第2話勇者は殺されたようです

(明日……皆に謝らないとな。

……もっと言い方を考えるべきだった)


夜更け。

頭上に登る月の輝きが強まる頃。

俺は酒場を後にして、夜風に当たりながら街を歩いていた。街人はもう眠りに就き、闊歩するのは俺のような冒険者か、盗人くらいだろう。


(臆病風………か。俺はただ……皆に死んで欲しくないだけなんがな。……それで弱腰だ……って思われていたら世話ないか)


“喧嘩別れ”で解散して、明日に遺恨を残してしまった。

パーティのリーダーとして努力を続けてきたが、どう足掻いても俺は根本的に人の上に立つのには向いていないようだ。

……剣を振ることしか取り柄のない、ただの剣士に過ぎない。


(風が気持ちいいな……ははっ……はぁ………)


吐いた溜息は、少し冷たい夜風に撒かれて消えていく。


(………うん?)


ちらと目を向けると、魔力灯の薄ぼんやりとした光の向こうに、冒険者のパーティが見えた。

そのガヤガヤとした話し声と風体には、覚えがある。


「あれっ……? あっ!! ガルムさん! こんな夜中に何してるんすか?」


若い冒険者が1人、此方に手を振りながら駆け足で向かってくる。

……青二才な若造の俺が、“若い”というのも少し変だが、それくらい彼女とは歳が離れている。腰に下げた剣も、纏う鎧も。まだ傷が少ない。


「エディスか。夜中にって……それはこっちの科白だよ。……まさか、《塔》に行くのか?」


「そうです! 夜間にだけでるモンスターとの交戦経験、増やしたくて」


彼女の名はエディス。

動きやすい革鉄鎧を身に纏い、軽量の剣を振るう盗賊剣士。歳は今年で18になる。健康的な小麦色の肌に、後手に結った赤色の長い髪。

人懐こく快活な笑顔が似合う、可愛らしい顔立ちの少女だ。

身体つきは大人びて、豊満な胸元が

男性冒険者たちの目を釘付けにする。……当の本人は、身体に合う鎧が中々無いと不満げだが。


「ちょっと、急に走らないでよジェマ! あっ! ガルムさん!」


「は、走らないでよジェマぁ……! ローブだと走りにくくって………あっ……! こ、こんばんわガルムさん……!」


「やぁ、エリザベットにロア。こんばんわ。……これから、《塔》に入るそうだな」


エリオットを追いかけるようにして向かってくるのは、魔導士のエリザベットと回復士のメイジー。

二人とも、エディスのパーティメンバーだ。


1年くらい前か。

エディスにパーティの指南役をして欲しいと頼まれて、何日か稽古をつけて以来こうして交流が続いている。……後進に慕われるのは、素直に嬉しく思う。


「そうなんですよぉ! んもぉー……夜ふかしは肌に悪いのにぃ……」


「あ、あはは……で、でもさ! い、いい経験にはなるよ、きっと」


「そうだよエリザベット! お姉ちゃんの言う事聞いときなさい!」


「何よ偉そうにバカエディス!! ガルムさんからも言ってください!……夜間討伐なんて肌に悪いってぇ!」


「は……ははは。……いやぁ、俺からは何とも言えないなぁ」


……喧嘩するほど何とやら。


エディスとエリザベットは姉妹同士だ。歳も1つしか離れていないから、戯れ合い紛いな喧嘩も多い。

ただ、エリザベットの方が幾らか背が高く、雰囲気も大人びている。

髪色は同じだが透き通る雪のように肌は白く、胸元はエリザベットと比べると控えめだ。……だが、魔導士のローブの胸元はテントでも張っているかのように膨れて、その豊満さを隠せない。


「お、落ち着いてよ二人とも、ねっ? 肌の調子が心配なら……僕が化粧水調合してあげるから……」


「本当!? さっすがロア!……どっかのおバカと違って優しいなぁ……あーぁ! ロアがお兄ちゃんだったら良かったのに………」


「こらこら、ロア! エリザベットを甘やかしちゃ駄目だって!」


「あ……あはは……ご、ごめん……?」


そんな二人の諌め役がロアだ。

歳はエディスと同じく18になる。

見た目だけなら中性的な少女に見紛いそうだが、よく通る低くて耳に心地よい声をしている。


「謝んなくていいの、ロアは。アタシ、ロアの優しいとこ大好きよ、ふふふ。以外と力持ちなトコとかー」


「へっ!? あ……えっと………ありがとう、エリザベット……えへへ」


「だから今度買い物行った時、荷物持ちして?」


「も、もちろんっ!!」


「こぉら! ロアに甘えないの!!」


(これは……ふふっ。弄ばれているな、ロア?)


回復士のローブの下には、やはり引き締まった肉体が隠れている。

気弱な青年ではあるが、ここぞという時の度胸は中々だ。

……それはそれとして。

そろそろ助け舟を出すとしようか。


「……それで、エディス。どの階層に行くんだ? 第12階層は突破したと聞くが」


俺が尋ねると、エリザベットとの言い合いを止めて、エディスが此方を向く。

その様子を見て、ロアは『ほっ……』と小さく胸を撫でおろした。……お互い、パーティメンバーには苦労させられるな。

それも、女の子二人とのパーティともなれば、気苦労も多いだろう。


「挑む階層ですか? 夜間のモンスターは幾らか強くなるって聞いたので……第8階層あたりを考えています!……死んじゃったらお終いですし」


「そうだな。生命あっての物種だ。……良い判断だと思う」


戯けていた空気が、少しだけ生真面目なモノになる。

《塔》に挑むことで多くの富や名声を得られるが、それには生命の危険が常に伴う。《聖剣デュラム》のような《聖遺物》でも持たない限り、死ねばそれで終わりだ。


「そう言えば……聞いたことがなかったな。皆はどうして冒険者になろうと思ったんだ?」


質問をして、俺は空気を変えることにした。真面目ぶった空気は得意じゃない。

肺の奥底まで重苦しくなってしまう。


「冒険者になった理由ですか? その………あ、憧れの冒険者さんがいるんです!」


「アタシはエディスが心配だったからかなぁ……今は、お父さんとお母さんに楽させてあげたいから……ですかね。……なんて、良い子ぶったりして……あはは」


「ぼ、僕は……その……活躍できれば育った孤児院の皆に美味しいものとか……綺麗な服とか買って上げられるかなぁっ……て……えへへ」


「成る程な」


《塔》に挑む理由に貴賤は無い。

自身の名誉や、祖国の名を高めるために。あるいはもっと簡単な。

金のため、博打のため、あるいは一晩女を買うため。

どんな理由であれ否定されるべきじゃない。


「皆、いい目標だ。……焦らず経験を重ねていけ」


けれど、憧れや誰かの為に挑む。

そんな理由こそ、やはり気高く思えてしまう。


「はい! ……いつか同じくらい、強くなりたいんす」


「そうか。……ところで、その憧れている冒険者というのは誰なんだ? ……知っている冒険者であれば、今度話ができるように掛け合ってやれるが……どうだ?」


「えっ………!? あっと……そ、その……」


戯けて俺は言う。

しかし、なんの気無しに聞いただけなのだが、俄にエディスの両眼がぐるぐると泳ぎだす。……いや、これはもう溺れていると言ってもいい。


「あー、ガルムさん。バカエディスの憧れてる人っていうのはふごぉ……!?」


何かを言いかけたエリザベットの口を必死になって防ぐと、慌てふためきながらエディが口を開く。

……なんだ、いったいどうした?


「ばか!? やめてよエリザベット! わ、私が憧れている冒険者さんですか!? えっと……あの……そ、そう! あの……えっと……」


「あれっ? ……エディスはガルムさんに憧れているって言ってなかっ………むごぁっ!?」


「ヨアぁっ!? 余計なこと言わないで!! ……あ、あの………ガ、ガルムさん……えっと……」


なるほど。

それは………光栄なことだ。


「……俺か。はっはっはっ! 嬉しいよ、エディス! 光栄だ!

……うん、力が湧いてきた」


エディスの頭を撫でてやる。

先達の冒険者として、後輩に憧れられる。……これほど光栄なことなど、そうはないだろう。

誰かにとっての目標になれている。

自信を少しなくしていた心に、焔が灯るのを感じた。


「わっ………あっ……え……えへへ」


「ぶぇっ……ぺっ!? 手汗くらき拭きなさいよバカエディス……! ……ふんっ、幸せそうな顔しちゃってさ」


「……うぁっ!? ち、違うよぉ! べ、別にその……」


「あっはは……良かったね、エディス」


「う、うるさいよ、ロア!」


「……大した助言はしてやれないが、これからも皆を応援している。いつか皆と戦える日を、楽しみにしているよ」


「……は、はい! 私、頑張っちゃいますっ!」


「いやぁー……それより先に《塔》の攻略終わっちゃったりして。

……ガルムさんのパーティのお陰で」


片目を閉じ、ちろりと舌先を出してエリザベットが笑う。その様子を見ながら、ロアは困り笑いで頭を掻いた。


「激励と受け取っておくよ、エリザベット。……ロア、少し耳を」


「は、はい? なんですか、ガルムさん」


エディスたちに聞こえないよう、そっとロアに耳打ちをする。


「幼馴染みから恋人になる話はよく聞く。……気長に頑張れ、ロア。……エリザベット、脈はあると思うぞ?」 


「ぅあ……!? えっ……は、はい!?」


ロアの背中をドンっと叩いてやり、俺は3人と別れた。



「おぉ、良い朝だなガルム! 

昨晩は頭に血が上り、礼節を欠いた物言いをしたな! ……すまぬなぁ」


翌朝。

俺はいつも通り酒場へと向かい、ダリオンたちと合流していた。


「あ、あぁ……いや! 俺も皆の気持ちをよく考えていなかった。すまない。これで互いに手打ちといこう、グレッグ」 


皆に昨晩の事を詫びようと思っていた矢先。……皆の方から。

特に、激しく怒りを爆発させていたグレッグの方から謝られ、俺は少し面食らってしまう。


「…………おぉとも! この握手を以て互いに詫びとしよう! ははははは!」


だが、蟠りが解けるのは嬉しいことだ。面食らい戸惑いはしたが、互いに握手を交わして手打ちとした。


「いやぁ、悪かったなぁガルム? お前を小バカにしちまったこと、俺らすっげぇ反省してんだぜ? 

……ごめんなぁ?」


ダリオンが俺の肩に腕を回すと、親しい友にするかの様にして抱き寄せる。……今までこんな風に接せられたことなどあっただろうか。

パーティメンバーの事を疑いたくはないが、何か厭な勘繰りをしてしまう。


「へっへへ……それでなんだけどよぉ、ガルム。お前の言う通り、第48階層に行く代わりに……俺の頼みも聞いてくれねぇか? なぁ、いいだろ?」


「頼み? 内容にもよるが……あぁ、わかったよ。聞くよ」


……成る程、と合点がいく。

ダリオンの頼みといえば、大方の予想はつく。


「話が早い! ……欲しい素材があってさぁ。わかんだろ?」


「精力剤か」


「御名答。頼むよぉ、やっと口説き落とした女でさぁ」


「……程々にな」


女遊びの激しいダリオンの事だ。

そんな事だろうとは思った。


「ゼオラに頼んだんだが、嫌だって言うからよぉ」


「はぁー? 当たり前でしょ? 私の調合スキル、そんなくだらないコトに使うなんてイヤだから。……ふんっ! ガルムなんかに頭下げて馬鹿じゃないの?」


ゼオラの方をチラと見やると、不機嫌そうに外方を向く。

……彼女に調合を頼めなかったから、自前で素材を集めて調合師をあたるつもりなのだろう。


「俺は素材には疎いが……何が必要かは分かるんだろう?」


「あぁ。……第48階層のとある玄室内のモンスターが落とすんだよ。……お前の行きたがってた階層で出るのさ」


目を細めて手を揉みながらダリオンは言う。ただ、此処まで露骨に媚を売られると居心地が悪い。

断る理由はないが……不気味だ。


「グレッグは……妙に機嫌がいいな」


「あん? ……あぁなんつーの? ……ほら、良い夢でも見たんじゃねぇのか? わかんだろ?」


「……そういうことか」


神殿騎士や神官などの神々に仕える職業に就いている者は、時おり不可思議な夢を見るらしい。

曰く、それは神々が何かしらの天啓を御与えになっている証だとか。


……熱心な神殿騎士のグレッグだ。

異様に機嫌がいいのも頷ける。


「んじゃぁまあ、行こうぜガルム! へへへ」


「あぁ、行こう」


意気揚々とダリオンが歩き出し、それにグレッグとゼオラが続く。

女が絡む時のダリオンはいつもこうだ。特に違和感はない。

皆の様子も、何ら変わりはない。


(なんだ? この胸騒ぎは)


けれども何か、胸騒ぎがしてならなかった。



「第48階層の最深層。……この玄室だな。此処に《攻略アイテム》がある筈だ」


第48階層の最奥。

濃密な魔力が漂うエリアに、俺達は辿り着いていた。

他の玄室の石扉とは違う、金細工の装飾が施された大理石の扉。

《攻略アイテム》が眠る玄室の証だ。


「ゼオラ、魔力の測定を頼む。何レベルのモンスターが出そうだ?」


「……面倒くさ……魔導スキル連続発動……《魔力識読Ⅳ》……あとは……これでいいや、《脅威判定士の審神眼Ⅳ》」


ゼオラが気怠げにワンドを構えて、スキルを発動させる。早く終わらせて帰りたい。……そんな気持ちを隠そうともしない。


「レベルは82のが出ると思う。ボス級。……《ワイバーン種》」


「なんだ、レベル80代かよ? ははは、雑魚だな」


「ボス級か! くはは、何とも情けないレベルよ!」


「………《色》は?」


「《赤》。一番楽な相手でしょ?」


「《ワイバーン種》の《赤》だな。いつも通りの作戦で行こう」


「いいぜ。……さっさと殺しちまおう」


「うむ、うむ。作戦の確認など不要っ!! 行くぞっ!!」


「グレッグ! 待ってくれ、確認は」


「まどろっこしいっ!!」


グレッグが扉に手を掛けて開け放つ。瞬間、周囲の魔力が逆巻いた。

玄室内に満ちる魔力が、揺らめきながら形を成す。


「くっ…...! ……グレッグを前衛に! ダリオンは」


「はっ、右だろ? ……言われなくてもわかってる。指図すんじゃねぇ!」


現れ出たのは、目方5メートル程の《紅蓮鱗のワイバーン》だった。

鱗の色は赤く、猛悪な牙の覗く口元には炎の魔力が揺らめいている。

靭やかな筋肉と、腹這いなその姿は。奴の身に秘める機敏さを予感させた。

両前腕に持つ刃状の皮膜は、異国の剣士が振るうという鋭利な剣……その刀身を思わせる。


(勝てない相手では無いだろうが……油断はできないな)


狩り慣れた種のモンスターではあるが、侮るべきじゃない。 

レベルはあくまで、現時点での能力の目安だ。培った技量や経験の深さまでは推し量れない。……個体によって、同じ種でもモンスターの“知性”や“対応速度”は変わってくる。


「ふはははは!! 掛かってこい火吹きトカゲめがぁっ!! 聖魔導スキル連続発動ぉっ!! 《戦巨人の支え腕Ⅳ》!!《守護天兵の大盾Ⅳ》!! 《対五属性強化Ⅳ:炎》!! 《前衛騎士の誉れ旗Ⅳ:》!! 貴様の相手はこのグレッグよぉ!!」


グレッグが、ターゲッティングスキルと補助スキルを発動させ前に出る。《戦巨人の支え腕Ⅳ》と《守護天兵の大盾Ⅳ》。

この二つのスキルの効果により、《よろめき》耐性と《物理大カット》状態が付与される。

《対五属性強化Ⅳ:炎》で、短時間ではあるが《炎完全カット》状態も付与されている。


普段の作戦通りにいけば、これで盤石の筈だ。


「補助魔導スキル連続発動。

……《鋭刃の妖精加護Ⅳ》……あとは……これでいっか………《暴風帝の俊脚Ⅳ》」 


ゼオラが補助魔導スキルを発動させ、俺とダリオンの《攻撃能力》と《敏捷性》を底上げする。

特に《敏捷性》は、クリティカル発生率と回避率に関わる。


ボス級モンスターとの戦いは、時間との勝負だ。相手に此方の癖や戦術を”覚えられて“対応されてしまう前に、一気に片を着ける。


『ーーー………ーーーー!!』


「ふはははは!! なんだぁ、それはぁ? 貴様の下らぬ《炎ブレス》など、神々の祝福たる聖魔導スキルを付与した俺にぃ!! 効く訳がなかろうよぉ!!」


ターゲッティングスキルの効果で、《紅蓮鱗のワイバーン》はグレッグを最優先の攻撃対象として定める。

口腔から吹き付ける《炎ブレス》は、飛び散った火花ですら石畳を焦がす灼熱の一撃だ。

だが、グレッグには全くと言っていい程にダメージはない。


「もらったぜぇ!! 火吹トカゲぇっ!!」


《赤》色。

……赤い鱗を持つ《ワイバーン種》には、共通した特徴がある。

ブレス攻撃中は、視野が狭くなるのだ。飛び散る火花から両眼を守る為に眼膜が張られ、これにより視野は狭まり、両側面からの攻撃には弱い状態になる。


「はぁっ………!!」


ダリオンが右を。

俺は左に回り込み、《紅蓮鱗のワイバーン》の眼を狙う。

俺たちの使う常套作戦だ。確実に視界を奪い、最後は。


「やれい、ダリオンっ!! 奴の眼を潰してやれぇっ!!」


グレッグの戦槌の一撃を以て頭蓋を砕き、絶命させる。

HPを律儀に削る必要はない。

脳や心臓を潰せば、モンスターはHP残量に関係なく絶命する。


『……………ーーーー!?』


(盾にしようとした………?)


《紅蓮鱗のワイバーン》が、両前腕の皮膜を盾のように構えようとする。初めて見る動きだ。……しかし切っ先は。

《紅蓮鱗のワイバーン》の動きよりも早く、柔らかな両眼を切り裂いていた。人の血に似た赤黒い血が噴き出し、《紅蓮鱗のワイバーン》は激しく身悶える。


口腔にあった灼熱の魔力とブレスは掻き消え、咆哮とも悲鳴とも取れぬ叫びを上げてのたうつ。


「死ねぇっ!! 下劣な獣めがぁっ!!」


玄室内を激しく揺らすような振動とと共に、頭蓋と脳髄とが砕け飛散る音が響く。《紅蓮鱗のワイバーン》は幾度か痙攣すると、やがてその動きを止め絶命した。

魔力で編まれた身体は、溶けて石畳に吸い込まれるかのようにして消えていき、討伐成功を知らせる音が脳内で響いた。


「他愛のない!! いかに硬質の鱗を纏うが、このグレッグの敵ではないわぁっ!!」


「おいガルム、さっさと拾えよ《攻略アイテム》」


ダリオンの視線の先には、小さな水晶が転がっていた。

掌で包み込めてしまいそうな、小さな水晶。色は赤紫に輝き、アメジストを思わせる。拾い上げて見ると、アイテム名が頭の中に浮かんだ。


「《奇妙な宝玉》……か。鑑定しないと分からないらしい。ゼオラ、頼めるか?」


「見せて。………あー、無理。これ、本職の鑑定士じゃないと分かんないタイプ。私の鑑定スキルじゃ足りない」


「そうか。なら、戻って鑑定士に見てもらおう」


水晶を万能ベルトのポーチにしまい込む。《塔》から出て、調べればいい。


「おいおい、待てよガルム。俺のお願い、聞いてくれるんだろぉ?」


「ん? ……あぁ、そうだったな。よし、素材をーーー」


取りに行くか、と言いかけて。

身体に違和感を感じた。


「ふふふ……拘束魔導スキル連続発動……《死棘蜂の麻痺液Ⅳ》、《魂縛呪印Ⅳ》!」


魔力の鎖が、俺の四肢へと纏わりつく。それと共に全身の筋肉が硬直し、指先からするりと、《聖剣》が落ちた。


(な、ぜだ………!? なぜ俺に拘束魔導スキルを………!?)


理解が追いつかない。

両眼しかもはや動かせず、俺は目線を必死に泳がせた。


「ゼオラ、やれ」


「わかってる! 空間流転魔導スキル発動!! 《龍脈融転Ⅳ》!!」


玄室内に漂う魔力が切り替わっていく。《龍脈融転Ⅳ》……ゼオラを天才たらしめるスキル。

彼女が創作した大規模な空間干渉魔法だ。玄室内の魔力と性質とを、同階層内にある別の玄室のモノと入れ替える。……思わぬ強敵のいる玄室に入った際の、緊急避難用の一手。


「じゃあな、ガルム。《聖剣》は貰っていくぜ。平民のお前が触れていていいもんじゃねぇんだよ」


「ダリオン、さっさと出るぞ。

……ふふふふ、不信仰な冒涜者の処刑……見届けられるぬのは残念だがな」


「あっははは! 騙されてバカみたいだねガルム!」


玄室内に現れ出るのは、見覚えのあるモンスターたちのシルエットだった。朽ち錆びた剣を携える人型の蜥蜴竜……《擬人竜の兵士》。

本来は、別の玄室に現れるモンスターたちだ。


「ま……………て…………!」


《聖剣》を拾い上げると、ダリオンたちは《転移魔法》スキルで玄室から出ていく。

身動きがとれないまま、俺は《擬人竜の兵士》たちの群れに囲まれた。

振り上げられた剣が、一斉に俺へと向けて振り下ろされる。


(ーー………ーー………ーーーーー!?)


全身余すところなく、斬り裂かれ貫かれる痛みが走った。だが身体は指先さえ動かせず、痛みに悶えることも、叫ぶことすらできない。


血肉を掻き裂き、食いちぎりながら群がり続ける。腕を力任せに千切られて、血飛沫が舞う。

掻き裂かれた腹からは、臓物が噴き溢れて……粘音を立てながら散らばり落ちた。


(……ーーー…………ーーー……) 


視界は赤色に染まって。

意識が……遠のいていく。

脳裏に最後に浮かぶのは。


(………すまない、エディス……エリザベット……ロア………不甲斐ない勇者だ、俺は)


俺を慕い憧れてくれた、3人の顔だった。



「おい、ダリオン! 上手くいったな!」


「あぁ。……パーティメンバーからガルムは《ロスト》した。へへっ、《擬人竜の兵士》どもの腹ん中ってことだ」


「ぐちゃぐちゃのバラバラになってるわよねぇ、きっと!」


玄室から出た後、俺たちは《塔》の片隅で祝杯を上げていた。

こんな階層の雑魚モンスター共など、酒に酔っていても倒せるぜ。


「さーて! これで《聖剣デュラム》は俺のものだ! 俺こそが勇者だっ!!」


「うむっ!! あのような下劣不遜な者に率いられていたパーティの騎士としてなお残す……考えただけでもゾッとするわっ!!」


「私は久しぶりにあの《魔導》スキル使えて楽しかったー!……あれ、厭な冒険者消すのにも使えるわよね?」


「……いいじゃねぇか! この勇者ダリオンとそのパーティに逆らう者は………ふふふ」


作戦は上手くいった。

グレッグは適当に丸め込んで、許したってフリだけしてもらい、俺は……演技とはいえ死ぬほど不愉快であったが、ガルムに媚び諂うフリをした。

ゼオラには普段通りでいてもらったのは……嘘の中に本当を混ぜれば騙しやすくなる。全員でガルムに詫びるなり媚びを売ったら不自然だろう。


上手く騙せて最高の気分だ。

《聖剣》と勇者の称号は俺のもの。

下等生物よりも遥かに価値のない、平民が得ていい称号じゃなかったんだ。……最初からこうやって始末すれば良かったぜ。


「よぅし、お前ら! 盃は持ったな?」


「おうともさ!」


「持ったわよ!」


「では……ゴミムシのガルムをこの世から始末できたことを心から祝し!! 乾杯だぁっ!!」


……酒が上手い。最高の味だ。

勝利の美酒に酔いしれるってのは、こういう事を言うのだろう。


(後は国王への報告だな。……あのクソジジイは、平民なんかに肩入れする死に損ないだ。……《邪な神》を

ぶっ殺した暁には)


……この心にあふれる喜びのままに。


(ーーーこの俺が王になるのもいいかもなぁ………!!)


世界を俺のものにしてしまおうか。

世界最強の《聖剣》はこの手に。

《邪な神》をも殺せれば……俺を止めるものなどいなくなるだろう。

………ふふふ、楽しみだ。

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