第12話 雪見大福、悪の組織に捕獲される

「お前は怖がらないんだな。俺は昔から動物にはあまり好かれないのだが」


 恐ろしいが!?

 猫に怖がられたくないのであれば、その能面をなんとかするのだ氷帝!

 同じ人間からも恐れられる無表情でなぜ猫からビビられないと思うのか。

 少しは愛想よく笑え愚か者め。

 と心の中は穏やかではなかったが、吾輩は膝の上で大人しく鳴くことにした。


「みゃ〜おん」


「そうか」


 なにが「そうか」なのだ!?

 猫と人間のディスコミュニケーションが極まっておるぞ。

 なぜこうなったのかわからぬ。

 現在、吾輩は氷帝の膝の上で撫でられている。

 ニャコの推しで観賞用のイケメン社長とやらだ。

 だから出会い頭に逃走せず様子見した。

 結果として失敗だったのだろう。

 いきなり拐かされれば吾輩もさすがにビビる。


 ――カタカタカタカタカタカタカタカタ


 しかも此奴は吾輩を愛でながら仕事もしていた。

 ニャコなど吾輩を愛で始めたら、全てがおろそかになってしまうというのに。

 故に吾輩の判断で猫パンチを繰り出す必要があるのだが。

 氷帝とやらは仕事ができる奴らしい。

 これでは撫でる手の止め時がわからぬ。


 吾輩が氷帝と接触できてもニャコが近くにおらねば猫婚としては意味がなかろうに。

 しかし『8』にいるはずのニャコが忽然と姿を消してしまっているのだ。

 そのため吾輩も安易に動けなくなってしまっている。

 本当にどうしたものであろうか。

 出会いはエレベーターを降りた直後に遡る。


 吾輩は華麗にスタスタとエレベーターを降りた。

 赤みの強いふかふかのカーペットに踏み入れた。

 どうも『8』の階はニャコがよく言う高貴な装いのようだ。

 ふむ、と一息ついていると視線を感じた。


「社内に猫だと」


「にゃん」


 絡み合う視線。

 見つめ合う猫と人間。

 たまにこのような現象が起こる。

 通じ合ってなどいない。

 猫は大型動物である人間の出方をうかがっているだけである。


 トイレから出てきたのであろう人間のオス。

 見上げる形になるほど背が高い。

 ニャコと比べると吾輩二段重ね分ぐらい差があり、異国の血が混じっている。

 おそらくニャコとは品種が異なる人間だろう。

 宣材写真とやらをスマホで見せられたことがある。

 このオスがニャコの『推し』で、観賞用の氷帝とやらか。

 隙がなさすぎて怖いのだが!?


 吾輩が内心でビビり倒していると、氷帝とやらはキビキビと近づいてきて吾輩を抱き上げた。

 逃げようと思えば逃げれた。

 だが反射的に逃げようとしたときに、氷帝の手が少し止まったのだ。

 一瞬の躊躇い。

 吾輩にはそれが初めて猫に触ろうとする子供と被って見えて、拒絶できなかった。

 デカさが違いすぎるが。


「……温かいな。生きているのだから当然か。ゲストカードは正規のモノではないが一応あるな。名前は『猫守雪見大福』と」


「にゃん」


 名前を呼ばれたので返事をしておく。

 吾輩は不審猫ではないのだぞ。

 ちゃんと受付でゲストカードも貰っておる。


「猫守ということは秘書の猫守さんの飼い猫か。別に社内規則には載ってないが、ペットを連れての出勤はあまりいいことではないのだが」


「にゃん? にゃ〜」


 ニャコに連れられてなどおらぬが?

 吾輩はちゃんと自分の足で歩んでおるぞ。


「いや……しかし病院に連れていく予定があるなどの可能性もあるか」


「んにゃ!?」


「こら暴れようとするな」


 病院はダメだぞ!

 あのような危険な場所に行ってはなにされるかわからん。


「まずは事情を確認するか。逃げ出した猫を探しているだろうし」


 氷帝は吾輩を抱き上げたまま、キビキビと大きな扉を横切って別の部屋に入っていく。

 出入り口の扉は首から下げたカードをピッとすれば開くようだ。

 ピッとする場所がエレベーターのボタン並みに高い。

 ニャコの会社もキャットフリーの精神に反しているのである。


「……誰もいない。さてどうしたものか」


 部屋の中には誰もいなかった。

 ニャコの匂いはする。

 匂いの濃さからさっきまでいたのだろう。

 一階で会った受付嬢の先輩と後輩の匂いもある。

 ここがニャコの職場であることは間違いなさそうだ。

 通い慣れている場所で忽然と姿を消すなど……。

 迷子か?

 慣れた場所で迷子になるとは、ニャコはどうしようもないおっちょこちょいである。


「社長室で預かるしかないか。さすがに猫一匹を野放しにはできないし」


「にゃ〜おん?」


 いや、吾輩のことは放っておいてくれればいいのだが。

 こうして吾輩は氷帝の膝の上で撫でられることになったのである。


 社長室で吾輩と氷帝だけの時間がそれなりに過ぎた。

 空気を読んでたっぷり愛嬌を振る舞いながら、大人しくしている吾輩を誰か褒めるのだ!

 と内心で思い始めた頃になって、ドアの向こう側に三人ほどの気配がした。

 吾輩は聞き耳をピコンと立てる。


「ね、ねぇ本当に雪見大福が社長室にいるの? まだ会社に来ていることも半信半疑なんだけど」


「菜々子ちゃんいい加減信じてよ。雪見大福ちゃんがバブリーかはともかく、電車に乗って外から来たのは間違いないから」


「うぅ……うちの飼い猫が天才すぎる件について」


「はいはい。他の階は探したし、もう社長室にいるしか考えられない」


「うん雪見大福ちゃんが天才でカードキーの扱い方を理解したとしても、あのゲストカードに扉を開ける権限はない。だから雪見大福ちゃんを見つけた誰かが保護名目で預かっている線が濃厚」


「三毛野先輩。でもあの氷室社長が保護するのでしょうか」


「社長は猫好きだから。でも動物に嫌われるタイプだし、雪見大福ちゃんは怯えられて逃げられているかも」


「「えっ!? あの社長が猫好きなのに動物に嫌われるタイプ!?」」


「ええ、撫でようとした動物に逃げられて煤けた背中を見せるタイプ」


 猫の耳に明瞭に聞こえる声の大きさだった。

 人間の耳にもそれなりに聞こえたらしい。

 氷帝の頬がピクピクと引きつっていた。

 怒りというより羞恥か。

 人間も偉い立場になると色々大変らしい。


「失礼します」


「し、失礼します」


 ドアの前での話し合いが終わったのだろう。

 受付にいた先輩を先頭にぞろぞろと入ってきた。

 ニャコと後輩が続いている。


「にゃ」


 ニャコである。

 あのちんちくりんはニャコである。

 どうやら受付の迷子センターに保護されていたようだ。

 仕方のない飼い主である。

 吾輩が尻尾をフリフリしていると、先ほどまでよりも強く頭を撫でられた。

 氷帝が少し笑いながら吾輩を見つめてくる。

 なんだ笑えるのか此奴は。


「三毛野さん。なにか用かな?」


「はい。社長は真っ白でふわふわな白猫を見かけませんでしたか?」


「……ずいぶんと単刀直入に。お探しの猫はこの子でいいか」


 氷帝は吾輩を胸に抱きかかえて立ち上がった。

 ようやく吾輩を視認できたのだろう。

 借りてきた猫状態だったニャコが声を上げた。


「雪見大福! わ……私の雪見大福が悪の組織の首領に飼われている猫になってる!?」


「にゃ!?」


「悪の組織」


「あくのそしき」


「……確かに。外が夜景で、社長がウイスキーのグラスでも持っていれば完璧に」


「ぷっ」


 後輩の追い打ちがトドメを刺したのだろう。

 先輩が吹き出した。

 氷帝の頬のピクピクが強くなっている。

 少しの間一緒にいたからわかる。

 どうも氷帝とやら誤解されやすく、割と残念な扱いを受ける人間のようだ。

 普段からもう少し笑えば改善しそうであるが。


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カクヨムコン10

100%趣味で書かれた猫視点の猫小説です。

ブックマークやレビュー、応援コメントをよろしくお願いいたします。


ストック切れのため毎日更新はここまで。

他の作品と並列して書いているため、週二回の土日更新でちまちま進んでいく予定です。


ついに登場人物が出揃いました。

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