第3話 寝ても覚めても

 その日は、航平は昌幸も慎太も部活で忙しく、暇を持て余していた。学校帰りのバスで一人揺られていた。小さな港町の鉛色を垂らしたような空が憂鬱な気分にさせた。

寂れた工場や鉄筋コンクリートの建物たち。そして、どこまでも続く滑走路のように広い車道。


「隣に座っていいかな?」眼鏡に手をやりながら、僕の顔をちらりと見た同じ高校の男子生徒。一瞬、誰なのか分からなかったが次の瞬間、同じ中学の隣のクラスの上沼 健司だと思い出した。

 健司は割と控えめで物静かな生徒だった。勉強ができる方で、素行も良く先生たちに気に入られるタイプだ。

「久しぶりだね、話すのは」航平は窓際に寄ると、健司を隣に座らせた。

「山下はいつも一人で帰ってるのかい?」

「俺?・・ああ、いつもは隣のクラスの奴らと帰ったりしてるよ。今日は部活で忙しいらしい」航平は伸びをしながら言った。

「そうなんだ」健司はまっすぐ前を向くと、そう言ったまま道の先に目をやっていた。

「そういえば上沼って中学の時、占いできるって言われてなかったっけ?」航平はふと思い出して口にした「女子達から、すごい当たるって聞いたことあったよ」

「占いはするよ」健司はまるで何のことはない風に答えた。

「今度、俺もなんか占ってくれよ」

「いいよ。今日でも遊びにくよ」


 健司はそういうと、学校から帰ると、本当に航平の家に来た。航平の家は、両親が共働きで父親は単身赴任をしていたし、ほとんどの時間、家には誰もいなかった。

 健司は航平の部屋に入ると、

「いい部屋だな」と言った。

「ところで占いって、何占いをするんだい?」航平は健司を見た。

「タロットだよ。エジプト式の」カバンからカードを包んだ布を出しながら健司が答えた。そこにはモノトーンのエキゾチックな絵柄のカードがあった。

「ほう・・・」航平は初めて見るタロットカードに目を丸くした。


「それで、何について占えばいいかな?」健司はまっすぐ航平の目を見た。惑いのない真っすぐな眼差しをした彼を前にして航平は一瞬たじろいだが

「そうだなあ・・・。せっかくだから難しいことを聞いてみよう。俺にも上沼みたいな不思議な力があるのか占ってよ」

「わかったよ」健司は無表情に、カードを混ぜ始めた。それから数を数えてカードを何枚か並べて、絵柄の面を開いた。

 しばらく、カードを見つめていた健司は



「なんだ・・・。君、本当は能力があるのに見えないふりをしてるんだね」



 次の瞬間、目の前が一瞬、白い光包まれた。短いような長いような時間の後に視界が戻ってくると、そこには見たことのない世界があった。

 今まで何もない空間だと思っていた部屋の中には、幽霊や悪魔や妖精や物の怪みたいな得体の知れない物で溢れ返っていた。

「うわ!なんだこれは・・・・!」航平は声を上げた。

目の前を猫のようなお化けが通り過ぎて、壁をすり抜けて消えていった。

「ほらね、やっぱり見えるでしょ?」健司は当たり前のように表情一つ変えずに言うと、グラスのお茶を一口飲んだ。




 航平の話を聞いた慎太は、口からスナック菓子をこぼした。

「ええ?」慎太はびっくりした口調で言った「それって今も見えてるってこと?」

「そうだよ・・・。」航平は静かに頷いた。

「まじかよ」慎太はポカンとした表情で航平を見た。昌幸も驚いて言葉が出ない様子だった。

「寝ても覚めても、お化けがお盆後の海のクラゲみたいに、うようよ湧いてるのが見えるんだよ」航平はため息をついた。


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黄昏の悪魔おじさん。 羊谷れいじ @reiji_h

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