第30話

 三本目の塔へアタックしたその晩――。


「うわぁああ! ついに……ついに実がついてきましたね! ……トマト!」


 豊洲、ホームセンター屋上にて、シユが歓喜の声をあげる。


「よかったな……シユっこ!」


 その姿をラミエルは微笑ましそうに眺めている。


 そして……、


「シユ……よかったな」


 一体の家事アンドロイド〝カジロイド〟もそれに同調する。


 そう。カジロイドである。


「はい、リスナーさん……!」


 シユもまたリスナーへ微笑み返す。


 結局のところ、シユとラミエルはリスナーの本体である公平をそのまま放置して帰ってきていた。


 放置というと聞こえが悪いが、実際のところ、彼を空気にさらしても天使化しないという保証がなかった。

 そのリスクを冒すくらいならそのままにしておこうという結論に至ったのである。


「あぁ……トマト……早く赤くならないかなぁ……」


 シユは愛おしそうにまだ青い、小さなトマトの果実を撫でている。


「ここまで来れば、あと少しだろ……」


 リスナーはいつものように少し呆れたように言う。


「そうですね……でもリスナーさん、いつか必ず一緒にトマトを食べましょうね!」


「……!」


 シユは屈託のない笑顔でリスナーに言う。

 何気ない言葉のようだが、それはつまりきっと〝いつか必ず装置から出してあげます〟という意味合いが込められているようで、リスナーははっとしてしまう。


「でもまぁ、シユっこ、よかったじゃないか! ちゃんとお前以外にも人間の生き残りがいてな。しかも証言通りの男だったからな……ほら、増やせるぞ!」


 傍らで聞いていたラミエルが冗談めいた口調で言う。


「ふ、増やせるぅうう!?」

「ラミエル、お前、何言ってんだよ!」


 シユはゆでだこのように赤くなり、リスナーはぷんすかしている。


「はは……! おもろ……!」


 ラミエルはガハハと笑う。


「でもさ、本当によかったよ……心からそう思う……」


 かと思えば、今度は、静かな口調でそう言う。


「ありがとうございます……」


 今度はシユも真剣な表情で応える。


「でもラミちゃんさん! 今度はラミちゃんさんの番ですよ!」


「え……?」


「次の我々の作戦は〝ラミちゃんさんを人間に戻すぞ作戦です〟」


「…………? はぁああああああ!?」


 ラミエルは思わず大声を出す。


「は……? 人間に戻す? 私を……?」


「そうですよ」


「ど、どうやって……?」


「それはまだわかりませんが、もしかしたら何か方法があるかもしれないじゃないですか!」


「…………っ、ま、まぁ、無いとは言い切れないけども……」


 とにかく明るいシユに、ラミエルはぐぬぬとなる。


「あ、ってかラミちゃんさんを元に戻せちゃったら、その辺にいる天使さんたちも元に戻せたりするんですかねー? どう思います? リスナーさん」


「まぁ、可能性としてはあるわな」


「ですよね! そう考えると、希望が持てますね!」


「おいおい、シユっこ、それはいくらなんでも夢が広がりすぎじゃないか?」


「いいじゃないですか! ポジティブにいきましょうよ!」


 シユは微笑む。


「まぁ、それもそうだな……その方がいくらか前向きになれるか……期待しない程度に期待しておくよ」


「はい……!」


 結局、ラミエルはシユの笑顔に丸め込まれてしまう。


「だから、今、決まってる目標は、〝リスナーさんをカプセルから出してあげること〟と〝ラミちゃんさんを人間に戻すこと〟と〝トマトを食べること〟の三つです」


「お、おう……」「その三つ、同列なんだな」


 リスナーとラミエルは苦笑いする。


「それとですね……実は……もう一つ……目標がありまして……」


 シユは急に深刻そうな顔をする。


「ん……? なんだ……」


 リスナーとラミエルもそれに同調するように、まじめな顔になる。


「えーとですね…………次は牛乳が飲みたいなぁ……と……」


「「……………………は?」」


「いや、だから牛乳ですよ! 牛乳! 飲みたいんですよ! 牛乳が!」


 シユは急に語気を強めて熱弁を始める。


「私、好きなんですよ! 牛乳が! でも乳製品は足が早いから、もうとっくの昔に腐っちゃったじゃないですか! だからもうずっと飲んでないんです! その間、苦しかった……本当に苦しかった!」


「「…………」」


 その熱い想いに、リスナーとラミエルは唖然としながら聞いていた。


 が……、


「だったら……」


 ついにリスナーが口を開く。


「……?」


「だったら、まずは生きた乳牛を見つけないとな……」


 そう言って、苦笑いする。


「はい……!」


 シユは鼻息を荒くしながら、目を輝かせて返事をする。


「あとはもちろん他の生存者さんの発見に~、同接100、それからそれから~……」


「おいおい、シユ、いくらなんでもそんなにたくさんできんのか?」


 ……


 ここは東京の臨海エリア。


 こんなところに、乳牛なんてものがいるわけがない。


 だけど……、シユが牛乳をお腹一杯、がぶ飲みする日はきっと来る。


 それと同じ様に、

 他の生存者を見つけて、同接100を達成する日も、

 ラミエルが人間に戻り、他の天使たちも元に戻す方法を見つける日も、

 リスナーをカプセルから出して、思いっ切り抱きしめる日も、



「できますよ! だって、あの日、ずっと0だったものが、1に変わったんですから!」



 <了>

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終末世界なのになぜか明るく配信している少女とたった1人のリスナーのお話 広路なゆる @kojinayuru

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