第9話 商店街と地域野良猫②

『最近は歳のせいか猫背のコリが酷くてのう』


 ゴリゴリと背中を揺するトラさん。

 どうやらこの賽銭箱はトラさんマッサージ器具だったらしい。

 先ほどまで放たれていたボス猫感は見事に霧散していた。

 それにしてもコるのか猫背。


『ワシは暇なのだ。祭りがしたいのだ。野良猫は基本暇じゃ。祭りが好きじゃ。猫婚。人間のオスとメスをくっつける。面白そうではないか』


『ん? 先ほど野良には関係ないと言ったのに、トラさんは興味があったのか』


『人間の若者が集う大学ってあるじゃろ?』


『あるな』


『この近くにもある。其奴らが住まう学生街もある。野良猫は学生街に住んでいることが多い。ご飯を貰いやすいからな。野良猫にとって人間の恋路など娯楽じゃ。足止めしたり、誘導したり。人間のオスとメスの出会いを演出するゲームが野良猫の間では何度も流行っておる』


『なんとそのような遊戯が!』


 家猫はどうしても行動範囲が狭く、情報にも疎くなる。

 飼い主のことならともかく、人間の若者の情報や出会いに関しては地域猫に劣ってしまう。

 まさか猫婚に近いことを地域猫が遊び感覚でやっていたとは。


『それなのにお主はデータだの。脳内ホルモンだの。アニマルセラピーだの。小難しい話をしおってからに。あれでは野良猫も家猫もついて来ぬわ』


『耳が痛い。そしてトラさんは吾輩の話をちゃんと聞いてくれていたのだな』


 態度は崩れたが、やはりトラさんは立派な御仁であった。

 話がわかりやすく惹きつけられるものがある。

 これが地域猫を束ねるカリスマ。

 吾輩に欠けているものかもしれない。


『お主のプレゼンはつまらなかった。聞いて損した気分じゃった』


『うぐっ』


『されどお主からは面白い祭りの気配を感じ取れる。こうして話をしておってもな』


『吾輩から祭りの気配を?』


『うむ。では前フリはここまでにして、そろそろ本題に入ろうかのう』


 言葉とは裏腹にトラさんは賽銭箱の上でゴロンゴロンと身体をローリングさせる。

 全身マッサージ中。

 完全にリラックスした風情なのに声の圧が強い。

 まったく弛緩しておらぬから、どこまで真面目でどこまで不真面目かもわからぬ。

 不思議な御仁である。


『雪見大福よ。お主の第一声はよかった。あれには全猫を惹きつける力があった』


『吾輩の第一声?』


 もしかしてあれか。

 マイクを握ってたテンションでついやってしまったニャコのモノマネ。


『故に問おう。なぜ歌わぬのだこのすっとこどっこい!』


『すっとこどっこい!?』


 言葉の意味は知っていてもほとんど使われない単語で罵られた!

 未知の体験である。


『ワシはお主が歌うのを待っておったのじゃぞ! ピエールとともに猫球型サイリウムを取りだしてスタンバってた!』


『ピエールも!? まさかの本格的な歌待ち勢の出現に吾輩も驚きを隠せぬぞ!』


『昔取った杵柄。両手に猫球サイリウムを持って、二本足立ちでヲタ芸を披露する機会がついに訪れる。そう期待したのに! このワシのわくわくした気持ちを踏みにじりよって! このスカポンタン!』


『またレアな罵倒を繰り出しおって! なぜ吾輩が歌わねばならぬのだ!』


『お主が吾輩の歌を聞けと言ったからじゃ!』


『確かにそうである!』


 ヒートアップするうちにトラさんは猫背マッサージをやめている。

 いつの間にか威厳ある座り姿に戻っていた。


『歌れ。そして踊れ。ライブを実行するのだ雪見大福。お主がステージで輝くアイドル猫となれ。さすれば皆がお主を応援するだろう。プレゼンは拍手喝采。猫活も成功じゃ』


 トラさんは言った。

 誰が言ったのかが大事だと。


『まさか……トラさん。賢いバカになれ。神輿になれとは吾輩に人間のアイドルの真似事をせよという意味だったのか?』


『さよう。野良猫は祭り好きじゃ。面白ければ見返りに労働力を提供しよう。お主のプレゼンも冒頭で歌っておけば、今頃野良猫総出で協力していたであろうに』


 頭を抱えたくなる暴論だ。

 でもトラさんの言い分には説得力があった。

 野良猫の行動原理の理解。

 聴衆猫の心をつかむ力。

 吾輩ではトラさんの足元に及ばないことを痛感している。


 だが歌わぬ!


 なぜならそこまで猫婚に対して必死になる理由もないからだ。

 アイドル猫とか意味わからぬし。

 ブラックサンダーではあるまいし、トラさんの話術にハマって唯々諾々と従う吾輩ではない。

 問題はバカ正直に拒絶しても、トラさんに見放されるだけなことである。

 なにも益がない。

 吾輩が乗り気でないことを察したのであろう。

 トラさんが譲歩を口にした。


『なにもお主一匹で歌えと言っとらんぞ。ほらブラックサンダーとキャラメルマキアートもアイドル猫になれば一石二鳥! ……ではなく三猫一ユニットじゃ!』


『ブラックサンダーとキャラメルマキアートも巻き込むのか?』


『うむ。ブラックサンダーは動きに華がある。キャラメルマキアートは視野が広く落ち着いておる。理屈っぽくて視野が狭いお主とはよいユニットになるじゃろうて』


『……ふむ』


 あの二匹を巻き込めれば、この面倒事は丸投げできるか。

 ブラックサンダーはともかく、しっかり者のキャラメルマキアートがこんな話に乗るとは思えぬし。

 ここは「考えておく」とだけ言って適当に流すのか重畳。

 トラさんには適当なところで「やっぱりダメだった」と伝えればよかろう。


『少し考えさせてもらおう。まずブラックサンダーとキャラメルマキアートに協力を願わなければならぬゆえな。現在、吾輩とブラックサンダーは喧嘩中で確執もある』


『あー……確かそんなことを言っていたな』


『うむ。物凄く根深い問題なのだ』


 なにせブラックサンダーとの仲違いは、吾輩が新商品の豪華版ちゅーとろ『大間のマグロ激闘編』を口にしないと解決せぬ問題ゆえな。


『ふむ……簡単に口説き落とせぬか。仕方がない。ワシのプロデューサーと呼ばれたい計画は簡単にはいかぬのう。一応言っておくが、歌わねばワシはお主に協力はせぬぞ。今まで通りワシの好きにさせてもらう』


『わかっておる。邪魔されぬだけマシである』


 吾輩歌わぬし。

 猫婚にそこまでの情熱もない。

 だから協力がなくても問題ない。

 そもそもニャコの婚活が成功して、アラサーなる呪いが解ければ、猫婚が成功しようとしまいと関係ないのである。

 つまり猫の王の勅令で自ら動くことになった時点で、吾輩の他の猫を扇動する作戦は失敗したうえにする理由も失われたのだ。

 今更、他の猫がやる気なっても困る。


 ――吾輩はこのときの猫らしさあふれる適当な返事を後悔することになる。


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カクヨムコン10

100%趣味で書かれた猫視点の猫小説です。

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