勇者ですが殺されました。〜最悪な形で蘇ったので、頭を抱えています(頭ないけど)〜
あつ犬
第1話勇者は軽んじられているようです
天を衝くような、巨大な《塔》があった。風に揺蕩いながら流れ行く雲を纏うかのようにして、《塔》は聳え立っている。
「明日も引き続き、第48階層の探索に向かおうと思う。……どうだろう?」
その《塔》の足下。
真下に広がる街の片隅。
各地の冒険者たちが集まるギルドにて、俺はパーティメンバーたちと共に明日への準備を整えていた。
喧騒の広がるギルド内。テーブルを囲み、夕食を共にしながら話し合う。
「第48階層の探索ぅ? ……もう階層ボスは倒したろうが! さっさと次に進むべきだ。……他のパーティに先を越されちまうぞ! 弱腰でどうするんだよ! 残りたったの7階層だ! 一気に駆けるべきだろうがよ!」
「落ち着いてくれ、ダリオン。……俺だって他のパーティに先を越されたいわけじゃない」
ドンッ……という音と共に、テーブル上に並ぶ皿が音を立てて揺れた。
苛立たしげに拳を叩きつけたのは、
パーティメンバーの1人であるダリオン。ジョブは俺と同じ剣士だ。
歳も同じく23になる。
目つきは鋭いが整った容貌で、髪色は貴族の証である眩い金髪。
剣士としての実力は、王国でも五本の指に入るだろう。
「はっ! お前はいっつも弱腰でイライラするんだよガルム! ……慎重と臆病を履き違えてるってんなら、俺がパーティーリーダーを代わってやろうか? あぁ?」
酒も入り、酔いが回っているのか。
ダリオンが幾らか荒い口調で捲し立てる。
「……飲み過ぎだぞ。理由はきちんと説明するさ。頼むから落ち着いてくれ」
宥めようとするが、ダリオンは聞く耳を持ってくれない。手にしていたコップから、酒を一息に呷ると。……飲み干したそれを、彼は無造作に転がした。
「ふんっ……言っとくが、パーティメンバー全員。俺と同じ意見だと思うぜ? そうだよなぁ、おい!」
呼ばわるようにそう言うと、ダリオンは身を乗り出してぐるりと見回す。
その声に呼応するように、1人が口を開いた。
「うむ。俺もダリオンの意見に賛成だ。……ガルム! 貴様は臆病風に吹かれている!」
獅子の鬣を思わせるような、勇ましいヒゲを蓄えた筋骨隆々の大男。
……剛腕で鳴らす、神殿騎士のグレッグだ。
パーティのタンク役であり、サブリーダーでもある。歳は40を過ぎた壮年だが、肉体は衰えを知らず。
王国きっての戦鎚の使い手とも名高い。……実力は折り紙付きだ。
「すでに後続の。……聞けば他国の勇者パーティーも、第41階層まで突破したという。このままいけば追いつかれ……いや、追い抜かれるやも知れぬ!! 武名を誇る我ら《剣の王国》が!! その勇者パーティーがっ!! 他国の脆弱な勇者パーティーに遅れを取るなど、あってはならぬのだっ!!」
……だからこそ、プライドの高いところがある。
《塔》の攻略に熱意を注ぐ姿は頼もしくもあるが、熱意が高まるあまりに視野が狭くなりがちだ。
「ははは! そうだ! いいぞ、言ってやれグレッグ! ガルムの腰抜けになぁ!」
「二人とも……冷静になってくれ。お願いだから話を………」
グレッグとダリオンを落ち着けようと、俺は口を開く。だが、そこに遮るようにして言葉が被せられた。酷く……気怠げな声だ。
「これさぁーもう議論の必要なくなーい? アタシも含めて3対1だしさぁ?」
「ゼオラ……」
言葉を被せてきたのは、パーティの女魔導士ゼオラ。若干19歳で《魔聖》の称号を与えられた、魔導の申し子。
彼女が独自に編み出した魔導スキルも数多く、王国の魔導技術を1人で半世紀進めたと謳われる。
……整った容貌、発育の良い肢体と豊満な胸元も相まって、“ファンクラブ"……なるものがあるらしい。
「だってさぁ。アタシたちのレベル、もう90超えてカンスト手前じゃん? ……それにさぁ。……ガルムの《聖剣》があれば余裕でしょ? あっはは! それとも怖くなったぁ? なら《聖剣》だけ置いて帰れば?」
そう言ってゼオラが、俺の腰元を指差す。彼女の視線の先にあるのは、鞘に収まる一振りの剣。
国王陛下より賜った、《剣の王国》の至宝……《聖剣デュラム》。
「ゼオラの言う通り、《聖剣》は強力だ。でも、万能ってわけじゃない。……これに頼り切りになるのは……」
「頼り切りぃ? ……《トラップの完全無効化》に始まって、装備してるだけでパーティ全員の《攻撃》・《防御》・《魔導攻撃》40%アップ。……《全モンスター1.4倍特効》。挙げ句、《自動蘇生》機能まである。これに頼らないで何に頼るっていうの? 馬鹿なのアンタ。頼れるものには頼って楽しないと」
「だよな、だよなぁ! さすがは天才のゼオラ! ……わかったか、ガルム。テメぇはグレッグの言う通り、臆病風に吹かれているだけだっ!!」
「うむ、うむ! 臆したのならばパーティから抜けるが良い!! 貴様など要らぬわ!!」
勝ち誇るようにダリオンが言う。
確かにゼオラの言う通り、《聖剣デュラム》は他国の《聖遺物》を圧倒する破格の能力を持つ。
……だが、それを踏まえた上で、だ。俺は第48階層の探索を提案したかった。
「皆の意見も尤もだ。……ダリオンの言う通り、駆け上がるのもいいだろう。……皆の言う通り、俺は少し臆病なのかもしれない」
苛立ちを感じていない訳じゃない。
でも、ここで苛立ちを前に出せば話し合いになどならない。
パーティのリーダーとして、気持ちを抑える。
「ふはっ! やはり臆病風に吹かれていたか、ガルムっ!! ……国王陛下もなにゆえ貴様に《聖剣》を託したのかーーー」
「それを踏まえて、だ」
「………む?」
「それを踏みたうえで、理由を聞いてほしい」
俺は返事を待たずに、今度は言葉を続ける。皆の話は聞いた。
なら、次は俺が語る番だ。
「《塔》の偶数階には、次の階層の攻略に役立つアイテム……《攻略アイテム》が出現する。これは皆、覚えているな?」
「あ? アイテムだぁ? 何の関係が……」
「俺は第48階階層にある筈の《攻略アイテム》を回収したい。そう考えている」
捲し立てるように……ではないが、言葉を挟ませないよう俺はなおも言葉を続けた。
「皆の言う通り、《聖剣》は強力な効果を持つ。……それに加え、俺たち全員レベルはカンスト目前。並大抵のモンスターなら、簡単に倒せるだけの実力はある。……だからこそ、少し冷静に。いま一度考えてほしい」
そう。
確かに俺たちは“強い"。……単純な戦闘能力やレベルだけで考えても、生き物としての限界に達しつつある。……どれだけ研鑽を積もうと、レベルが100になればカンスト。どんな生き物も、それ以上は“強くなれない"のだ。
「《塔》に現れるモンスターは、振り幅はあるが……階層を1つ登るごとに平均して2から3レベルずつ高くなっている。
……《塔》は全部で55階層から成るわけだ。なら……第48階層以降は。………レベル100を超えるモンスターが出現するかもしれない」
努めて真剣な声色で言う。
突拍子もないことだとは、俺自身も重々承知している。だが、俺は本気だ。……《塔》は人智を超えた場所なのだ。
"常識“や“当たり前"を物差しにして、推し量ってはいけはい。
「レベル100超えのモンスター? バカな事を言ってんじゃねぇよ、ガルム! レベル100を超える生き物なんざいる筈ねぇだろ! モンスターだって生き物に過ぎねぇんだ!」
「あり得ぬわぁっ!! ガルム貴様ぁっ!! ……天界の神々が定めたもうた生命の法則!! それに異を唱えるつもりか異端者めがっ!!」
「レベル100超え……? あっはははは! すごいねガルム! アンタ、道化師にでもなったら? はぁー………あっははは! 笑えるぅ!」
3人の反応はそれぞれ違った。
ダリオンは呆れ果てた……とでも言いたげに。グレッグは怒り心頭で立ち上がり、ゼオラは腹を抱えて嘲笑う。
「……俺は神殿の教義を否定したい訳でも、皆を呆れさせたい訳でもないんだ。……可能性の話をしているだけだ」
「可能性だと!? 万に一つもありえぬわ愚か者めぇっ!!」
グレッグが声を荒げる。
神殿騎士の彼にとっては、俺の言葉は……いや、考えさえも受け入れがたいモノだったらしい。
「どうか聞いてくれグレッグ!
……《塔》は人智を超えた場所なんだ。俺たちの常識や知識が通用しない場面も多々あっただろう?
……《剣の王国》の名を背負う勇者パーティとして、慎重に攻略を進めたいと。そう俺はーーー」
考えている……と言い終える前に。
テーブルに、拳が叩きつけられた。
「不愉快だっ!! 貴様の話を聞き続けていたら、この両耳が腐って落ちるっ!! もはやこのグレッグ、貴様と交わす舌を持たぬわっ!!」
グレッグがそう叫んで立つと、それを合図にしたかのようにダリオンとゼオラも立ち上がる。
「あーぁ。せっかくの食事が不味くなっちまったなぁ? どっかのバカのせいで」
「あっはは! これ以上ガルムと話してたら頭悪くなるかも!」
話は終わり。
少しでも有意義な時間にしたいと願っていたが……結局のところ、皆を呆れさせて終わってしまった。
「…………」
3人が去った後。
(リーダー失格だな……俺は)
……俺は、項垂れることしかできなかった。
◯
「おい、酒だ! もっと酒を持って来いっ!! ……えぇい……! あのような異端者が我らがパーティのリーダーとはっ……!!」
ガルムの愚図との下らねぇ“話し合い"を終えた俺たちは、馴染の酒場で飲み直していた。
せっかくの料理も何も、アイツのせいで不味くなったからな。舌を酒で洗いたい。
(ガルムがパーティのリーダーってのは……俺も気に食わねぇ。異端だとかは関係ねぇ。……平民出身の愚図が俺を差し引いてリーダー? ……虫酸が走る……!)
国王陛下の命令でなけりゃ、あんなゴミ野郎なんざリーダーとして認めねぇよ。……この3年耐えてきたが、俺もそろそろ限界だ。
ガルムには痛い目を見てもらわねぇとな。……最近調子に乗っていやがるんだアイツは。貴族の俺に対しての礼儀もなっちゃいねぇ。
平民が貴族の俺に対して、意見を聞きたいだと? 笑わせる!
下劣な劣等階級共は、命令だけ聞いてりゃいいんだよ!
「おい、ダリオン!! あの下劣な異端者は捨て置き、我らだけで次の階層へと向かうべきだ!! あのような人のクズは1人野垂れ死ぬのが似合いよ!!」
(……へへっ、完全に頭に血が上っていやがるな、グレッグのヤツ)
グレッグの……いや、敬虔な神殿騎士にとって、《塔》は親の仇よりも憎いだろう。神殿の教義に則るならば、だ。
(まっ、俺には関係ねぇけど)
カビ臭ぇ伝承だ。
お伽噺よりも陳腐な教義。
神殿の神官どもが伝える所によれば、《塔》の最上階には《邪な神》が封じられているという。
神話の時代に勇者たちが挑み、生命と引き換えに《邪な神》を封印した。だが、封印は完全なものではなく……時がくれば《塔》が現れる。
そう予言されていた。
(そうして実際に。10年前、《塔》は現れた。……神殿騎士にとっちゃ、神々の敵が封じられている憎い《塔》だ。自分の手で踏破して、《邪な神》ってヤツをぶっ殺したいだろうよ)
ふと……1つの考えが頭を過った。グレッグのこの怒り。
殺意にも近しいこの怒りは……“利用"できるのではないか、と。
リーダー気取りの平民風情……ガルムをこの世から消し去るのに使えるんじゃないか……?
(上手くいけば……俺が《聖剣》を手にしてパーティを引き継げる……! この俺の名を、勇者として残せるじゃねぇかぁ!!)
未だ怒りに任せて何かを喚いているグレッグの肩を、俺は軽く叩いた。
テメェの教義だの何だのには微塵も興味がねぇが……へへへ、利用させてもらうぜ。
「《邪な神》を討つことこそ、我が生命を賭した使命ーーー……ん? なんだダリオン! 俺の話はまだ終わっていないぞ!」
「いいや、話はお終いだ。……なぁグレッグ。不届き者のガルムをこの世から消す方法。……思いついたと言ったらどうする?」
「……なに?」
「《聖剣》があんな異端者のゴミに使われてるのは忍びねぇだろ? だからさぁ……協力してくれよ」
「ふむ……」
「なになに? 何の話?」
興味なさげに頬杖を付いていたゼオラも反応する。
ゼオラの協力も得られるならなお良い。上手くいけば、俺たちは手を一切汚さずに、ガルムを始末できるのだ。
「いいか? よく聞けよ」
俺は、頭に浮かんだガルムの“駆除"方法を2人に伝えていく。
虫けらのように。ゴミに群がるカス虫のようにして、奴は死ぬのがお似合いだ。
「ーーーっつーわけだ。やれるな?」
「くははは! なるほど面白い! よぅし乗った! これは異端者の駆除! 神々もお喜びになるだろう!」
「なるほどねぇ? ふぅん、面白そうじゃん! ……平民一匹死んだって誰も気にしないしねぇ」
「まてゼオラ、奴は平民ではないぞ? 異端に被れた学のない低俗な下民よ! くはははは!!」
全員乗り気のようだな。
ガルムが死ねば《聖剣》と、最強の勇者パーティ。そのリーダーの座は俺のものになる。……へへっ、明日が楽しみだ。
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