第二話 アイスクリーム
空が青かった。でも青という色はどちらかといえば今の日中の空ではなくて、夜の空に似合うのかもしれない。深い藍に似た青色は夜の輝く星によく似合う。ならば今の空は水色だろうか。空色と言ってしまうのは負けた気がするからそういうことにしておこう。
正直眩しい太陽にわざわざ照らされながらそんな事を考えてしまうのはもちろん俺の魔王城に屋根がないからだ。どうやら百年前に城の半分から上を持ってかれてからこの城は全く変わってないらしい。レヴィが暮らしている部屋を除いて。
「いやレヴィ。百年あったなら魔王城くらい直しておけよ!?」
「え。直しましたよ。私の部屋だけは」
「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」
ちょっと、いやかなりイラッとした俺は気づいていたけど指摘してなかった矛盾点を突いてやることにした。
「そもそもさっき百年眠ってましたとか行ってたよな? 復活魔術は俺を蘇生する魔法陣と魔力をためる魔法陣の二つに別れてるんだ。魔力がたまるまで蘇生の方の術式は発動する訳がねぇんだよ。お前百年間俺のこと忘れてただろ!」
その指摘にもレヴィはいつも通りの澄まし顔で答える。
「ギルギス様の主張、私が貴方を忘れていたと言うのなら逆に私が城を直さなかった理由になりません?」
「あ、そっか」
やべ。完全に墓穴を掘った。確かにこれは俺が悪い……のか?
「そんなことはどうでも良いのです。怪獣大決戦とやらを特等席で見るのでしょう。少し心当たりがあります。行ってみますか?」
「どうでもよくはねぇぞ。行くからその前に城直させろ」
そういえば元々の俺の支配領域は大体人類に奪われ返されたらしいけどよくこの城は残ってたよな。まぁでも大陸の北の端っこのマジで寒い孤島の城なんて誰も気にしない感じもするな。なんて考えながら空に城を修復するための魔法陣を描き出す。
魔術とはエネルギーの魔力とそれを変換する魔法陣、二つの要素で成り立っている。魔法陣を描き出すかもともと描かれているものに魔力を流すかすることで誰でも簡単に使えるお手軽な力であるのだ。もちろん弱点として
俺は魔王城にはこだわりがあるのでかなり細かい魔法陣が必要になるのだが、時間をかけたくないのでリアルタイムでガンガン作っていく。そんな姿を見たレヴィが呟いた。
「やはりギルギス様は魔術に関しては天才的ですよね。なんでそんな事になってるんですか?」
「ん?実際天才だからだろ」
事実である。努力するなんて昔から嫌いだ。
そんなこんなしてたらいつのまにか魔王城が復旧していた。黒い城壁に角張ったフォルム。中には俺が開発した極悪非道なトラップを完備。完全完璧な魔王城の復活だ。百年も待たせて悪かった。もちろん今回は誰かさん対策で斬撃耐性を上げてある。本当になんでも斬れるならは意味なんてないだろうけど。
「よし。できたぜレヴィ。その心当たりとやらに行ってみるか」
「待ってくださいギルギス様。百年間かけて可愛くしてた私の部屋まで改修しましたよね?」
「そりゃもちろん。雰囲気大事だもん」
鋭い目つきでガチで睨まれたけど当然無視した。俺は性格が悪いんだ。
*
グランデ王国。大陸一巨大な王政国家。俺が魔王の時はここまでデカくはなかったが憎き
「うげぇ。流石に百年で変わりすぎだろ」
俺は一応変装用で被ってたフードを取りながら(俺の事知ってる奴なんていない事に気づいた)こちらも珍しく露出抑えめの普通の服を着たレヴィの方を見た。
「この国は代々王が優秀ですね。どこかの名ばかりの王と比べて。だからここまで発展できたのでしょう。今の王もとてもやり手だそうですよ」
「そう言われたって本当に名ばかりなんだから仕方ないだろ。魔術の王で魔王なんて」
「本当安直ですよね」
うるせぇな。俺がつけたんじゃねーよ。でもめんどくさそうな転移者たちをちゃんと囲えるってことは本当に優秀な王なのかもしれないな。少なくとも俺には無理だ。絶対に無理だ。キレる。
「んで。どうやったら怪獣大決戦を見れるんだ? そんなんが起こる気配はねーぞ」
その質問にレヴィは遠くの食べ物屋のようなものを指した。
「その前にアイスクリーム食べましょう。さっき私の部屋を壊した罰です。奢って下さい」
「なんだよアイスクリームって。後俺金持ってないから奢れないぞ」
「アイスクリームとは異世界の食べ物です。後お金は魔術で偽装してください」
俺はこの物議を醸す発言には突っ込まない。俺だってそうするからだ。というかそもそも俺たちばどっちも比較的ボケだ。残念ながらツッコミは不在になりがちである。
俺はさっさと三十メラ(メラとはこの世界の通貨で異世界の円とかいう通貨の十倍の価値があるらしい)を作り出して屋台のおばちゃんに話しかけた。
「おばちゃん。アイスクリーム二つ」
「あ、どっちもバニラ味でお願いします」
バニラ味ってどんな味だ? おいレヴィ。お前の選択信じるからな?
「あいよ。バニラ二つで三十メラね」
おばちゃんは元気な声で右手を差し出したので俺はきっちり偽金を渡す。おばちゃんはそれを受け取ると後ろに備え付けられていた魔法陣の方を向いた。氷系統の魔法陣からグルグルと白い液体か個体かわからないものが流れて来て、おばちゃんの持つビスケットみたいな円錐に積み上がっていく。綺麗にちょんと先端で途切れたその食べ物らしいものをおばちゃんはレヴィに渡してからもう一つも同じようにして俺に渡してきた。
「まいど。アイスクリームバニラ味だよ。それにしてもお嬢ちゃん。彼氏さんとデートかい?」
「えぇ。とっても久しぶりに会えたんですよ。だから思いっきり彼を堪能しようかと思って」
案外ユニークな見た目をしてる食べ物を持ちながら俺はレヴィの隣でむせた。いや確かに百年ぶりだ。とてもとても久しぶりだ。でも付き合ってないからな!? 例えるなら俺は父親だぞ? 創造主だぞ? 何言ってんだよレヴィ。思わずツッコミに回っちまったじゃねぇか。つーか起きてからは俺が突っ込んでるパターンが多すぎる。このままでは俺たちのボケとツッコミのバランスが崩壊してしまう。
「それじゃいきましょう。ギルギス君」
レヴィがこちらを振り返る。
「おう。いこうかレヴィちゃん」
君付けされてちょっと嬉しかったのでレヴィちゃんと呼んでやったことは秘密だ。
*
俺らは近くのベンチに座ってアイスクリームとやらを食べる事にした。隣に座ったレヴィが美味しそうに食べていた(表情はあまり変わらないが俺には分かる)ので俺も思い切って口をつける。ペロっと舐めた瞬間に俺の口中に爽やかな冷たさとクリーミーな甘い味わいが広がった。次に俺はしたのビスケットの部分を口にする。するとどうだろう。ビスケットと上の甘いものが上手く絡み合って複雑な味を作り出すではないか。
「え、めっちゃうまいんだが?」
「でしょう! ことこれを持って来た実績だけで私は
「ごめん。激しく同意だわ」
「じゃあアイスクリームも堪能したところでそろそろその素晴らしき怪獣の件について教えてくれるか?」
アイスクリームが
「まぁこんな感じでここの
「最悪の
今の俺なら大抵の悪事はアイスクリームで許せるだろうけど。そしてレヴィはまたアイスクリームを一口食べる。
「そうです。この国に侵入しては周りの人間を虐殺し続けた結果悪魔とまで言われた存在。死亡人数ではもうギルギス様を超えてるレベルですね」
「ふーん。そりゃまた特殊性癖で。そいつが今すぐ来るわけか? それにしてはみんなゆったりしてるけど」
「最近はこの国の
つまり来るまで待ち続ける計画ってことだろう。なんと。この街の
「んじゃマジでデートするか。エスコートしてやるよ。レヴィ」
「どちらかと言えば私が案内する側ですけどね。エスコートされてあげることにします。ギルギス様」
そんな風に戯れながら俺は立ち上がって空を見た。雲ひとつない水色だった。でもやっぱり空色の方がわかりやすい。仕方ないので負けてやる事にしよう。そう思っていた。
こっちに向かって落ちてくる人影と逆方向から光り輝く二つ目の太陽が空に飛び立っていく瞬間までは。
「待ってくれレヴィ。どうやら俺たちは今世界で一番不幸で、それでいて世界で一番幸運なようだ」
ん? と首を傾げながらビスケットの方をカリッと飾ったレヴィに対して俺は叫んだ。
「くるぜ。快楽殺人犯と自称正義のヒーロー様だ!」
遠く離れた空の果て。空色にまるで似合わない一人の少年と一人の少女が揺蕩っていた。アイスクリームから目を離し空を見たレヴィが呟いた。
「生と死の戦い……」
最強の座を降りた魔王様は転生者たちの混沌を楽しみます〜チートofチートの転生者相手にどうこうしようなんてもう遅いので〜 画竜点睛 @garyoutensei
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