第3話拾われましたが、引かれました

「ーーー……このーー………?」


声が聞こえた。

誰かの声が、3つ。

重なりあいながら響く。

……自分が何者なのかさえ、どうにもハッキリしない。


「どれーー見せて………ーーー」


浮遊感を感じた。

身体が持ち上げられて、くるりと宙で回される。

……なんだ? 何かの《魔導》スキルか?


「レア物ーーー………じゃないの?」


輪郭の定まらない意識が、ゆっくりと形を成していく。

霞がかってボヤケた思考に、一つ芯が通っていく。……思い出した。

思い出したくもない記憶を……ハッキリと思い出す。


俺は……ガルム。

勇者パーティを率いた、ちっぽけな剣士。仲間に裏切られて死んだ不甲斐ない冒険者だ。


俺は死んだ筈だ。何故まだ……生きている? それともこれは……神殿の神官たちが言うところの、今際の際の迎えと言うやつか。


「《鑑定の巻き物》を使ったけど、わからないや……なんだろう、この剣……」


(この声は………ロアか?)


そこで、俺は気がつく。

身体に感じた浮遊感の正体。

《魔導》スキルで持ち上げられているわけではなかった。

俺は今、“ロアの手の中で握られている”。


「ちょっと振らせてよ、ロア!」


(剣……? 待て、剣と言ったのか、ロア? 今の俺の姿は……まさか………うぉっ……!? エディス……!? や、やめてくれ!?)


ロアから“俺”を受け取ると、エディスが“俺”を振り回す。

でたらめな素振りだ。ぶぉん……ぶぉん……と風切音とも呼べない音が鳴る。乱暴な振り方だ、頭がガンガンするからやめてくれ……!?


(ど、どうなっているんだ……!? 俺は……俺の身に何が起きた……!?)


「んー、斬れ味はそこまでって感じみたいね、エディス。見た目も無骨だし、叩き切るための剣?」


「呪われてもいないっぽいし……戦利品として持って帰ろう」


「うん! なんか手に馴染むんだよねー。こう……昔から知っている人、みたいな」


エディスが言う。

言いえて妙だな。確かに俺たちは顔見知りで交流もあった。

手に馴染んで使いやすいのは結構だが、もう振り回すのはやめてくれ。

……目が回って吐きそうだ。


「《聖遺物》だったりして! 綺麗な水晶玉も埋め込まれてるし、宝箱からの《ドロップ》だもん!」


「だといいね……夢があるよ」


「こんな階層に出るわけないでしょ。夢見すぎよ、バカエディス。せいぜい《無骨な剣+3》とかじゃないの?」


戦利品として、俺は運ばれることになった。予備の剣を引き抜くと、入れ替わりで俺が鞘に納まる。


「おっ! ちょうどぴったり!」


「そっちの予備は捨てちゃっていいんじゃない?」


……鞘に納まるとは、なんだか不思議な感覚だ。


(落ち着け………落ち着くんだガルム。……よし、状況を整理するぞ)


自身の置かれている状況を、少しずつ整理していく。

俺は、ダリオンたちに嵌められて死んだ。モンスターの群れに生きたまま食い殺され、そこで絶命した筈だ。


そうして今、俺は《剣》として蘇ったらしい。皆の口振りからすると、宝箱からの《ドロップアイテム》。


……宝箱と《ドロップアイテム》とは、《塔》内の魔力により生み出される。であるなら、死んだ時点で俺

は《塔》の一部として取り込まれてしまったのだろう。


(仮に俺の肉体が魔力に変換され、《塔》に取り込まれたとして。……なぜ意識を保っていられるんだ?)


魔力は、この世界を構成し形作る基本的な要素だ。指紋のように、個々人の魔力には違いがある。

それが、個であり意識だ。


だが、人も動物も……あらゆる物質は、壊れたり朽ちれば違いを無くして世界に循環していく。

純粋な魔力の塊になった時点で、生き物は個としての意識を失うのだ。


(グレッグが聞いたら憤死するだろうな。……今の俺は、神殿の教義からすれば異端も異端……審問などされず、処刑されてもおかしくない状況だ)


こうなった理由として思い浮かぶのは、死ぬ前に拾った《攻略アイテム》。

どんな効果を持つアイテムなのかは分からずじまいだったが、何かの効果が作用したのは間違いない。


死んだ者を……武器に変えるとか?


(あり得なくはないな。己を犠牲にして魔力を暴走させるスキルもあれば、身体の一部を代償に捧げるアイテムもある。……《塔》では何が起こるかわからない)


驚くほどに何処か冷静なのは、まだこれを現実と受け止めきれないからだろうか。

ともかく、今の俺にできることは無いだろう。


(あー! あー……! ……駄目か。声も出せん)


「あれっ? なんかこの剣振動してる?」


「えっ? 気のせいじゃないの?」


(気づいてもらえないか……はぁ……はぁ……剣なのに疲労感がする……因果な身体になってしまったものだ)


辛うじてできるのは、幾らか刀身を振動させて“藻掻く”程度。

気の所為と片付けられてしまう程度にしか動けない。

挙げ句、剣になったせいか体力……のようなものは殆ど失われていた。


(……あれから、どれくらいの時が経ったのだろう……?)


3人の装備は、より質の良いモノに一新されていた。

エディスの革鎧は《スワンプ・ボア》の鱗や革を素材にしたモノになっている。第18階層の《ボスモンスター》だ。駆け出しから一人前に上がるための登竜門。


エリザベットとロアの装備も、より質の良い……魔力が込もる布地のローブになり、手にしたワンドとメイスは、一目で数打物とは一線を画すモノだと理解できた。

特に、エリザベットのワンドは《レアドロップ品》だろう。

……清浄な魔力が3人を包みこんでいる。


(俺が死んでからかなり……長い時間が経ったのだろうな)


3人の成長を嬉しく思う反面、成長していく姿を見られなかったことが幾らか悔しく思えた。

……あれから、ダリオンたちはどうなったのだろうか。まだ最上階には到達できていないように思えるが。


「剣が気になるし、今日はもう戻ろっかエリザベット、ロア!」


「そうね。魔力も結構つかったし、休みたいかも。余力は大事ってね」


「焦りは禁物……ってガルムさんよく言ってたからね。……僕たちのペースで強くなっていこう」


しばらかく揺られていると、3人が不意に歩みを止めた。

……途端、剣呑な空気がたち込める。


「よぉ、そこのパーティ! 

……大量みてぇだなぁ」

「俺らにちょっと恵んでくれよ、へへへ……」

「女連れでいい身分だなぁ、おい!」

「俺らにも遊ばせてくれよ、きひひひ……!」


下卑な笑い声が聞こえる。

どうやら、ゴロツキの類に絡まれたらしい。帰還途中の疲弊した冒険者たちを狙った追い剥ぎ。

俺が生きていた時に、こうした輩は見つけ次第に退治して回っていたが、また湧いてきてしまったのか。


「なんですか?……貴方たち」


「アンタたちに渡すものなんかないわよ! ふんっ! 追い剥ぎなんてカッコ悪い!」


「………っ! ど、どいてください」


……エリザベットは啖呵を切ったが、相手は3人よりもレベルが上の冒険者くずれだろう。


傷が多く汚れが目立つとは言え、防具や得物は質が良い。奪ったにせよ、剥ぎ取ったにせよ、かなりの手練れだ。第20階層以上に挑めるだけの腕はあるだろう。

それが追い剥ぎ紛いに身を窶す。

……偲びない話だ。


「おーおーそうかい!」

「大人しく差しだしゃぁいいもんをよぉ」

「へへへ、力ずくで奪うってものもイイもんだ。戦利品も……女もなぁ………!」

「そっちの回復士も綺麗な顔してんじゃねぇか。……ひひっ」


数は4人。

前衛役の《盗賊》が2人と、後衛には《魔導士》が2人。


「そぉら! どうしたどうしたぁ!! 」


「………っ! 一撃が……重いっ……!?」


《盗賊》の1人が、一息で距離を詰めエディスに短剣を振り下ろす。

純粋な前衛職と比べれば、《盗賊》の攻撃は威力が落ちる。

だが、速度を活かした連撃は、相手の身体の軸をぶれさせ防御を崩す。


「へっ! 戦闘中に声だすのは三流だぜ、お嬢ちゃん!! そぉら、まずは剣だぁっ!!」 


「……っ!? け、剣が……!?」


金切り声のような厭な音と共に、エディスが手にしていた剣の刀身が欠けた。……おそらくは、《常時発動スキル》による武具破壊。


「よ………鎧がっ……!? きゃぁ………っ!?」


「いいねぇ……! むしゃぶりつきたくなるようなイイモンぶら下げてんなぁ、お嬢ちゃん!」


《スキルビルド》は、《対人戦》に特化しているようだ。

革鎧を斬り裂かれ、エディスの喉元に《盗賊》の得物……短剣が突き付けられる。


「エディス!? こんの……!! 《焔魔導》スキル発動………ーーー……!!……… ーーー……!?」


「気を取られちまって可愛いねぇ、魔導士のお嬢ちゃん!」

「ひひっ……俺らを忘れちゃってさぁ!」


詠唱し、得意の《焔魔導スキル》を発動しようとしたエリザベットだが、冒険者くずれの《魔導士》たち、そのスキルで《沈黙状態》になってしまう。

一定の間、声が出せなくなる。

《魔導士》にとっては致命的だ。

攻撃手段が封じられるに等しい。


「二人ともっ!? うわぁっ……!? がっ………うぇっ………」


「お腹ががら空きだぜぇ? 勇ましい《回復士》さんよぉ!! ……ひひっ……なぁに安心しろって。お前の連れは俺らがたっぷり可愛がってやるからさぁ………!」


もう一人、《盗賊》の片割れがロアに襲い掛かる。メイスで初撃は受け止めるが、体勢を崩した所に刺すような拳の一撃を腹に貰ってしまう。

そのまま、ロアは後方に蹴り飛ばされた。


(まずい………!! クソッ……どうする!? どう助ければいい!?)


冒険者くずれ達が、3人に近づいていく。逃げ場はなく、抵抗の手段はもはや3人にはない。


(………くっ……!! 皆に……近づくなぁぁぁぁあっ!!)


叫ぶ。

声にならない声で、俺は叫んだ。

一振りの剣になってしまった俺にできるのは、それだけだった。

慕い憧れてくれた後輩たちを、俺は守れやしないのか……?


「な、なんだぁっ……!?」

「と、突風が………!」

「牽制用の《剣圧スキル》か……!?」

「ど、どこからだっ!!」


その時、場に魔力を帯びた突風が吹き荒んだ。両脚でしっかりと踏みしめなければ、吹き飛びそうな程の猛烈な風。

……俺は、この風を知っている。

この魔力の流れを知っている。


ーーー俺自身の身体に流れていた魔力だ。


(………《剣撃スキル》発動っ!! 《真空魔刃Ⅳ》……!!)


《剣撃スキル》の発動を宣言する。

周囲の魔力が揺らめき、性質を変えて“刃”となる。

容易く四肢を切断する真空の刃。

濃密な魔力の変転により生み出される一撃。


「……な、なに……? 何が起こってるの……!?」


「ま……魔力の刃が……現れた………?」


狙いを定める。

……命までは奪わないでやるが、二度と再び《塔》に戻ってこれぬよう……斬り裂かせて貰うぞ。


《ーーー四連撃………!》


刃を、冒険者くずれ達に向かい放つ。音よりも速い高速の刃が、風切り音さえも置き去りにして殺到する。《回避》スキルを発動させる暇も与えない。


「ぎっ………ぁぁぁぁっ………!?」

「ひっ………ぃぃぃぃ……!?」

「な、なんなんだよぉっ!?」

「う……腕が………に、逃げろぉっ……!!」


(……斬り飛ばすだけの威力は、出なかったか)


冒険者くずれ達が逃げていく。

……骨を断ち斬るだけの威力は出なかったが、追い払うには事足りた。


「エリザベット……! エディス! しっかり……! 《状態異常治癒》スキル発動! 《セイレーンの歌声薬Ⅱ》……《回復》スキル発動! 《天露の妖精涙Ⅱ》!」


「ーーー……ぁ………うぁ………げほっ……げほっ………! あ、ありがと、ロア。……エディスは……!?」


「わ、私は大丈夫……。鎧が切られちゃったけど……修理できると思う。それよりも……さっきの何だったんだろう」


冒険者くずれたちが逃げ去った後、3人は困惑しながら辺りを見回す。

突然現れた“魔力の刃”に警戒しているのだろう。……無理もない、傍から見ればモンスターの奇襲にも思える筈だ。


「まさか……この剣のおかげ?」


「自動攻撃したってこと? そ、そんなの………ほ、本当に《聖遺物》級じゃない! こんな階層で見つかるわけ!?」


「う……うーん……でも、僕たちを守るように“刃”が現れたし、本当に《聖遺物》だったりして……」


エディスが鞘から俺を引き抜いて、刀身をまじまじと見つめてくる。

……何だか不思議な気分だ。

こう……裸を見られているような……しかし剣であるからして、裸と言うのはおかしいか。


いったい、この感覚をどう形容すれば良いのだろうか。


『……ともあれ、皆を助けられてよかった』


………うん?

何か、違和感が。


「……へっ?」


「なっ……なぁっ!? こ、こ、この剣………!?」


「喋っ…………た?」


いま、俺は。

……声を出して喋ったのか?


『ぬぉぁっ……!?』


エディスが俺を地面に向かい叩きつける。急にどうした、乱暴な……!?


『な、何をするんだ!? 痛いじゃないか!』


「エ、エディス!! やっぱりコイツ喋ったわ!! 《聖遺物》よこれぇっ!?」


「し、喋る剣……? ぼ、僕……文献とかよく読むけど……そんな剣見たことないよ。……す、凄い………!」


「あっ……ご、ごめんなさい!? び、ビックリして落としちゃった……」


3人は半ば半狂乱で互いに言い合う。喋る剣など、確かにこの世に二振りと無いだろう。

驚くのは無理もない。……無理もないが、落とすのはやめてくれ。


「あ……あのー……貴方はどうして話せるの? エリザベットが言う通り、本当に《聖遺物》………?」


しばらく言い合って落ち着いたのか、エディスが恐る恐るといった風に訪ねてくる。


俺がガルムだと伝えよと思ったが、少し考える。果たして、ありのままに伝えて良いものだろうか。

……ダリオンたちの状況も、現在の攻略がどうなっているのかも分からない。


(ダリオンたちに殺された……と伝えては、混乱を生むかもしれないな。今しばらく推移を見守ったほうが良いか……?)


心苦しいが、3人には黙っておこう。さて、どう誤魔化したものか。

《聖遺物》だと思われているのなら、そういうコトにしてしまおう。


『………うむ。わ、私は君たちが言うところの《聖遺物》。……ひとよんで………《聖剣》………』


《聖剣》……何と名乗れば良いのだろう。

自身の名から余りにも乖離した物だと、呼ばれた時に気づかず無視してしまうかもしれない。

極力、ガルムという響きに近いものにするべきだな。


(……よし、幼少の頃にゴッコ遊びで使っていた名を使おうか)


中々に勇壮な響きであったと思うし。……エディスたちも、胸を張って剣としての俺の名を呼べるだろう。


『そう……私の名は』


ーーー《聖剣 ガルガルソード》だ!!


……我ながら、中々すばらしいネーミングセンスだと思う。


「が………がる………がる………そぉーどぉ………?」


「えっと……か、かわった……な、名前……で、ですね」


「……えっ……は?………だっさ………ガルガルソードって………アンタ、頭は大丈夫……?」


……おかしい。

何故だ。なぜ皆の反応がこんなにも冷たいんだ。

かっこいいじゃないか、ガルガルソード………!?


「どうすんのよぉ、エディスぅ………こんなだっさい名前の剣ぶら下げてたら笑い者じゃん……」


「な、名前は変わってるけど、悪い人……剣? じゃなさそうだし……も、貰っておこうよ、ねっ?」


「がるがる……そーど………わ、私の初めての《レア装備》の名前が………がるがるそーど………はぁ………」


3人とも、悪かった。

俺が悪かったからそんな悲しい顔と、哀れなものを見るような眼で俺を見ないでくれお願いだから。


『や……役には立つぞ、私は。

……その……け、経験豊富だ。あ、あと……そ、その辺の剣よりはずっと強い!! す、捨てないでくれ!』


捨てられてしまっては困る。

放置されようものなら、俺は自力では動けない。予備の剣としてでもいいから持ち帰って貰わねば。


「う……うーん……使ってた剣は駄目になったし………わかった、わかったよ。貴方を使うよ、ガルガルソードさん。そこまで頼まれたのに捨てたら、夢見が悪いもんね。助けても貰ったし」


『………ありがたい。必ず君たちの役にたとう』


「まぁ……アンタの言う通り、意思疎通もできてスキルまで出せる剣なら……役には立つわよね」


「僕たちの恩人さん……ううん、恩剣さん……? でもあるもんね……よろしくお願いします、ガルガルソードさん」


『………あぁ! よろしく頼む!』


こうして俺は、エディスたちに拾われる事ができた。

……できたが………名前を越えた活躍をしないと捨てられてしまいそうだ。……なんとかしなければ。

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勇者ですが殺されました。〜最悪な形で蘇ったので、頭を抱えています(頭ないけど)〜 あつ犬 @Atuinu

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