍者の系譜が嫌でした。死ぬほど。


彼は。ただ。

人を(だます)のが…手玉にとるのが。たまらなく…たまらなく好きでした。

鳥肌が立つほどに…快感でした。

人の弱み…隠しごと…カーテンの中の動き…密約。

ふふふ。

のぞきたい。あばきたい。知りたい。

知って…追いつめたい。ゲームのようにです。

そうね。

彼の(忍び)は。彼にとっては…ゲーム?……なのかもしれない。

ふふふ。

かるい。かるい。かるい人でした。

でもね。

そう言う私だって。あんまし。強くは言えないのかも…しれません

だって。ふいに。なんなく落とされた…(かるい子)でしたから。

これからは。気をつけます……。


うごめく蜘蛛は。

アミを張るから蜘蛛なんです。アミの外ではマヌケな八本足です。

天使の羽で。人の心に楽園を見せつける…魅惑の天使だって。

しょせん。全能の神には…逆らえません。


さあ。キングは王手です‼︎

チェックメイトです‼︎


……あなたに言います。


(もう。やめてください。)

(あなたの主君はいません。亡くなりました。)

(あなたの使命は終わりました。)

(もう。誰もあなたを頼らないし…使いません。)

(山に。里に。帰ってください。お願いします。)

(忍びの術は封印してください。永遠に。)

(人の心をさぐるのも。わなに落とすのも…やめてください。)

(忠誠心の腐った忍者は。身を隠して生きてください。)

(あなたは。もう。ただの人です。)

(……子ども?)

(あなたに。後継者はいません。この子は…わたしの子です。)

(あなたには…わたしません。わたしが…ちゃんと育てます。)

(おねがいです。今すぐ…消えてください。)


(あなたは。もう。必要ありませんっ‼︎)


……忍者が。

……忍者をすてたら。どうなるって?


知りません。そんなこと。

わたしには…関係のないことです。もう…他人です。


(主君)亡き。(リーダー)亡き…あなたには。こんりんざい。

誇りある忍者として…無礼な(ふるまい)は許されません。

忍びの術も忍法も。

(開かずの間)の畳の上に置いて…眠らせておいてください。

おねがいします。おねがいです。

あとのことは…なんとかします。

かかわった人達で…なんとかしますから。

私たちの前から。どうか。消えてください。

おねがいします。


……あてがない?


知りません。

自分で何とかしてください。

あなたも…子供じゃないんだから。好きなように生きてください。

今までさ?

好きなように。気持ちいいように。人を見ては…動かしてきたんでしょ?

むくいなさい。

ざんげです。

死ぬわけじゃないんだから…だいじょうぶだよ?

さようならっ。


……そうして。そうして。ある日の午後でした。


枯れた朝顔に。

中から(もれて)くる…サンバのリズムが鳴り響く。

そして…サルサ。

スカ。R&B。ボサノバと続いて。

日が暮れ…街灯がつき。

路面の乾いた足跡に。カサカサと…枯れ葉の音がすると。

だるそうな(その人)は。

タンゴのリズムと音に…酔っていました。

バンドネオンの……。

なんとも言えない。ねばっこい…ツヤのある音色に…酔っていました。


その人は。

街の。場末の…角の店で。だるそうに酔っていました。

そこは。開店から閉店まで。

チリチリとした無音が鳴る。昭和のレコードが…ゆっくりゆっくり。

規則正しく。ターンテーブルの上で…回ってるような店でした。


……(うわさ)は。知っていました。


落ちぶれた系譜の(その人)は。 犯罪ギリギリの生活を…してるそうです。

まだ…しがみついてるの?


なぜ。どうして。

あなたは。心機一転…別の生き方が出来ないのでしょうか。

あなたは。いえ…男の人って。

どうして。

日々の暮らしに起こる…大きな変化に弱いのでしょうか。

どうして。

なんでもやってやろう。一人でやってやろう。

そう。振り切って…生きられないのでしょうか。

なんでも他人まかせ。なんでも後まわし。


男の人って。ここ一番。いっつも弱い……。

どうして?

不器用だから?…慎重だから?

いいえ違います。

臆病……。ただ。それだけだと…思います。


……(忍者)は。しょせん。ナンバー2…ナンバー3です。


彼には…リーダーが必要です。

強い。リーダーシップで引っぱる…リーダーが必要なんです。

(忍び)の…その才能を。その(術)を発揮する。

その場が…活躍する場が。彼には必要なんです。

そこを見つけてあげるのが…主君。リーダーなんです。


彼はね。

知ったと思うんです。いやになるくらい。

砂ぼこりと一緒にころがる…そのへんの(紙くず)のような日々で。

自分の本当の姿を。自分のできる事を…やりたい事をね。

知ったと思うんです。

そして。

代々つづいてきた…系譜の重みを…歴史を。

ラストの血筋が。ここで…途絶えてしまうことも。

やっと。やっとね。われに帰って…知ったと思うんです。


……でも。


……さようなら。


そこで飲んでなさい。真っ昼間から飲みたいんでしょ?

つまんない顔してさっ。

背中丸めて…(ひじ)ついてる(あなた)に。

誰か声でも(かける)と…お思いですか?

誰か心配して。肩でも叩くと…お思いですか?

ふう〜〜ん……。

そうですか。なら。そのままいてください。

わたしは知りません……。


さようなら。

わたしは。一応…気にとめました。

あなたは。

この子の。一応…父親ですからね。

さようなら。

お元気で。と……言っときますね。


あてのない…忍者さん?


<おわり>


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