第14話 じぇーけー
「君は……私と同じ現実主義な人間だと思っていた。現実的に可能か不可能かで動いていると……」
ボーッと眺めていた車内案内表示から、隣に座る灯織会長に視線を向ける。
灯織会長は、車窓から流れる景色を緊張の孕んだ表情で見ていた。
「現実主義な人間ですよ?でも、今はバカになってます」
「バカになる?」
「昔からの幼馴染の教えですよ。俺は考えすぎるから、悩んだらバカになれって。意味わかんないですよね」
「…………そうか」
会話は終わり、再びぎこちない空気が流れる。
今朝は集合の十分前に姿を見せたとはいえ、外堀を埋めて強引に連れて来た同然だ。
浮かない顔をしていたし、快くは思ってないはずだ。
けど、口を開いたのは、またしても灯織会長だった。
「……和彦君の見送り……していないんだ、私。だから、どんな顔をして会えば良いか分からない」
そうポツリと呟いて、口を閉じた。
不安と緊張、僅かばかりの恐怖。見当違いかもしれないけど、そんな感情が言葉と横顔から垣間見える。
「でも、明石さんは了承してくれたんですよね?」
「あぁ……。けど、本心はどう思ってるか分からない。仕方なく……なんて事もあるだろう」
「会長」
「ん?」
「開き直っちゃいましょうか。明石さんが了承してくれた。これだけは事実で、他は考えても分かりませんし」
「――――っ!ふっ、そうだな」
今日、初めて灯織会長と視線が交わった。
そして、久々に見る柔らかな微笑み。そこからは、もう不安や緊張は微塵も感じなかった。
◇◇◇◇◇
「待ち合わせ場所……大丈夫です?」
「グリーンズカフェに十一時半。問題ない」
「どうやって行くかとか」
「東口から出れば早いと聞いてる。……案外、心配性だな、君は」
腰に手を当てて細い眉を下げて笑う。
心配性……というより、緊張している、と言った方が正しいかもしれない。
正真正銘、今日で全てが決まる。その瞬間に立ち会っているんだから、緊張の一つや二つするに決まってる。
「君の方こそ一人で大丈夫かい?変な人に声かけられてもついてっちゃダメだぞ?」
「よ、幼稚園児じゃないんですからっ!」
「それもそうだな。それじゃあ、行ってくるよ」
「分かりました。頑張ってください!」
「あぁ、悔いは残さないようにする」
そう言い残し、雑踏の中へ消えていった。
◇◇◇◇◇
時刻は正午を回り十四時を過ぎた。
最初こそ、未開の地で優雅にコーヒーブレイクを……なんて息巻いてた。
けど、無理無理っ!
右を見ても左を見ても、キラキラと華やかなカフェばかり、かつカップルや女性客が多く俺なんかが入れるわけが無い!
「はぁ……そろそろ座りたいなぁ――うん?」
歩きっぱなしによる疲労が溜息となって吐き出されたとき、ポケットに突っ込んでいた携帯が震えた。
『待たせて済まない、終わったから駅で合流しよう』
灯織会長らしく、簡潔にまとめられた文章が映し出される。
一抹の不安が脳裏を過るが、今考えたってしょうがない。『今行きます』とだけ返し、集合場所まで急いだ。
◇◇◇◇◇
朝よりも人が少なかったおかげか、灯織会長はすんなりと見つけられた。
「待たせてすいません!思ったより遠くまで行っちゃってて……」
「平気さ。むしろ、君は何時間もどこで暇を潰してたんだい」
「それはまぁ……目新しいものに惹かれてウロチョロしてました」
「君の方も、そこそこ充実していたようで何よりだ」
苦笑を浮かべる灯織会長を間近で見て、直接話して、密かに感じている事がある。
それは、別れる前と比べて、表情と雰囲気が晴れ晴れとしていること。
「もうこんな時間だけど、どこか見て回るかい?」
「会長はどうします?俺は、十分見て回りましたけど」
「私は……正直、少しくたびれてしまったかな」
「なら、帰りましょうか。向こうに着く頃には、良い時間になってますしね」
そうしようか――と、俺の横を通り過ぎ改札に向かって迷いなく歩き始める灯織会長。
無闇に詮索するのも良くは無い。そう思ってはいたが、自分の心を自制するには、俺は未熟すぎた。
「会長!それで……どう、でしたか?」
灯織会長は足を止め、半身だけこちらを振り返り今にも消えてしまいそうな儚い笑顔を見せる。
たったそれだけを見せて、再び改札へ向かって歩いていく。
その瞬間、俺の周りだけ時間が止まってしまったかのような感覚に陥った。そして、悟った。
「そう……ですか」
やるせない気持ちを噛み締めて、俺も灯織会長の背中を追った。
◇◇◇◇◇
帰りは、行きとは反対で俺が窓側だった。
流れる景色は、車内案内を見てるより、ずっと楽しい。
そんな当たり前なことを考えていると、ポスッと右肩に僅かな重みがかかる。
「かいちょ――」
「出来れば、こちらを向かないでくれると助かる」
灯織会長の声が――今までより、ずっと近い距離から聞こえた。
とりあえず、早まる鼓動を制しつつ、言われた通り景色に視線を固定していると、ポツリポツリと空白の四時間が語られる。
お互いに謝罪から始まったこと。
明石さんの暮らしのこと。
この辺りの美術館のこと。
そして……――
「君は察していると思うけど……言わなきゃね。しっかり気持ちは伝えたよ」
「……はい」
「けど、駄目だった。しっかり振られてしまったよ」
『昔から馴染みがあるせいで、ずっと妹のような存在だった。そして、今後も一人の女性として見れそうにない』
これが、返事だったらしい。
「酷いと思わないか……。なにもそんな風に言わなくても良いのに……」
取り付く島もないくらい、ただ諦めさせるための返事だった。
慰めるためだけの耳触りの良い言葉は、いくらでも思いつく。
それに反して、俺の口は鉛のように重い。
「冗談だ。きっと、和彦君なりの気遣いなんだろう」
肩にかかる重さが増し、縋り付くよう袖を軽く握りしめてきた。
「初めて振られたあの日から……彼の隣に立ちたくて……相応しくなれるよう、努力してきたつもりだ」
「…………」
「足りなかったんだ。努力も覚悟も気持ちも……」
「…………」
「私はどうすれば良かったのか……。どうすれば、彼の隣に立てただろう……か」
絞り出すような声は、より俺の心を締め付ける。恋の終わりがどれだけ苦しいかなんて、他人である俺に分かりはしない。
「ごめんなさいなんですけど、会長に何が足りないかなんて、俺には分からないです」
「そうだろうね……。きっと、私以外知りえない」
「あ、いえ、そうじゃなくて。今の灯織会長が完璧すぎて欠点という欠点が見つからない……と、言いますか」
「…………え?」
俺の中には、灯織会長と過ごしていくうちに一つの感情が生まれ、大きく芽を育んでいた。
それは――
「俺は、灯織会長を尊敬してますよ。女性として、人間として」
「尊敬……?私を?ふふっ君も見る目がないな」
冗談と捉えたのか、自嘲気味に笑っていた。
それでも、構わず続ける。
「生徒会長としての在り方も、一つの恋を叶えようと努力する姿勢も尊敬してます」
「買いかぶりすぎだ。私は、そんな人間じゃない。未練がましく執着心が強いだけの女さ」
「だとしても、努力し続ける事は難しいことです。誰にでもできる事じゃない。苦しくてみんな挫折します」
今度は何も言わなかった。その代わり、袖を掴む力が強くなった気がする。
「自分を律する心と強い信念。それを叶えようと努力する姿勢と人に寄り添える優しさを、灯織会長は持っている」
「…………っ」
「だから、俺はそんな灯織会長を尊敬していますし、足りない所は思いつきません」
「全く……っ、君は褒め上手っ……だな」
灯織会長に褒め上手と言われるのは、やっぱり悪い気がしない。
会話を終え意識を外の景色に集中させる。
灯織会長の威厳のため、微かに漏れ聞こえる嗚咽をシャットアウトするために。
――後日
「え?諦めるんですか?」
「あぁ。あれだけきっちりと言いきられたんだ」
「でも……」
「良いんだよ。私なりに考えた結果だ。……多少、尾は引きずると思うが」
告白遠征を終え、休み明けの月曜日。
灯織会長は、『恋愛青春部』の部室を訪ねてきた。自分の気持ちにケジメをつけたと報告するためだったらしい。改めて、律儀な性格だな、と思い知らされる。
「まぁ……会長がそういうなら」
「尊重してくれてありがとう。けれど、一つ困った事がある」
「と、言いますと?」
「長年抱えていた想いを手放した今、心にぽっかり穴が空いた感じなんだ」
「はぁ……?」
言いたいことが汲み取れず、間の抜けた返事をしてしまった。
「む。こういう時は察しが悪いね?それとも、わざとかな」
「いや、本当に分かりません。なんです?」
「恋愛青春部の部長さんにぜひ、傷心中の私を慰めてもらいたいと思ってね」
「必要ですか……?会長は、自分で立ち直れる気がしますが」
灯織会長は、得意げな表情で胸に手を添えて――
「必要さ。大人びてると言われても、私はじぇーけーだからねっ」
「…………会長、横文字似合わないですね」
「ふふっ君も言うようになったね」
自分でも分かっていたのか、口に手を添えて楽しげに笑っていた。
「というわけで、たまに顔を出す。そのときは、しっかり慰めてもらおうかな」
「分かりました。頑張ってみますね」
「それじゃあ、またね。久遠君」
ふんわりと花のような微笑みを残して、部室から去っていた。
こうして、一ヶ月にも及んだ長い恋愛相談は、幕を閉じた。
――――――
諸事情により、これで最終話とさせて頂きます。
読んでくださっていた方々、申し訳ありません。
そして、ありがとうございました、
ヤケクソでお悩み相談を始めたら、なぜか俺の周りが美少女だらけになっていたんだが!? 水無月 @nagiHaru
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