第1話(3)
『「恋愛感情を抱き、無理やり関係を迫ってしまった」女性教師・二十四歳、飛び降り自殺を図る』
11月16日、私立栄理都高校の女性教師(24)が校内で飛び降り自殺を図った。
女性教師は教え子である生徒に対してわいせつ行為を行っていたことが発覚した直後で、飛び降りを行う直前に学校関係者へ「自殺して責任を取る」という旨のメールを送っていた。
その後、女性教師は意識不明のまま病院に運ばれたが、翌日の11月17日に死亡が確認された。
教育委員会は……。
「……やっぱり」
記事に書かれた「死亡」という文字を見て、一条は小さく呟いた。
(……分かってたわ。そもそも死ぬ気だったんだもの)
「でも、複雑ね……」
一条は未だ現実に意識があるのにもかからず、もう一条麗華としての人生を送ることはできない。
一条の身体はまだ生きていて、最終的に一条の意識が身体に戻ってハッピーエンドという漫画のようなご都合主義の未来は失われたわけである。
(つまり、私はもう過去の人……)
「なら、この身体に宿った「
一こよりとして再び命を得てしまった自分はどう生きればいいのだろうか?
自分は「一条麗華」として生きていけばいいのか?
または自分という存在をなかったことにして「一こより」として生きていけばいいのか?
一こより本人の意識は本当に消えてしまったのか?
自分がいつまでも一条麗華として存在し続けられる保証は?
(そもそも自分は本当に一条麗華なのよね……?)
思考を巡らせれば巡らせる程、答えの出せない問題たちが一条の前へと迫って来る。
一条は何一つ百点満点の解答を出せない。
それはまるで真っ暗闇に包まれてしまった森の中で彷徨っているかのよう。
孤独と絶望と不安が心を少しずつ押しつぶしていき、一条は徐々に歪んでいく。
「こより、お待たせ」
「俺たちがいなくなって泣いてないか……って、おいおい。どうしたんだ!?」
医師との話し合いを済ませ病室へと戻って来た一歩と知世が慌てて一条のもとへと駆けよって来る。
「こより、何があったんだ?」
「どこか痛いところでもあるの?」
「違うんです……痛いとか何かあったとかではなくて……」
一条は嗚咽を漏らしながら、ポツリポツリと言葉を口にする。
「突然こんなことになって、何も分からなくて。私、不安で仕方がないんです……」
「こより……」
一歩と知世は顔を見合わせると一つ頷き、大粒の涙を流し続ける一条の身体を抱き寄せる。
「大丈夫よ、こより。どんなあなたでも、あなたはあなたなの」
「そうだぞ。不安に思うことなんて、これっぽちもないんだ。それに分からないことはオレたちが教えてやる。だから、泣くな」
「……」
不安の種は何一つ減りはしないが、一条の心はふわりと軽くなる。
一条が抱えるものと二人が考えているものは違うはずだ。
けれど、二人の言葉に込められた愛情はこよりでありながらこよりではない存在に向けられたものだ。
(本当になんていい人たちなんだろう)
これ以上にないくらい優しく愛情深い父親と母親に囲まれ、一条は一つの決意をする。
(こよりさんが生きているかは分からない。でも生きていると信じたい。だから、私は一こよりとして生きよう。
「……お父さん、お母さん」
一歩と知世は
その後、幸せそうな笑みを浮かべてこよりをより一層力強く抱きしめた。
それから五か月の月日が過ぎた。
新調したスマホから「ピピピ……」と無機質なアラーム音が部屋に響き渡る。
「ん……」
こよりは布団の中らから腕を伸ばし、スマホのアラームを解除する。
折り畳み式のカバーがついた一こよりのスマホと違って、背面に透明カバーを付けただけのものなので、スマホの画面を見ずとも画面上で指を走らせるだけで音が消える。
目覚めたばかりの目には少々明るすぎるスマホの画面光に目を細めながら、現時刻を確認する。
午前六時、今日から始まる新しい日常のためにセットした時間だ。
「起きないと……」
そう呟きながら布団から出るとピンクと白を基調とした可愛らしい部屋の色が視界に飛び込んでくる。
ここは一こよりの自室。
この光景は
こよりは部屋と同じピンクと白のパジャマに脱ぎ、壁にかけられたセーラー服を手に取る。
かつて、一こよりが着ていた制服だ。
「人生二度目の高校生活。不安なところもあるけれど、楽しくなってる自分がいるのよね。不思議……」
制服に身を包んだこよりは鏡の前で自分の制服姿を確認する。
病室で目を覚ましてから半年が経ち、もうすかっり慣れてしまった
こよりは高揚感のあまり、鏡の前で身体を捻ってスカートをはためかせる。
ちょうどその時、部屋の外からこちらに向かってくる軽快な足音が聞こえてきた。
「こより、起きてるかしら?」
「今日は入学式だってこと忘れてないか?」
そう言いながら勢いよく部屋に入って来るのは一歩と知世だった。
二人は笑みを浮かべながら鏡の前にいるこよりを見てニヤリと口角を吊り上げる。
「あ、あのこれは……!」
「いいのよ。楽しみだったのよね?」
「今のこよりのとっては初めての高校だからな。楽しみになるのも無理はないぞ」
こよりはカーッと顔の温度が上がっていくのを感じながら口をパクパクとさせる。
「い、今準備してるので、下で待っていてください!」
「はいはい……怒られちゃったわ」
「うちの娘は怒った様子も可愛いな」
一歩と知世はニコニコしながら部屋から姿を消す。
「もう、お父さんとお母さんったら……」
こよりはふうっと溜息をつく。
(……準備もしないといけないけれど、もうちょっとだけ)
「あ、そうそう」
「うわっ!?」
一階のリビングに戻ったはずの知世が突然顔を出してきた。
「朝ごはんはもう用意できてるから、冷めないうちに食べなさいね」
「あ、はい……分かりました」
「あと、いつまでも鏡の前にいるんじゃなくて、ちゃんとも準備するのよ?」
そう言うと、知世は今度こそ一階へと降りていった。
(穴があったら入りたいわ……)
嵐のような二人が去った部屋で、こよりは恥ずかしさのあまり悶え苦しむことになった。
そして、準備ができてもしばらくは部屋を出ることができなかった。
こよりの家から電車に揺られるほど約三十分。
駅を降りてすぐ目の前にある山を登った先にかつてこよりが通っていた――これからこよりが通うことになる私立百合ノ花高校がある。
(私、ちゃんと女子高生やれているわよね?)
駅を降りる頃にはこよりと同じ制服に身を包んだ少女たちで周囲はいっぱいになっていた。
現役女子高生から溢れ出す若さに満たされた空間は、精神年齢が二十四を過ぎているこよりにとって異次元の場所であった。
(……何だか悪いことをしているような気分だわ)
当然、こよりと同じ精神年齢の生徒はいないので場違い感は半端がない。
「大丈夫よ……私だって一度は女子高生を経験してるんだから……」
こよりはそう自分に何度も言い聞かせる。
しかし、そっちに気を取られ過ぎて前が見えていなかった。
横断歩道の歩行者信号の色が赤になっていたことに気が付かなかったのだ。
「おい!」
「うわっ!?」
突然、何者かに制服の首元を掴まれ、後ろへと引っ張り込まれた。
直後、車が猛スピードでこよりの前を横切っていく。
助けがなかったら死んでいた。
そう気付いた瞬間、こよりの頭は真っ白になった。
「何考えてるんだ!?死にたいのか!?」
こよりを助けた少女が怒鳴り声を上げる。
しかし、その声は一条にとってとても聞き覚えのある声だった。
あの日、屋上で自分の名前を呼んでいた声にとても似ているのだ。
こよりは恐る恐る視線を声の主の方へと移す。
そして、自分の目を疑った。
(……嘘。これは夢?)
こよりの目の前にいたのは、自分と同じセーラー服に身を包んだ美嶋優であった。
一条麗華はここにいる 縞乃聖 @shimanosei
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