第3話 彼女の理想はどこにある?



常連のマダムがエステルームに入ってきた。今日は彼女が唯一リラックスできる時間だ。50代、社長夫人、上品な彼女の表情には、どこか疲れが滲んでいる。

「こんにちは、今日もお疲れ様です」と私は迎え入れ、ベッドに案内する。フェイシャルの施術を始めると、彼女はいつものように話し出した。

「ねぇ、うちの娘の友達が悩んでるみたいで…」

私は手を動かしながら聞く態勢に入った。エステルームでは、お客様の話に耳を傾けるのも大切な仕事だ。


「彼女ね、エステティシャンなんだけど、最近歳下の男にハマっててさ。年下でイケメンが好きらしいのよ。モテるんだって、でも最近将来が不安みたいで、お金持ちの男を探してるんだって。」

「お金持ちですか?」

「そう、できれば月に15万以上援助してくれるような男性。でもね、汚らしいおじさんは嫌なんですって。若くて、できればイケメンがいいって。」

思わず笑いそうになったが、堪えて施術を続けた。

「その上、マッチングアプリや結婚相談所はイヤだって言うのよ。自然な出会いが理想なんですって。できれば飲みに行った時に声をかけられるのが一番いいって言ってたわ。」

「なるほど、なかなか難しい条件ですね。」

「そうなのよ。自分では自然な出会いを望んでいるつもりなんだけど、友達の会社にいるような理想の男性が、そう簡単に見つかるわけないのよね。」


彼女の話は続く。「彼女ね、結局自営業でいい車に乗ってて、独身で彼女もいない男がいいって言うの。浮気もしなくて、性格も良くて、横柄じゃない男。しかも、歳下のイケメンが理想だって!」

その理想像を聞いて、私は思わずため息をついた。「理想が高いですね…現実的には、そんな人なかなかいないですよね。」


「ほんとそうよね。でも、あの子はまだ夢を見てるのよ。結婚したら楽になると思ってるみたい。将来的に働かなくてもいいようにしてくれる男性を探してるけど、結婚ってそんな簡単なものじゃないってこと、まだわかってないのね。」

私はマダムの話に頷きながら、彼女自身の現実がどれだけ大変なのかも考えていた。


「私なんて毎日が戦いよ。夫は社長だけど、経理や雑用、子供の送り迎え、ホームパーティーの準備まで、全部私がやってるの。まるで私が会社の一部みたいよ。」

「確かに、華やかに見える生活の裏にはいろいろと苦労があるんですね。」

「そうよ。だから、彼女があんな風に夢を語っているのを聞くと、微笑ましいような、少し現実を見た方がいいような、複雑な気持ちになるわ。」

彼女の言葉に、私は思わず笑顔を浮かべた。「でも、夢を見るのは自由ですからね。もしかしたらどこかに、そんな理想の男性がいるかもしれませんし。」


マダムは大きな溜息をついて言った。「そんなイケメンは、彼女のところには来ないわよ。現実はそんなに甘くない。でも、夢を見てるうちが花よね。結婚なんて、楽しいことばかりじゃないってこと、いずれ彼女もわかるでしょうね。」


施術が終わり、マダムが身支度を整える間、私はふと考えた。理想と現実の間で揺れるのは、誰しも同じなのだろう。彼女のようなマダムも、エステティシャンの彼女も、そして私自身も。夢を見ることは悪くない。しかし、その夢が現実になるかどうかは、また別の話だ。


「じゃあ、また来るわね。」マダムは私に微笑みを残して去っていった。その背中を見送りながら、私はふと、彼女の言葉が頭に残った。

"そんなイケメンは、あなたのところには来ない"——でも、夢を見るのも悪くない。


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そんなイケメンはあなたのところにはやってきません❗️ @scissorjj

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