第18話 32歳・女性・会社員・特定外来生物による刺殺
「異世界の貴族令嬢になって、異世界の完璧イケメンと結婚したいかーーーッ!」
『うおおおおーーーーーッ!!!!!』
祖神と別れた翌日、ユニティの執務室。昨日もぐっすり寝てきたフィオラはここに128人の、女性の魂のみを集めて演説していた。上級神たちも見学に来ていた。
「はい、というわけでこちら【某有名乙女ゲーム】の世界をご用意しました!皆様はこの世界に転生していただきます!」
『うおおおおーーーーーッ!!!!!』
魂達は熱狂していた。それもそのはず、彼女たちは全員この乙女ゲーム世界(別に実在の世界じゃないぞ!名前を考えるのが面倒臭かっただけだ!)への転生を希望していた者だ。
あまりにもこの世界への転生を希望していた者が多く、ユニティからも予約過多を理由に渡航を禁じられていた。よほど酷い魂でなければ、渡航する世界の希望はなるべく叶える努力義務が存在するため、彼女たちは転生を待機する羽目になっていたのだ。
「ただし!皆様が転生するのは、主人公ではありません!流石に枠は1つしかありませんからね!皆様は、主人公周りの貴族令嬢になっていただきます!」
『モブ転生じゃねえかふざけんな!!!』
『せめて悪役令嬢にしろ!!!』
ものすごいブーイングが飛んできた。あくまで叶えるのは飛ぶ世界までであって、その先で何になるかまでは魂の強度に応じて決定されるので保障出来ないのだ。
「そう、悪役令嬢!いい着眼点でございます!主人公の邪魔をする悪役令嬢もその候補に入っております!全員が令嬢、全員が貴族、全員が学生、一人だけが……悪役!」
『嫌すぎる!』
『でも悪役令嬢の地位は欲しい!』
普通、進んで悪役令嬢などになろうとは思わないものだが、異世界転生に於いては今や大人気の転生先である。
悪役令嬢となるのは、大抵が平民か下級貴族スタートとなる主人公相手にマウントを取れる公爵家または侯爵家令嬢である。そして大抵、主人公の攻略対象のどれかと婚約関係にある。キャリア組か否かというぐらいにスタートラインが全然違うのだ。
そして、悪役令嬢が何故悪役と呼ばれるかと言うと、主人公の邪魔をしてくる存在だからである。先述のとおり攻略対象の婚約者であり、攻略対象はゲームの流れからか主人公に惹かれる。それが面白くない悪役令嬢は主人公に嫌がらせをしてくるのだ。主に権力を使って。
最終的にはそれが原因で婚約を破棄されたり、国外追放にされたり、ひどい場合は処刑されてしまう。これが悪役令嬢の辿る末路である。要するに、攻略対象を攻略するための障害であり、当て馬である。
だが、それはあくまでゲームシナリオにおける悪役令嬢の行動だ。現代社会の良識を身に着けた転生者であれば、悪役令嬢のような行動を取ることを抑制出来る。そうやって破滅の未来を回避することでハッピーな未来を目指すのが俗に言う悪役令嬢モノという立派なジャンルの一つだ。
……ということを第4話あたりでかいつまんで説明した気もするが、とにかくそんな感じの世界に128人をご招待というわけだ。
「はい、というわけで完全ランダムで転生先を設定致しました。それでは良い貴族令嬢ライフを!グッドラック!」
『えっ!?ちょっ!?うわあああああああ!!!!!』
128人分の魂は、謎の力に押され一斉に小世界へ放り込まれた。
「……すごいな、128人分の身分設定をやってピンピンしているじゃないか。しかも全員貴族だぜ?」
浮遊するデスクに腰かけたユニティが手を叩きながらデスクごと近づいてくる。フィオラは振り向かずにずっと小世界を見ている。
「昨日の時点で割と無茶していいと分かりましたから。それに、今回は身分設定以外の能力付与は行っていませんからね」
「僕だって厳しいんだからねそんなに付与するの。さて、これからどうなるのか楽しみだねえ……」
「フフフ……そうですね……では、行きなさいデスアメンボ」
怪しい笑みを浮かべたフィオラが下界に向かってデスアメンボを投げつけた。その数分後、光と共に一人の少女が目の前に現れた。
「おめでとうございます。そしてごめんなさい。あなたは乙女ゲームの主人公として選ばれた特別な転生者です」
転生から15年が経った。
名前の件はともかく、私は公爵令嬢という地位を、貴族を舐めていた。まず必死になって覚えたのは礼儀作法だ。貴族はこれを一つでもミスしたが最後、良くて後爵、当たり前のように貴族位の剥奪、悪くて国外追放、最悪処刑だ。
その覚えなければならないルールが非常に難解なのだ。相手の呼び方は自身と相手の格を考慮した適切なものを使わなければならず、上位の貴族に話しかけられなければ下位の貴族は発言すら許されず、ナプキンを最初に取るのは上位の貴族で、カップの飲み口は上位の貴族に向けてはならず、上位の、上位の、上位の……とにかく貴族社会では爵位こそが全てだ。悪質なマナー講師の転生者がルールを作ったんじゃないかと錯覚するぐらいだ。
私は公爵令嬢という立場から、そのあたりは有利に働いた。しかし、それでもまだ私は令嬢だ。私より上位の王族には先程のルールが適用され、爵位持ちの主人や夫人に対してはたとえ公爵令嬢といえど格が上になるのだ。それが最下位の男爵であろうと、だ。
最初に転生してきたのは128人だったが、今ではその1/4、32人ほどしか残っていない。正確に言えばこれから私達が入学する魔法学院への入学条件を得ている者が、だが。
魔法学院への入学は貴族しか許されていない。それは貴族のみが魔力を持つからだ。貴族は貴族同士で婚姻し、魔力を平民に与えないよう努力しているためだ。仮に平民と交わった場合は相手方の親族3親等を含めた一族は皆殺しに、貴族側は思想が穢れたとして修道院送りだ。
しかし、あくまで努力であるし、色恋沙汰はどう転ぶか分からない。秘密裏に平民との間に子を成し、世代を渡り切ってお咎めを受けなかった者も存在する。
それが今作の主人公。私と同世代で入学してきた光の魔法に長けた聖女。私の婚約者である王子を始めとして、近衛騎士団長の息子、宰相の息子、教皇の息子、著名な劇作家の息子、宮廷画家の息子、宮廷料理人の息子、暗殺者ギルドの長、他国の皇帝、果ては魔王ともフラグを建てられる
彼女は遥か前の世代に貴族と平民の間に子を成した者の子孫であり、平民にして魔力を持つ存在。幼い頃に魔力持ちであることが発覚したものの現行法では裁けず、15歳になったと同時に魔法学院へ特待生という身分で保護されるのだ。法律ガバガバじゃないか?いいのです、ゲーム設定の粗を指摘するのは余程暇な人だけですから。
しかし、そんな存在が貴族だらけの魔法学院で煙たがられるのはある種のお約束。貴族と交わった者の末裔──穢れた血──として蔑まれる立場にあるのです。
そんな彼女を先頭に立って虐めるのがこの私、アクヤークなのだ。原作の私は、それが
ですが、その行為を咎めるのが各ルートの攻略キャラ。私はどう足掻いても断罪される運命にあるのです。王子ルートと逆ハールートに至っては王子本人によって公の場で婚約破棄を言い渡されるテンプレざまぁコンボまで喰らいます。
アクヤークに転生した私の目的は3つ、1に断罪を回避するため主人公に優しく接すること、2に王子との婚約を無事に保つため王子ルート又は逆ハールートのフラグを折り、オトリツブシとかいうふざけた姓を捨てること、そして3が聖女に魔王を倒させるor魔王と結ばれてもらい世界平和を齎すことです。
ただし2の条件には障害があります。それが、私と同じ転生者の排除です。私の婚約者、イケメン・ライトブリンガー第一王子は作中屈指の人気を誇るメイン攻略キャラなので、狙ってくる泥棒猫は多いでしょう。にしてもひっでえなキャラのネーミング……
転生者の排除はスムーズ……というか半数が勝手に自滅してしまいました。ここに至るまで貴族のルールに反して入学許可を取り消され修道院送りにされた子達の多いこと。社交界デビューと同時にまだ幼いイケメン王子に殺到しまくった愚か者ばかりで困りますの。私が唆した方もおりましたが。だから32人しかいないのですね。
なんにせよ明日からが本番。明日からが学院の入学式。これから私の戦が始まります。
一方、乙女ゲー世界を眺めているフィオラ達。
「まさか本編開始前にこんな脱落者が出るとは……」
「現代社会からこういう封建社会に転生するとまず躓くのがここだからねえ。本編の描写外で貴族同士がバチバチにやっていたらこうもなるさ」
愚かにもイケメン王子などの攻略キャラへ身分差も弁えず突撃した結果脱落したり、社交デビューでアクヤークの罠にかかった者はいるが、それとは関係なく親が政争に敗れ追放されたり、親の不正がバレて一族ごと処刑されたりと自分のせいではない事案で不幸にも脱落した者もいる。あな恐ろしや競争社会。
ちなみに脱落者というのは攻略キャラ以外の人間との婚約を勝手に組まれた者も該当する。貴族の婚姻は親が決めるものであり、当人同士の恋愛結婚はかなり稀だ。こればかりは仕方ないが、良き相手であったならまだ幸福と言えよう。
しかし、彼女達128人(もう32人しかいないけど)は全員このゲームのユーザーである。当然攻略キャラしか目に見えていない。攻略キャラ以外のモブとの結婚は屈辱でしかないのだ。
「しかし、やはりこれはアメンボ転生よりも見応えがありますね。見て下さい、先程校門でアクヤーク嬢に話しかけて即不敬罪を言い渡された子の醜い足掻き。人間の本性が出る瞬間ってたまらなく最高じゃないですか?」
「フィオラ、君はデスゲームの運営とか向いてるよ」
「デスゲーム世界に入れるのもいいですね。ゲンファン様、そういう世界ありません?」
「アレは主人公格とライバル枠に頭のいい人入れないと面白くないよ」
「あるんだデスゲーム世界……おっと、ある意味ゲームマスターと言っても過言ではない者の登場ですよ」
場面は主人公の初登校シーンである。聖女とは名ばかりの穢れた血が入学することは学園中の話題となっている。特徴的な桃色の髪は光魔法の適性を表すため、染めてしまったら教師側から特待生と認定されなくなる上に聖女バレせざるを得ない。
周囲の令息令嬢は流石にここまで生き残ってきただけあって遠巻きに眺めて毒を吐くぐらいしかしていない。
「穢れた血が何故ここにいる」
「不貞の末裔め地獄に堕ちろ」
「何が聖女だ売女の間違いだろ」
「平民が呑気に歩いていい場所ではない。キョロキョロするな」
「みんなああ言ってるけど、俺だけはああいう子が好みなんだよな」
「聖女の良さを分かっているのは俺だけだからな」
「部屋に連れ込んで聖女ックスしたい」
門を潜って5秒も経たないうちに思いっきり聴こえるようにひそひそ話を浴びせられる主人公であったが、特に気にする様子はない。むしろ魔法学院の壮麗さに目を奪われているようだ。
あと迷ってる。どこに行けばいいか分からない。周り全部貴族だから話しかけるのは無理だ。一応学院内ではそういう面倒な制限が緩和されるのだが、彼女はまだそれを知らない。
『お困りのようですわね!』
と、そこに颯爽と現われたのが公爵令嬢アクヤーク……と残りの30人(さっき1人脱落した)の転生者。そう、全員このゲームのヘビーユーザーであるため、開幕主人公を懐柔しようとしていたのだ。
「あ、あの……?」
「……オホン!皆様、彼女は大勢で押しかけられてより一層お困りの様子。ここは公爵令嬢である私にお任せ下さいませんこと?」
(チィッ!アクヤークめ!転生ガチャで
(お黙りなさい
というわけで主人公の案内はアクヤークに任す事になったのだが、それを見ているフィオラはだらしなく破顔していた。
「人間って……愚か〜〜〜!」
「悪役令嬢善人化転生のトロの部分とはいえ、よだれは拭きなさい。大トロの破滅回避シーンまで飛ばす?」
「そうですね。善人化した悪役令嬢に攻略キャラが絆されていくところとか興味ないですし」
「人によってはそっちの方が大トロじゃないかなあ……」
というわけでシークバーをいじっていく。無事に主人公とアクヤークの二人は攻略キャラと顔合わせを終えて学園生活を満喫するターンとなった。
主人公への悪感情を持つモブ生徒のやっかみは、公爵令嬢アクヤークがバリアとなって防いでいる。他の転生者は主人公への介入を早々に諦め、攻略キャラと関係を作る事に尽力した。
だが、そこは乙女ゲームの攻略キャラ。原作では正解の選択肢を選んでいれば良かったものの、緻密に練り上げられた設定から来る面倒臭さをフリートークで突破するのは至難の業である。
仮に正解の選択肢を選んだとて、それは主人公が発した言葉だからこそ効果のあるものであり、どこの馬の骨とも知らぬ男爵や子爵が言ったところで何も響かない。むしろ平民出である事が効果的であったものもある。
あと大前提として攻略キャラみんな主人公みたいな見た目と性格の人が好みなのだ。それ以外の人からアプローチをかけられてもよほどの事が無い限り塩対応で返す。他25人(また5人減った)の攻略は難航していた。
それは、メインヒーローことイケメン王子であってと同じなのだ。アクヤークと婚約関係にあるものの、それは王家と公爵家で勝手に決めたものであり本人は一切乗り気ではない。
アクヤークの容姿も性格も好みからは外れている。性格は多少直ったようだが、前以上にこちらをチラチラ見てくるようになった。おそらくこれは今まで冷遇されてきたことからあえて自分好みに性格を直してきたと見せかけるための演技だ、とイケメン王子は思っていた。
長いこと家臣達による王位継承権争いに巻き込まれ、何度も毒殺の危機を直感で回避し、擦り寄る貴族達を捌いて来た経験が、王子を人間不信に陥らせてきたのだ。
だが、王子は顔合わせの瞬間、生まれて初めてアクヤークを内心で褒めた。自分の好みドストライクな子と仲良くなっているではないか。しかも面倒臭い貴族とは違う、魔力持ちの平民。
誰が魔力持ちの平民を穢れた血などと呼称したのか。近親交配を繰り返して魔力と利権を独占している貴族どもの方が余程穢らわしいではないか。そのくせ、魔力持ちの平民との婚姻は身分差を考慮せず婚姻させているくせに。
彼女は私が救わなければならない。たとえ王子の身分を捨ててでも。あの子を救えるなら面倒な王位など
「いやー、すごいッスねイケメン王子。主人公に対しては完璧王子様ムーヴ決めてるのに、隣のアクヤーク嬢への見事な塩対応」
「王位継承者としては失格だけどね。色恋に負けて責務を放り投げるのは王族としてどうなんだろうね。それ言っちゃうと大抵の攻略キャラがそうなんだけど」
「昨今は攻略キャラの頭の足りなさを揶揄する創作も増えていてね。でも仕方ないじゃない、現代社会受けするように作られた設定に翻弄されているんだから」
「おい、それよりボクにとっての
このゲームは恋愛が主題だが、それはそれとして学院の卒業時に起こる魔王の侵攻を阻止しなければならない。
そのため主人公は恋愛イベントをこなしつつ自己を鍛え魔王を倒せるまでにならなければならない。そのため、定期的にダンジョンへ攻略キャラ達と潜る必要があるのだ。
ちなみに魔王エンドか逆ハーエンドの条件を満たしていれば侵攻そのものがなくなるのだが、そのためには魔王が狂う前(2年生終了前)に魔王城へ乗り込んで魔王より強い裏ボスである邪神を倒さなければならない。
なので目指すエンドによっては攻略を急がなければならないのだが、主人公は一向にダンジョンへ行かず恋愛イベントばかりを進めている。その様子に危機感を持ったアクヤークは同じ志を持つ転生者と共にダンジョン攻略に乗り出していた。
(まずいですわ……!おそらくあの主人公はこのゲームの素人どころか何も知らない!このままでは魔王侵攻による絶滅エンドを迎えてしまいますわ!)
アクヤークは恋愛イベントを捨てて、ダンジョン攻略ばかり進めていた。意中の相手を落としたところで人類が絶滅したら意味がないからだ。
「単調すぎる。飛ばしてくれ」
ダンジョンを見たかったルインは飽きた。そりゃダンジョンはおまけみたいな要素なんだから彼の求めるクオリティに達していないのは当たり前だ。乙女ゲームなのに本格的ダンジョンがくっついていたらRPGに恋愛要素が追加されていると言われかねない。
ともかく2年の終わりぐらいまで飛ばしたフィオラだったが、何やら様子がおかしい。アクヤークの前に主人公と攻略キャラが勢揃いしているのだ。
「アクヤーク、頼む!私達を魔王城へ連れて行ってくれ!」
「ど、どういうことですの……!?」
「魔王復活の兆しが見えたのです!それもあと数週間……聖女としてこれを祓わねばならないのに、私には実力が足りない……!どうか、魔王討伐に協力してください!」
アクヤークは何を今更とか、おせーよ!とか思っている。だが、ここで主人公の頼みを断れば王子の不興を買って婚約破棄。あるいは魔王を倒せず絶滅。この先を知っているアクヤークとしては協力せざるを得ないのだった。
ロクにダンジョンへ潜っていなかった主人公や王子達は最初は使い物にならなかった。しかしここは自分の株を上げるためにもと、アクヤークは頑張った。彼女は単独であることを除けば魔王打倒に十分なレベルを持っている。
そうして魔王城を踏破する頃には主人公達のレベルもアクヤークに迫っていた。アクヤーク自身は余計に上がっているが、アクヤークには2つの懸念があった。
①魔王は余裕で倒せるが、その後の邪神突破には少し足りない戦力である。
②攻略キャラが全員ついていてレベリングしちゃったから余計に好感度上がってね?こいつさては逆ハールート狙ってね?
だとすると①が引っかかる。逆ハールートのセオリーは恋愛イベントはほどほどにまずは邪神討伐可能レベルまで引き上げ、3年になってから恋愛イベントを全消化するというものだ。だがダンジョン攻略をしていないためセオリーからは外れている。
というかアクヤークがいなかったら魔王城のモンスターにワンパン喰らって退散がオチだ。元プレイヤーだとしたらあまりにも常軌を逸した行動だ。やはり彼女は何も知らないのではないか?
「……何故人間がここにいる?お前達の来るべきところでは」
「考え事してんだから話しかけてくるんじゃねーですの!!!」
「ぶべぇ!!!!!」
というわけでさっさと魔王を囲んでリンチしたが、問題はこの後に控える邪神戦。倒した魔王から巨大なダニみたいな影が出現したが、勝算は今のところない。
せめて自分が主人公であったなら使える手が一つだけはあるが、そうではない。アクヤークはやられて帰還するのを覚悟していた。
「我ハ、邪神ブッコロス……全テノ生命ヲ破壊シ、ソシテ我モ消エヨウ……永遠ニ!」
本当にひどいネーミングだなと思う。ちなみに魔王の名前はミナゴロシだ。開発陣の脳内がどうなっているのか覗きたい。
「ウギャアアアアア!!!!!」
「……え?」
しかし、そんな事を考えているうちに邪神は眩い光と共に消滅していた。アクヤークは恐る恐る後ろを振り返ると、主人公が腕を振り切っていた。
(や、やりやがりましたの……!こいつも、転生者……!)
アクヤークは今の一撃で確信した。あれこそ低レベルで邪神討伐を可能とする唯一の策、前世では「もちよ式エナジーボール
主人公の使える最弱単体攻撃魔法エナジーボールは対象を選択してから6F以内にキャンセルをすることで発動した扱いになる。それを何百回と繰り返すだけの単純な技だ。
だが、それを一発成功させられる人間は極めて限られる。それもボタン操作ではない現実で……RTA走者でも2〜3ターンかかるであろうソレを出来るのはただ一人……
「もちよ様……?」
「アクヤーク様におかれましてはご機嫌麗しゅう。我々のレベリングと魔王討伐幇助、誠にありがとうございました」
主人公は倒れた魔王を抱き抱えながら、戦慄しているアクヤークの側に寄る。
「私の目的は魔王エンドの達成、ただそれだけです。貴方の王子様には今後一切手を出しませんのでご安心ください。もし私の邪魔をしようものなら……こうですからね?」
右手にエナジーボールを出現させた
その後の学院生活は平穏そのものであった。
あれから主人公は一切他攻略キャラには手を出さず、何故か学院に転入してきた魔王ミナゴロシとイチャイチャしてばかりいる。
アクヤーク達8人の転生者(他は学院生活途中で結婚したため中退した)は攻略どころではない。このゲームの逆ハールートany%の世界記録保持者が目の前にいるのだ。彼女から攻略法を聞き出すなどして良好な関係を築いていた。
婚約破棄イベントも起きなかった。婚姻は親同士が決める事であり、子が勝手に言い渡すのは御法度である。原作では度重なる主人公への嫌がらせをまとめて父王に報告したため婚約破棄が成立したので、別に王子が勝手に言い渡したわけではないというのは製作陣の名誉のために言っておく。
何か瑕疵があれば婚約破棄まで持って行こうと画策していたイケメン王子だったが、アクヤークに隙は無かった。それ以前に愛する主人公の親友を追放なんか出来ない。二人とも、自分の前では決して見せないような笑顔を(RTAの話で盛り上がっているため)浮かべているのだから……
「というわけで第1回異世界転生婚活パーティーの結果は、128人中8人……いや、129人中9人成立!予想では全滅か、良くて1人だと思っていましたが……望月さんのおかげで終盤が盛り上がりましたよ」
「本名ではなく
婚約破棄をせず卒業後結婚したイケメンとアクヤーク以外の転生者も各攻略キャラと結婚する事が出来た。あの時点まで貴族として生き残っていたことで最低限の礼儀作法を身につけ、アクヤークとのレベリングで屈指の魔法使いとして成長していたため攻略キャラを有する公爵家や侯爵家などから婚約の申し込みが殺到したからだ。
そうなるよう仕向けたのはもちよ自身だ。アクヤーク達128人がプレイヤーであることを知っていた彼女はあえてダンジョン攻略をしない事でプレイヤー達の危機感を煽り、自主的なダンジョン攻略を促したのだ。
なおもちよはこのゲームの世界観の隅から隅まで舐めるように暗記しており、この世界の成り立ちと各エンド後の考察まで動画内で解説するほど極まったオタクであることを付記しておく。
「しかし、転生前はせっかくの転生なんだから1周目引き継ぎなし逆ハールートany%を走ると言っていたのに、何故魔王エンド単体に切り替えたのですか?」
「アクヤーク役の方のイケメン様への熱情に影響されて……というのもありますが、せっかく彼女達を幸せにするついでにやりたい事が出来まして」
「やりたいこと……?」
「ミナ様以外の攻略キャラ全員にバームクーヘンを食べさせたらもっと面白いと思いまして」
フィオラは戦慄した。一見意味のわからない言葉だろうが、このゲームにおいては重要な意味を持つ。
年輪のごとく積み重なり、切っても切れないバームクーヘンは関係が長く続くという意味で結婚式の引き出物として採用される。裏を返すと結婚式に呼ばれた=失恋したとも捉えられるのがこのバームクーヘンなのだ。
このゲームでは結婚成立まで好感度が上がったのに好感度1位ではなかったため結婚出来なかった好感度2位のキャラクターからエンディング後手紙が届く。その内容の未練がましさととんでもない長さの長文、それが先述の文化と合わさったことでこの手紙のことをバームクーヘンと呼称するのだ。
各キャラの攻略だけでなく、バームクーヘンを収集するのもこのゲームの目的である。もちよはこの世界が現実であるということを利用して、魔王以外のキャラからバームクーヘンが一斉に届くよう調整したのだ。
「そ、そうですか……それで、どうなさいますか?特別転生に巻き込んでしまった貴女は現世へと帰ることも出来ますが……」
「とんでもない!せっかく最推しと結ばれたのに現世へ帰るだなんて!両親には悪いですが、私はアメンボで死にましたという事にして下さいまし」
「あ……はい……ところで、コマンド選択が見える以外のチートとかついでに要らないですか?」
「不要です。これからミナ様との結婚生活を謳歌しますので。それでは、お世話になりました」
もちよはカーテシー(ドレスの端をつまんで広げて左足を曲げてお辞儀するアレ)を決めて、小世界へと飛び込んでいった。
「いやー、楽しかったねフィオラ!第2回はどの世界でやろうか!」
「すみませんユニティ様……しばらくこの企画は凍結とさせてください……」
今度やるにしても二度とあのようなバケモノを混ぜないようにしよう、乙女ゲーマーの熱意を見誤っていたフィオラはそう決意するのであった。
異世界転生選別課~チート能力をくれる女神、苦悩の毎日~ うぃんこさん @winkosan
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