第三話 怪物たちの戦い

 遥か空。誰であっても、かつての魔の王と呼ばれた者であっても分からぬほどの空高くから死神たる少年が降り立とうとした事に唯一気づいた少女がいた。ふと遠くを見つめ、一度ため息をついた彼女は燃え盛る不死の翼を広げて大空へと飛び立つ。第二の太陽かの如く輝く少女とその太陽の前でさえ異質な空気を纏った少年。やがて彼らは重なりすれ違い、ただぶつかって閃光の火花を散らした。

「やあ死神。もしくは殺戮者ジェノサイドとでも言うべきか。何用なのだよ? 悪いがこっちも暇じゃないんだ、場合によっては即刻退去してもらうぞ?」

 少女はイラつきながら翼を器用に操って、回転しながら飛び蹴りを喰らわせた。

 彼女の名は赤城あかぎ芽夏めいか。体格より少し大きめな真っ赤なジャケットに身を包み、長く伸ばしたその髪に深々と制帽を被ったまだ十七か八の少女。

 髪も目もヒストコアの人々の物ではない漆黒の夜の色だが時折り見せる緋色の輝きは幻覚であろうか。それとも彼女の覚悟の現れであろうか。

「空からだったら不法入国できるかと思ったんだけどね。そういえばココはキミの独壇場だったな。仕方ない。どけよ不死身イモータル。生きる意味もないままに死ぬなと叫ぶだけの思考停止は求めていない」

 少女の苛烈な飛び蹴りを手で払いながら、相対する少年は言った。

 こちらは少女よりももっと幼い、せいぜい十五か六の少年。福田ふくだ幸希こうき

 しかし年の割には大人びた風貌の彼は、センターで分けた黒髪を靡かせながら優しそうな表情を曇らせた。どこか死への鋭さを映しながら。

「死神。お前の考えは根本から間違っている。生きる意味も無いままに死んでしまってはいけないのだ。そんなことで生命の焔を絶やしてはならないのだよ」

 芽夏は不思議な口調で高い声を張る。その口調と声の高さのアンバランスさ。そして発言を真っ向から否定されたということに幸希は咄嗟に顔をしかめる。

「理解できないね。人生はどれだけ長く生きられるかより、どれだけ幸せになれるかだ。だから絶対に幸せに死ねる方法を皆んな探すべきなんだ」

 幸希は右手を芽夏に向けた。それは親指と人差し指だけ伸ばした異世界パラレルワールドでは『銃』を意味する形。指の先からはヒビが入り、やがてそのヒビは割れたガラスみたいに彼の体を駆け巡った。

 意志力スキルは世界を意志の力で強制的に改変する力だ。その強度こそ普遍ノーマル固有ユニーク特異チートとなってはいるが、世界を緻密にハッキングするような魔術と比べて意志力スキルは半ば強引に世界に影響を与える。故に全ての意志力スキルに共通するは『破壊』のイメージ。己と世界を壊す覚悟。それが必要なのである。

「撃ち抜く。特異意志チートスキル……【幸福終末論ハッピーエンド】」

 刹那。幸希を覆っていたヒビが弾けた。全ての意志力スキルが持つ、殻を割るような発動エフェクト。それは少年が本気を出したという紛れもない証拠であった。

 それと同時に幸希の右手には一つの武器が握られていた。黒光りする自動式拳銃オートマチックピストル。彼がどこからか呼び寄せた異世界パラレルワールドの遠距離武器。幸希はそのトリガーを間髪入れずに芽夏に向かって一発絞った。

「残念なのだよ。結局、即刻退去してもらうしかなくなった。炙ってやるからさっさと帰れ。特異意志チートスキル!!! 【フェニックス】!!!」

 パンッとなる乾いた銃声。その音と共に飛来する一撃の銃弾を、芽夏は背中の炎の羽根を飛ばして瞬時に燃やした。パチパチ、ボウボウとなる生命の鼓動が有象無象の音をかき消す。

 彼女の体にもヒビが入り、こちらはそれを炎が焼き尽くすかのように包む。黒い髪が赤く染まるその姿は芽夏も覚悟を燃やしたということだろう。炎の中で少女は不敵に笑う。

「これで十回目か」

 呟きながら幸希は残りの銃弾を全部下の街の人へとにばら撒いた。そして空になった拳銃は捨て、意志力スキルによって新たな銃を製造する。

 その瞬間を見逃すはずもなく、芽夏は炎を纏った羽根を幸希の左腕に放つ。一瞬にして着弾点は燃え上がり対象を灰も残らぬままに無に返す。

 幸希は咄嗟に左腕を吹き飛ばし、炎が燃え広がるのを防いだ。同時に芽夏は幸希の考えを読み取って、街の人に撃たれた銃弾を全て焼失させた。

「マジかよ」

「あっついな」

 二人は同時に毒づいた。幸希は左腕が消滅したことについて。芽夏は幸希の狙いが既に自分から移り変わっていることについて。

 【フェニックス】は何もかもを燃やし尽くす炎を作り出して操る。特異意志チートスキルとしては単純であり、それだけで凶悪といえるものだ。

 しかし彼女の特異意志チートスキルの本質はおそらくそこではない。異常なる回復性能。それが赤城芽夏の意志力スキルの本質。彼女の『消せない炎』は自分自身にも適応され、彼女への全てのダメージは無効化される。彼女を倒すことは不可能。よって幸希の考えは……。

「お前。私とまともに戦う気ないだろ」

「当然でしょ。ボクの目的は皆にこの銃弾を打ち込むことだ。今回は前みたいな面倒なシールドはないみたいだし、キミに構ってる暇はないんだよ」

 幸希は、作り出した二つ目の銃も一発を残して街の人々へと放つ。先程のように単純に落ちるだけではなく、複雑な形を描いた銃弾が蛇のように舞う。

「確かにな。それなら私もお前に張り付く必要はないかもしれない」

 その様子を見た芽夏はくるりと器用に旋回すると羽を羽ばたかせて下降した。幸希が放った銃弾が街に到達するまでに阻止するつもりだろう。

 その時を福田幸希は狙っていた。十を超える弾に炎の羽を打ち出す芽夏に向けて、幸希は銃のトリガーを引いた。

「解析完了」

 解き放たれた銃弾は空中で不自然に加速したのち、傷一つつけることができないはずの少女の腹を吹き飛ばした。


  *


 覚えているだろうか。俺は先ほど『今世界で一番不幸で、それでいて世界で一番幸運』などというふざけた台詞を吐いたと思う。

 その時俺は、別に異世界パラレルワールドのスイーツなんて後でいくらでも食べられるのだし、ちょっと想定外だったけどイレギュラーを楽しもう。とまあ状況を楽しんでいたわけだ。

 しかし今一度状況を確認してみよう。接戦になるだろうと予想して転移者ユウシャ同士のバトルは少年ガキの方の圧勝。

 グランデの女は撃ち落とされて、地にふしている。その結果彼女の意志力スキルの影響で街がとんでもないくらい燃えていた。街を守る側がそれでどうするんだよ! というか。

「おいレヴィ! 赤城アカギとやらの意志力スキルは無敵なんじゃねーのかよ。なんであんな簡単に負けてんだ?」

 俺は俺と同じく炎の魔の手から逃れるために空を飛んでいたレヴィへと尋ねる。

「え? あぁ。えっと。赤城芽夏メイカ・アカギ。比較的最近こちらに飛んできた転移者ユウシャで、特異意志チートスキルは【フェニックス】。燃え尽きることのない炎を発生させるものですが、自身に適応することでダメージを受けない燃え尽きないようになります。ちなみに私はこの国の専属魔術師なので情報は確かだと思いますが……」

 俺はその話をまだ食べ終わっていなかったアイスクリームを食べながら聞いた。隣のレヴィはよく今の状況で食べられますねと驚きの表情を浮かべているが、このくらい図太くなければ生きていけない。

「それ聞くの二回目だけど本当にふざけた性能だよな。なんでも燃やせるとかいう攻撃力に、ダメージを受けないとかいう防御力。でもだとすりゃなんでこんな大惨事になってんだよ?」

「それは……。千星瑛人エイト・センボシが動いてないのもあると思いますけど福田幸希コウキ・フクダ特異意志チートスキルの効果なんじゃないですか? 私が知ってるのは異世界パラレルワールドの武器を作り出してその武器の飛距離、威力、速度、動きなどを自在に操作できる意志力スキルだと思われてますが……」

 そういいながらレヴィは街を眺めていた。視線の先にいるのは福田フクダ。彼の右手から放たれる鉛の塊は燃え盛る炎を器用に避けて、逃げ回る人々の頭を撃ち抜く。

 撃ち抜かれた人々は外傷もないままにぱたりと倒れて二度と動かなくなってしまう。おそらく死んだのだろう。全ての人々に平等なる死を与えるならば確かにまさしく死神だ。

「あれ。魂ごと破壊されてるよな。撃ち抜かれたら俺でも即死して、二度と復活できないだろ。めんどくせー」

 せっかく別世界のスイーツにありつけたのだ。最悪死んだらしょうがないが、できればそれは回避したい。

 しかしレヴィは俺の発言を聞いていないようだった。さっきからずっとだ。ずっと彼女は崩壊しつつある街をハラハラしながら見つめている。

 赤城アカギという少女が立ちあがろうとしたところを福田フクダが見逃すまいと撃ち抜く。はっきり言ってスキがない。絶望的な状況を同じく見てとったのかレヴィはヒッと音を鳴らした。

「おいレヴィ……?」

 そう覗き込んだ時には遅かった。福田フクダの右手からまたしても射出された鉛の塊が空を駆けて新しい対象を狙う。その先で足をもつかせながら走る人影。それは俺たちにアイスクリームを作ってくれたあのおばちゃんだった。

 次の瞬間、レヴィは俺の隣から消えた。一番得意な風属性の魔術、そのスタートウィンドと呼ばれる移動方法。気づいた時にはレヴィはおばちゃんの前に立ち、福田フクダの攻撃からおばちゃんを守ろうとする。

「はぁ……。だりぃ」

 想像以上に俺の眠っていた百年という年月は長いようだ。一人の少女に優しさを芽生えさせてしまうほどには。

 最初に言っただろーが。外から眺めて見るだけのつもりなんだよ。わざわざ死ぬとわかってて突っ込むほど俺はイカれちゃいない。

 そう俺は心の中でぼやきながらレヴィと同じく上位風系移動魔術スタートウィンドを起動する。とはいえ俺は大事な配下をそれだけで捨てるほど非情でもない。仕方がないので俺は直ぐにレヴィを追いかけた。

「馬鹿だろレヴィ。防ぐ術がないくせに前に立ってどーすんだよ。こーゆー時は逃げるんだぜ?」

 俺は即座にレヴィは腰を抱えて、おばちゃんは風を使ってその場から離脱する。どうやらレヴィは俺の行動に驚いたようだった。

「え、あ? ギルギス様。何故ですか?」

 愚問だ。答える必要もない言葉だ。助けるためだなんてむかつくから言ってやらない。

 だから俺は気絶してしまったおばちゃんをそこら辺に放り投げつつ別の事を聞いた。

「おい俺の奴隷サーヴァント。何か俺にがあるんじゃねーか?」

 レヴィは鋭い瞳を更にまんまるに広げてから、ふふっと小さく微笑んだ。

「そうですね。ご主人様マスター。どうか皆んなを助けて下さい」

 転移者ユウシャ共を偽善者と馬鹿にしていたはずなのに、どうやら同じことをやらなくちゃいけなくなってしまったようだ。その事実に俺はやれやれと肩をすくめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の座を降りた魔王様は転生者たちの混沌を楽しみます〜チートofチートの転生者相手にどうこうしようなんてもう遅いので〜 画竜点睛 @garyoutensei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ