1日目

 すべてが白い部屋で一人、僕は少し途方に暮れていた。一日ごとに記憶を失うなんて小説でよく見るような話で、なんとも信じがたいのに、どう考えてみても自分の名前はおろか、昨日自分が何をしていたのか、何を食べたのかさえも思い出せなかったからだ。腕に管が巻き付いているような錯覚も意味が分からない。混乱した頭で、そっとため息をついた。

 ふと、さっき渡された日記に目を落とす。これを読めば僕が誰であるのかが分かる。彼女はそう言っていた。

「ただし僕が書いていたら、か。」

なんとなく緊張した手で本を開いてみる。一ページ、また一ぺージ。捲るごとに少しの期待が落胆に変わっていく。半分までいったくらいで手を止めた。

「何も、書かれてない、?」

どういう訳か、どのページにも文字1つ見つからなかったのだ。そのうえ、日記にしては分厚いため、真っ白なページを見るのに飽きてしまった。そっと本の表紙を閉じる。変に緊張したせいか、喉が渇いてしまった。もう一度部屋を見渡す。

「あ、窓がある。」

部屋に窓があること自体に変な点は無いにも関わらず、その窓には違和感があった。ベッドから降りて窓に近づく。床がひやりと冷たくて気持ちが良かった。

 窓にはカーテンがかかっており、当然のように白かった。

「夜、なのかな。」

外からの光は、窓に近づいても感じられなかった。シャッとカーテンを開けると、いきなり光が全身に降りかかり、強いめまいに襲われる。思わずしゃがみ込んで手で顔を覆った。自分はこんなに光に弱いのだろうか。それさえも思い出せない。目の奥に光の影が色濃く残り、モヤモヤとした吐き気に襲われる。ただ、じっと時間が過ぎるのを待つしかなかった。


 どのくらいの間そうしていたのだろうか。気づくと床に横になって眠ってしまっていた。気を失った、の方が正解かもしれない。そんなことを思いながらよろよろと立ち上がって、おそるおそる窓を見ると、既に光は消えていた。一瞬、彼女がカーテンを閉めてくれたのかとも思ったが、外が暗くなっただけだということに気づく。窓に近づいてそっとカーテンを閉める。

「はぁ…疲れたな…。」

そばにあったソファーに腰を下ろす。彼女に好きなように過ごせと言われたは良いものの、何をすればよいのかさっぱりわからなかった。

「そうだ、日記、」

何も書かれていなかった日記。今日を機に書いてみようか。そう思って、机の前に座る。小さなライトをつけると、すこしオレンジがかった光がともった。引き出しを引くと一本だけペンが入っていた。僕は本を開いて、今日あったことを綴る。

 日記を書き終えると不思議と眠くなってきて、僕は抗えずにベッドに倒れこむようにして眠っていた。


『全く書いていなかったけれど、書いてみようと思う。まず、僕は一日ごとに記憶を失う病気らしい。よくわからないが、思い出せないから本当の事なんだと思う。部屋は全部白くて、僕は光が苦手なようだからカーテンは開いちゃいけない。あと、僕は同居人というか、よくわからない人と一緒に住んでいるらしい。とてもきれいな人だった。その人は僕が目が悪いことも、記憶がないことも知っていたから、いろいろ知っているかもしれない。明日、時間あれば聞いてみよう。』

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ミズキ 香夢 @harunoyume

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