第6話

 餌取の職場兼住居には、『餌取事務所』とだけ書かれた看板が掲げられている。電話番号の他には何の記載もなく、ネットで調べてはじめて、妖怪や神に困らされている案件を解決する事務所だと分かるようになっている。

 餌取は一人で働き、一人で暮らしているが、餌取が戻った事務所には、餌取以外の人物が箒を片手に待ち構えていた。


「……叔父さん」

「あー、来てたんだ、こん

「パパ活なの叔父さん!」


 目目よりも年下と思しき、学ラン姿の少年だった。丸い黒目を潤ませながら、箒の持ち方を変える。まるで槍のような構え方だ。


「叔父さんはちゃんとすればかっこいいんだから、未成年に手を出すのはやめなよ、犯罪だよ!」

「あのな、跟。叔父さんペドじゃないから、こんなガキに興味ないよ。これはパパ活じゃない。むしろ叔父さん、女は五十代が好きだから」

「叔父さんの趣味なんて聞きたくないよ! じゃあ、その子は何なのさ!」

「んー……式神って言ったらいいのかな? 下僕とか、そんな感じの」

「どう見ても人間の女の子じゃん!」

「見るんじゃない、感じるんだよ、跟。そうしたら分かるはずだよ、こいつの中身が好色な邪神だって」

「……叔父さんと違ってその手の才能ないから、分かんないよ……」


 こーんーと弱々しい声で少年の名を呼びながら、餌取は彼の元へ行き、そっと抱き締める。


「なくていいんだよ、こんな才能。君は姉さんみたいに穏やかな人生を歩んで、幸せに生きるんだよ。それが俺の何よりの願いだよ。本当はこんな所にも来てほしくないくらいだってのに」

「叔父さん、僕が来ないとすぐ部屋をゴミまみれにするじゃんか。僕、必要だと思う」

「必要だな、必要だけど、あんまり頻繁に来てほしくないというか」

「僕、迷惑?」

「うっ。そんなことないよ……」

「これからも来るからね」

「た、助かる……」

「──おい」


 怒りの込められた声で話し掛けられ、餌取はちらりと声のした方に右目を向ける。

 餌取に連れられてここまで来た目目が、出入口の前で仁王立ちしながら餌取と跟を睨んでいた。


「そのガキは何だ?」

「え、男の人の声なんだけど」

「ガキなんて言い方はやめてくれよ。この子は俺の姉さんの息子、つまりは甥っ子だ。この子に手を出したら消すから、気を付けてくれよ」


 笑みを浮かべながらも、餌取の晒された右目には仄暗い殺意が込められており、目目はその目に若干怯んだようだ。目目の反応に気を良くして、餌取の目から殺意はすぐに消える。

 餌取に抱き締められていた跟の位置からはそんなやり取り見えていなかったようで、だんだん鬱陶しくなってきたのか、跟は餌取の腕から逃れて箒を彼に押し付けると、目目の元に向かった。


「ちょっと、跟」

「えっと、先ほど紹介された通り、餌取の甥の、足路あしろ跟です。叔父さんの言ってる通り本当に式神なら、叔父さんのこと、よろしくお願いします」


 片手をそっと差し出すが、目目は睨み付けるだけで、その手を取らない。


「ガキ風情が気安く我に話し掛けるな。……くっ!」


 目目が急に胸を押さえだした。その呼吸は乱れていき、汗も流れはじめる。


「え、あれ、どうし……叔父さん、何ぶつぶつ呟いてんの?」

「■■■■……いや、何でもないよ」


 餌取の口が閉じると、目目の呼吸は徐々に落ち着いてきた。目目は餌取を睨み付けるが、餌取は笑うのみ。


「いやーいやーいやー。これからこの事務所も賑やかになるなー」

「それは良かったね。でも叔父さん、あんまり危ないことはしないでね、この前だって左目……」

「二度とそんなことにならないように、あの式神連れてきたんだから、心配しなくていいよ。跟は優しい子だな」

「もう、ちゃんと聞いてよ、叔父さん」


 目目の存在など忘れて、二人の世界を繰り広げる叔父と甥。いくら目目が睨み付けようと、その視線が絡まることはない。


 これが、今後の『餌取事務所』の日常になっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

餌取聡と祠の邪神 黒本聖南 @black_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ