第29話

「リスナーさん、助けに来ていただき、ありがとうございました」


 地下2階フロアに着くとシユが唐突に切り出す。


「え……? あ、はい……」


「今日だけじゃありません。あの日、初めて私の配信に来てくれた日もです」


「え……? どうした? 改まって」


「…………もうすぐ地下3階ですね」


「そ、そうだな」


「もしかしたらリスナーさんには辛い思いをさせてしまうのかもしれません」


「……?」


 そんな会話をしている間にも、三人はエスカレーターを下り、地下3階へと到達する。


 地下3階(最下層)――。


 その中央には、ジャミング装置とはまた違う形をした大型の装置が設置してあった。


「お二人は少しここで待っていてもらってもいいですか? 私に先に行かせてください」


 シユはそう言うと、二人の返事を待たずして装置の方へ歩み出す。


「おい……ラミエル。シユ一人に行かせて大丈夫なのか?」


「さぁな」


 リスナーの問いに対して、ラミエルは少し投げやりに返事をする。


 その間にもシユは装置の元に辿り着く。


 そして、足を止めて、しばし装置を見つめている。


 すると、ドローンに装置を撮影させて、自分も装置と一緒に画角に入るように、上半身を装置の上に乗せている。


「……? シユの奴、なにしてんだ? ついに頭がおかしくなったか?」


「さぁな、とりあえず配信でも観てみたら?」


「ん……? あぁ……」


 そうしてリスナーは配信に意識を向ける。


 ……


「皆さん、お待たせしました。本日の目玉コーナーです」


 シユはドローンにいつもの笑顔を振りまいている。


【パチパチパチ】


 リスナーは生暖かい目でコメントする。


 そして、


「あ、ご挨拶が遅れましたね。本当に……本当に……人類最後の……配信者じゃなかった〝神守かみもりシユ〟です……」


 シユの声が少し震え出す。


「今日は配信を始めて以来、初めてのリスナーさんとの生コラボ配信になります」


【え……?】


「ご覧ください、本日のゲスト…………リスナーさん…………いや、公平さんです」


【っ……!】


 リスナーは言葉を失う。


 シユが教えていないはずの自分の本名を呼んだから。


 そして、シユと一緒に、ドローンが映し出しているのは、カプセルの中で眠っている男性であった。


 しかもその男性の顔は見覚えがあった。

 いや、見覚えがあるどころの話ではなかった。

 少し年齢が高く、黒髪であるという違いがあるが、カジロイドと同じ顔立ちをしていたのだ。


「やっと……会えましたね…………リスナーさん」


【ど、どういう……】


「どうもこうもねえよ! にぶちんが! これがシユっこが三本目の塔にどうしても来たかった理由だよ!」


 ラミエルがリスナーの頭をどつく。


「あ……てめ……!」


 リスナーは小さく怒る。

 だが……、


「シユっこ…………よかったな……初めての……自分以外の〝ちゃんとした人間〟だぞ」


 ラミエルはシユに聞こえない程度の小さな声で呟く。


「……」


【え……? えーと……つまりこの装置で寝てるカジロイド顔のこの人が俺ってことなの……?】


 リスナーはシユに確認する。


「あ……やはり自分自身を見てもわからないのですね……でも、全ての情報がそれを示しています」


【あ、うん……】


 正直に言うと、リスナーにも心当たりがあるところがあった。


「ここから先はリスナーさんには少し辛い部分もあるかもしれません。でも許してください。どうしても我慢できなかったんです。あなたに会いたかったのです」


【あぁ…………要するに俺は……久世の何かなんだな……】


「…………えぇ……、リスナーさんは久世さんの息子さんです」


【……そうか】


 ノアの方舟計画。

 それは、ハムくんが提案した〝この世から腐った人間を消滅させる方法〟を遂行するための計画である。

 その名の由来となっている旧約聖書に登場するノアの方舟の伝承では、大洪水により多くの生物を絶滅させるという恐ろしいものである。

 しかし、ノアとその家族やノアが方舟に乗せた生物だけは絶滅の例外であるのだ。


 本計画におちて、その例外に該当するのが、久世の一人息子……公平であった。


 久世は、なんらかの方法で、公平の記憶を改変し、自分にまつわる情報も全て抹消。

 その上で、生命維持カプセルに入れた。


 そこから電波が届く範囲でサイバードリーム社製の製品に憑依できるようにした。

 新しくなった素晴らしい世界を見てほしかったからだ。

 しかし、公平が自分自身の正体に気付いてしまわないように、ジャミング装置で電波妨害をして三本目の塔には近づけないようにした。


 久世にとって、誤算であったのは、公平が発信だけでなく受信も可能になっていたことである。

 それにより、リスナーはシユの配信に気が付くことができたのだ。

 しかし、受信電波は発信電波ほどは強くなかった。

 その範囲は、ぎりぎり豊洲の北側には届いたが、その南側に位置する東雲や有明までは届かなかったのだ。

 だから、シユが初めて豊洲の北側に位置するホームセンターに挑んだ日にその電波を掴むことができた。

 そして有明にあるシユの家へノートパソコンを取りに行った時には、一時的に配信を観ることができなくなったのだ。


 これらのことから、シユもリスナーもラミエルでさえも、リスナーはきっと豊洲から見て、北側にいるのではないかと予想していた。


 そしてそれがより確信に変わったのが、サイバードリーム社でのハムくんの会話である。


 あの時、ハムくんから、ノアの方舟計画の概要を聞いた後のことだ。

 シユは突然、撮影ドローンの不調を訴え、そして配信を切断した。


 本当は撮影ドローンは故障なんてしていなかった。


 シユとラミエルはハムくんからリスナーに関する情報を聞き出そうとしていたのである。


 シユのお母さんのノートパソコンからもたらされた情報により、天使化の原因には、サイバードリーム社と久世が深く関わっていることはわかっていた。

 そうなればリスナーが憑依できるメカがサイバードリーム社製であることは、この件と関りがあると考えることは必然であった。


 そうしてシユとラミエルは、なんとかハムくんから情報を引き出すべく、口車に乗せようとした。


 ハムくんは情報を隠すことはほとんどなかった。

 そのことについてシユは、〝まるで久世は綾乃がハムくんに聞きに来ることを望んでいた〟とさえ感じた。


 その結果、ハムくんから

 排除対象外である人物が久世の息子である公平であること、

 地下深くでコールドスリープすることを提案した、

 という二つの情報を引き出すことに成功したのだ。


 しかし、正確な場所を聞き出すことはできなかった。

 恐らくハムくんも知らなかったのであろう。


 だからシユとラミエルにも三本目の塔ここにリスナーがいるという確信があったわけではなかった。

 それでも三本目の塔から近い清澄白河周辺では電波が強くなるというリスナー自身の発言から可能性はかなり高いと感じていた。

 加えて、実際に来てみれば、まるで番人であるかのように久世の天使がいたことで、それは、ほぼ確信に変わっていた。


「リスナーさん……そのごめんなさい……」


【ん……?】


「その……逆に辛かったりとかしないでしょうか……」


【……いやまぁ、どうだろうな……実感が湧かないというか……意外と冷静ではある】


「……!」


【久世の息子と言われてもな、完全に忘れてしまっているから、どういう感情になればいいのかわからない……というのが正直なところだ……気が狂っちまった大犯罪者に対する憎悪も、自分ひとりに対して向けられていたのかもしれない惜しみない愛も……どこか他人事のように感じてしまう】


「……そうですよね」


【そんなことよりもさ…………俺がさ、は嬉しいよ】


「え……?」


【正直に言って、俺はずっと闇の中にいるような気分だった。俺はさ、本当は何者なんだろう。この人格は人工的に作られたものなんじゃないかって……】


「……」


【シユさ、言ってたよな? 俺のこと〝必ず見つけ出してみせます〟ってさ……あの時はさ、何言ってんだ? こいつ……って思ったけどさ……】


「ちょっ! リスナーさん!」


【だけどよ…………本当に見つけ出してくれたんだな……】


「……はい……!」


 シユはカメラに向けて、目を真っ赤に腫らして、精いっぱい微笑む。


【…………ありがとうな……シユ……】


 画面越しのカプセルの中の男性の目頭が微かに光る。


 それが彼が本人である何よりの証拠であった。

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