第10話 雪見大福、知らぬ間にバズり猫になる
『ふむ……ここがくるまやか』
紆余曲折の寄り道の末、ついにたどり着くことができた。
ついにニャコの勤め先に!
……ではなく小腹を満たせる場所に。
朝から活動していたのだ。
電車に乗ったのも昼前である。
さすがに吾輩も休みたい。
そんなわけで小腹が満たせる良い場所はないか、トラさんにたずねてみた。
そうして教えてもらったのが、この商店街でも一際古めかしい団子屋くるまやだ。
瓦屋根に木造の店構え。
昼時だからだろう。
店先では白と緑の団子が焼かれており、香ばしい匂いを漂わせている。
人間は棒に刺さった焼き目のついた団子にあんこをつけて食らうのであろう。
他にもおはぎ、みたらし団子、箱入りの草餅、そして大福などが商品として並んでいる。
もちろん猫は団子は食わない。
しかしこの店には団子や和菓子以外にも、焼かれていないただの餅が売られている。
白と赤の紅白で売られている。
赤の餅は干した小海老が練り込まれているらしい。
その小海老をこの店を切り盛りするツネ婆が猫にくれるというのだ。
この五十年以上ずっと変わらずに。
なんでもツネ婆はトラさんが吾輩より幼い子猫の時分からツネ婆と呼ばれていたらしい。
つまりずっとババアだ。
ものすごい長寿なババアなのだ。
そのため商店街の猫からは人間を超えた現人神として崇められている。
そんな現人神ツネ婆が切り盛りするだけあって、店からはオーラが放たれていた。
具体的には店頭に並ぶ大福から。
吾輩は大福の目利きにはちとうるさい。
名前の由来でもあるし、好物なのでニャコがコンビニのレジ横という店でよく買ってくるからだ。
さすがはツネ婆の大福である。
食べずともわかる重量感。
表面に浮き出るふっくらとした黒い豆。
さぞかし高名な塩豆大福なのであろう。
アイスの食用雪見大福も小粒だがよき冷気を放つ曲者だった。
しかしツネ婆の大福から放たれているのは王者の風格である。
……レジ横の大福も悪くはない。
しかしちと優しすぎるところがあるのが気になっていた。
その点、ツネ婆の大福は完璧である。
やはり大福とは吾輩のように高貴さがなければならぬのだ。
ツネ婆の大福こそ吾輩のライバルと認めようぞ。
店先でそのような詮無きことを考えていたら上から声をかけられた。
「あらあら今日の猫ちゃんは見ない顔ね。こんな綺麗な白猫様はこの辺にいないはずだし」
上を向くと腰の曲がったしわくちゃの婆がいた。
この婆こそが人間の皮をかぶった現人神ツネ婆なのだろう。
優しげな声色だが猫の王に匹敵する偉人なのだ。
失礼があってはならぬ。
『お初にお目にかかりますツネ婆様。吾輩は雪見大福である!』
と挨拶をした。
伝わるかはわからないが「にゃにゃにゃ」と鳴いて頭を垂れた。
「これはこれはご丁寧にどうもありがとうございます。えらいご利口な子や。首輪をしているし飼い猫さんとは思うけど、エビでよかったら食べるかい」
「にゃ!? ……にゃう」
まさか猫の言葉が通じているとは。
さすがは現人神ツネ婆である。
吾輩も驚きを隠せず、促されるまま人間が座って団子を食らうであろう長椅子に飛び乗った。
「はいよ。今日は陽射しが暖かいね」
ツネ婆は吾輩の前に小海老の入ったお皿を置く。
商店街の人の流れ向かい合う位置だ。
昼時の暖かい陽射しの降り注ぐ長椅子の端っこで猫が丸くなりながら食事をする。
どうもこれがいいらしい。
いわゆる客寄せの招き猫と言う奴だ。
ご飯をもらっている身なのでこの程度の労働はしてやろう。
「ふふ。きれいな毛並みだね。ちょっと触らせてもらっていいかい」
「みゃう」
「それじゃあ失礼して」
了承の返事をしてむしゃむしゃ食らう。
そんな吾輩の猫背をツネ婆が撫でてきた。
幾多の猫を撫でてきたしわくちゃの優しい手だ。
「あんたは柔らかくてきれいだね。ちゃんとした家の子だ。あんたたちも律儀なモノだよ。毎日毎日昼時に現れて、お婆ちゃんの話し相手になってくれるんだからね」
「みゃう?」
「誰が来るのかは日によって変わるけれど必ず一匹で来る。やっぱり連絡取り合っていたりするのかい」
「みゃ」
どうもくるまやにご飯を貰いに来る当番は、商店街にいる地域猫の持ち回りになっているらしい。
仕切っているのは当然トラさんだろう。
見事な統率力である。
そんな吾輩の思考を読んでいるかのようにツネ婆が名前を出してくる。
「そういえば最近見ないけどトラさんは元気かい? もう歳だろ?」
「みゃう。みゃ〜みゃ〜にゃ」
元気すぎるぞ。
あれはまだまだ生きる。
そのうち尻尾が分かれているかもしれん。
「ふふふ。そうかいそうかい。そんなに元気かい。あの子は赤ん坊のときからふてぶてしくてね。その態度が気に入って私がトラさんって名づけたのさ。好きな映画から名前を拝借してね」
「みゃあっ!?」
まさかトラさんの名付け親がツネ婆だったとは驚きである。
そんな会話をしているとお皿の海老もいなくなり、だんだんと眠くなってきた。
吾輩を包む暖かな陽だまり。
優しく猫背をさするツネ婆の手に誘われて、吾輩はしばしの仮眠を取ることにした。
お昼寝である。
(◯) (◯) (◯)
――パシャリパシャリ
「絶対この白猫ちゃんだよね!」
「バズってた電車通勤する猫!」
「妊婦さんに席を譲ってたよね。動画で見たよ」
「ちゃんと改札を通って電車に乗る天才猫ちゃん!」
「白くて丸くなっていてかわいい」
「大福」
「大福招き猫?」
「なにそれご利益ありそう!」
――パシャリパシャリパシャリパシャリ
吾輩の眠りを妨げるのは誰であるか!
あまりの騒がしさに目覚めた吾輩は首をクイって上げて唖然とした。
猫瞳を大きくかっぴらいた。
「みゃっ!?」
――パシャリパシャリパシャリパシャリパシャリパシャリパシャリパシャリ!
くるまやを囲む若い人間たちが、たまにテレビで見る記者会見よろしくスマホを構えてパシャパシャ吾輩を撮りまくっていた。
猫背をさすっていたツネ婆の姿は長椅子にはなく、人集りで増えた客の対応に追われていた。
大福はすでに完売しており、今は急ぎ団子を焼いているようだ。
いったいなにがあったのだ!
「起きた!」
「びっくりしてて可愛い」
「きゃあーこっち見て!」
「本当に真っ白」
騒いでいる人間の言葉を聞いてなんとなく理解した。
どうやら吾輩の動向が人間のネットとやらで爆発したらしい。
バズるという現象だ。
どこで爆発しているのかわからんが、人間の世界では毎日どこかしらで爆発しているの周知の事実である。
げに恐ろしきはネット社会である。
「みゃ……にゃっ!?」
これほど人が集まるとは吾輩はどれほど寝ていたというのだ。
陽射しは暖かいままだが。
首をくるりと回して、くるまやの時計を確認する。
短針が『1』と『2』の間にあった。
まだ時はそれほど経っておらず昼と言える時間帯だ。
「んにゃ!」
吾輩は忙しそうなツネ婆に別れを告げて、颯爽と立ち去ることにする。
決して人混みや爆発を恐れたわけではない!
「あっ……行っちゃう!」
「追う?」
「いや無理でしょ。猫だよ」
「怖がらせちゃったかな?」
「あしはや!」
「とりあえず大福買おうかな」
これが世間を騒がせることになる大福招き猫事件である。
次の日から、意外と商魂たくましいツネ婆によりネコミミ大福なる新商品が誕生し、大ブームを巻き起こすことになるのはまた別の話。
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カクヨムコン10
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