とある日の断片

碧海雨優(あおみふらう)

第1話 露草

「これ、独特な形してるよね」

 そう言って彼女が真っ白な指先でしたのは、道端にポツリと咲いた青色だった。


 彼女と一緒に帰る夜明け、朝日が眩しくなってくる時間に相応しい花だ。

露草つゆくさだね」

 ふーん、と呟く彼女に、目を細める。他の人達とは違い、彼女の相槌は端的でも色鮮やかだった。

「花言葉は『尊敬』で、聖母マリアからきてるみたいだね」

 珍しいね、と返されて首を傾げる。何か変なことを言っただろうか。

「君が、聖母とか神様系の話をすること」

 ああ、そういうことかと納得する。確かに避けていたが、気付かれているとは思わなかった。

「私がこの話をしても、少し引くでしょ」

「引いてる訳じゃないよ……」

 彼女の掌で陽を浴びて輝くロザリオに、何となく身を引きながらでは全く説得力がないことは承知の上だ。

 彼女の青い瞳がいたずらする子供のようにワクワクと煌めく。ため息が出そうになった。だが、機嫌のいいカノジョが隣にいることが嬉しく、僕は気まぐれに話を進める。

「紙とかに擦り付けると青色が付くから、青花とも呼ばれてたみたいだね」

 1つ取り、彼女の顔横に近付ける。

 溜息が漏れるほど、見事な青だった。


「君、マリアに関係する花を触れるんだね」

「なんだよそれ。というか、様付けしなくていいの?」

 笑うと、彼女も微笑む。どこか諦めた表情に、今まで見てきた彼女が重なる。

 何となく花を渡すと、彼女は目を見開きながらも受け取ってくれた。鼻を寄せ、小さく息をする。


 沈黙が、静かな朝と重なる。異様なほど、静かだった。


「……そろそろ行こうか」

 僕の手に触れてくる彼女。触れられることが、無性に悲しかった。

「うん」

 散歩に行くかのように、二人は歩みを進める。

 前向きなのか、後ろ向きなのか分からないそれに、二人の顔は暗くはなかった。

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とある日の断片 碧海雨優(あおみふらう) @flowweak

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