第三話 怪物たちの戦い
遥か空。誰であっても、かつての魔の王と呼ばれた者であっても分からぬほどの空高くから死神たる少年が降り立とうとした事に唯一気づいた少女がいた。ふと遠くを見つめ、一度ため息をついた彼女は燃え盛る不死の翼を広げて大空へと飛び立つ。第二の太陽かの如く輝く少女とその太陽の前でさえ異質な空気を纏った少年。やがて彼らは重なりすれ違い、ただぶつかって閃光の火花を散らした。
「やあ死神。もしくは
少女はイラつきながら翼を器用に操って、回転しながら飛び蹴りを喰らわせた。
彼女の名は
髪も目もヒストコアの人々の物ではない漆黒の夜の色だが時折り見せる緋色の輝きは幻覚であろうか。それとも彼女の覚悟の現れであろうか。
「空からだったら不法入国できるかと思ったんだけどね。そういえば
少女の苛烈な飛び蹴りを手で払いながら、相対する少年は言った。
こちらは少女よりももっと幼い、せいぜい十五か六の少年。
しかし年の割には大人びた風貌の彼は、センターで分けた黒髪を靡かせながら優しそうな表情を曇らせた。どこか死への鋭さを映しながら。
「死神。お前の考えは根本から間違っている。生きる意味も無いままに死んでしまってはいけないのだ。そんなことで生命の焔を絶やしてはならないのだよ」
芽夏は不思議な口調で高い声を張る。その口調と声の高さのアンバランスさ。そして発言を真っ向から否定されたということに幸希は咄嗟に顔をしかめる。
「理解できないね。人生はどれだけ長く生きられるかより、どれだけ幸せになれるかだ。だから絶対に幸せに死ねる方法を皆んな探すべきなんだ」
幸希は右手を芽夏に向けた。それは親指と人差し指だけ伸ばした
「撃ち抜く。
刹那。幸希を覆っていたヒビが弾けた。全ての
それと同時に幸希の右手には一つの武器が握られていた。黒光りする
「残念なのだよ。結局、即刻退去してもらうしかなくなった。炙ってやるからさっさと帰れ。
パンッとなる乾いた銃声。その音と共に飛来する一撃の銃弾を、芽夏は背中の炎の羽根を飛ばして瞬時に燃やした。パチパチ、ボウボウとなる生命の鼓動が有象無象の音をかき消す。
彼女の体にもヒビが入り、こちらはそれを炎が焼き尽くすかのように包む。黒い髪が赤く染まるその姿は芽夏も覚悟を燃やしたということだろう。炎の中で少女は不敵に笑う。
「これで十回目か」
呟きながら幸希は残りの銃弾を全部下の街の人へとにばら撒いた。そして空になった拳銃は捨て、
その瞬間を見逃すはずもなく、芽夏は炎を纏った羽根を幸希の左腕に放つ。一瞬にして着弾点は燃え上がり対象を灰も残らぬままに無に返す。
幸希は咄嗟に左腕を吹き飛ばし、炎が燃え広がるのを防いだ。同時に芽夏は幸希の考えを読み取って、街の人に撃たれた銃弾を全て焼失させた。
「マジかよ」
「あっついな」
二人は同時に毒づいた。幸希は左腕が消滅したことについて。芽夏は幸希の狙いが既に自分から移り変わっていることについて。
【
しかし彼女の
「お前。私とまともに戦う気ないだろ」
「当然でしょ。ボクの目的は皆にこの銃弾を打ち込むことだ。今回は前みたいな面倒なシールドはないみたいだし、キミに構ってる暇はないんだよ」
幸希は、作り出した二つ目の銃も一発を残して街の人々へと放つ。先程のように単純に落ちるだけではなく、複雑な形を描いた銃弾が蛇のように舞う。
「確かにな。それなら私もお前に張り付く必要はないかもしれない」
その様子を見た芽夏はくるりと器用に旋回すると羽を羽ばたかせて下降した。幸希が放った銃弾が街に到達するまでに阻止するつもりだろう。
その時を福田幸希は狙っていた。十を超える弾に炎の羽を打ち出す芽夏に向けて、幸希は銃のトリガーを引いた。
「解析完了」
解き放たれた銃弾は空中で不自然に加速したのち、傷一つつけることができないはずの少女の腹を吹き飛ばした。
*
覚えているだろうか。俺は先ほど『今世界で一番不幸で、それでいて世界で一番幸運』などというふざけた台詞を吐いたと思う。
その時俺は、別に
しかし今一度状況を確認してみよう。接戦になるだろうと予想して
グランデの女は撃ち落とされて、地にふしている。その結果彼女の
「おいレヴィ!
俺は俺と同じく炎の魔の手から逃れるために空を飛んでいたレヴィへと尋ねる。
「え? あぁ。えっと。
俺はその話をまだ食べ終わっていなかったアイスクリームを食べながら聞いた。隣のレヴィはよく今の状況で食べられますねと驚きの表情を浮かべているが、このくらい図太くなければ生きていけない。
「それ聞くの二回目だけど本当にふざけた性能だよな。なんでも燃やせるとかいう攻撃力に、ダメージを受けないとかいう防御力。でもだとすりゃなんでこんな大惨事になってんだよ?」
「それは……。
そういいながらレヴィは街を眺めていた。視線の先にいるのは
撃ち抜かれた人々は外傷もないままにぱたりと倒れて二度と動かなくなってしまう。おそらく死んだのだろう。全ての人々に平等なる死を与えるならば確かにまさしく死神だ。
「あれ。魂ごと破壊されてるよな。撃ち抜かれたら俺でも即死して、二度と復活できないだろ。めんどくせー」
せっかく別世界のスイーツにありつけたのだ。最悪死んだらしょうがないが、できればそれは回避したい。
しかしレヴィは俺の発言を聞いていないようだった。さっきからずっとだ。ずっと彼女は崩壊しつつある街をハラハラしながら見つめている。
「おいレヴィ……?」
そう覗き込んだ時には遅かった。
次の瞬間、レヴィは俺の隣から消えた。一番得意な風属性の魔術、そのスタートウィンドと呼ばれる移動方法。気づいた時にはレヴィはおばちゃんの前に立ち、
「はぁ……。だりぃ」
想像以上に俺の眠っていた百年という年月は長いようだ。一人の少女に優しさを芽生えさせてしまうほどには。
最初に言っただろーが。外から眺めて見るだけのつもりなんだよ。わざわざ死ぬとわかってて突っ込むほど俺はイカれちゃいない。
そう俺は心の中でぼやきながらレヴィと同じく
「馬鹿だろレヴィ。防ぐ術がないくせに前に立ってどーすんだよ。こーゆー時は逃げるんだぜ?」
俺は即座にレヴィは腰を抱えて、おばちゃんは風を使ってその場から離脱する。どうやらレヴィは俺の行動に驚いたようだった。
「え、あ? ギルギス様。何故ですか?」
愚問だ。答える必要もない言葉だ。助けるためだなんてむかつくから言ってやらない。
だから俺は気絶してしまったおばちゃんをそこら辺に放り投げつつ別の事を聞いた。
「おい俺の
レヴィは鋭い瞳を更にまんまるに広げてから、ふふっと小さく微笑んだ。
「そうですね。
最強の座を降りた魔王様は転生者たちの混沌を楽しみます〜チートofチートの転生者相手にどうこうしようなんてもう遅いので〜 画竜点睛 @garyoutensei
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