(7)星見の苦しみ

「……えっ?」

 さすがに、言葉が出なかった。

 悧月の目を見つめると、瞳の中には花墨と同じように、まるで炎のような怒りの熱が秘められている。

「これでも僕は怒っている。高鳥が黒幕なら、彼は君の家族を奪い、バーネット氏の妻子を含め何人も殺し、ついに僕の家族も狙った。……仇は必ず取るから、星見の力は使わずに取り込まれないようにして、その時を待っていてくれないか?」

 その声は辛そうでもあり、そして花墨をいたわっているようでもあった。

 けれど。

 花墨の心は、一気に冷静さを取り戻していた。

 悧月の目を、冷ややかに見つめ返す。

「悪いけど、先生は甘いと思います。憑捜と協力? 剣さんが、高鳥屋百貨店に行くことさえ躊躇したのを忘れたんですか? 相手は華族とも繋がりのある、政財界の大物です。そんな人をまともに罪に問おうとしたら何年かかることか。できるかどうかもわからない、その間にも被害者は増える」

 すっ、と、花墨は悧月の手の中から自分の手を引き抜いた。

「償わせてあげようなんて、私は思ってない。『復讐』したいの。千代見姫を消し去れればいいと思ってたけど、高鳥氏が裏にいるなら高鳥氏も殺す。星見はそのための切り札、私はどうなってもいい」

「花墨ちゃん……」

 唇を噛む悧月は、辛そうだった。


 やがて呼び鈴の音がして、玄関ホールが騒がしくなる。医者が来たのだ。

「ちょっと、僕も先生の話を聞いてくる。待ってて」

 悧月は応接室に向かった。

 花墨が割れた湯飲みを拾っているところへ、シノが戻ってくる。

「まあまあ時庭様、私が片付けますから」

「あ、はい、じゃあ踏まないように壁際に寄せておきますね」

「ありがとうございます。時庭様はお怪我ございませんか?」

「私は何とも。あの……ちょっとかわやをお借りします」

「どうぞどうぞ。ええと、白湯、白湯」

 バタバタと湯を沸かそうとしているシノを置いて、花墨は食堂を出た。玄関と反対の方へ廊下を進む。

 奥の暗がりまで来た時、花墨の両手がスッと上がった。

 彼女自身の首を捕え、ギリギリと締め始める。

「……ほし、み」

『どうしてじゃ!』

 花墨の前に、目を吊り上げた星見の姿が現れた。花墨の手に星見の手が重なり、首を絞めている。

『ははうえさまは、ほしみをおいていった。やっとあえたのに、ほしみをみてくださらなかった。どうしてなのじゃ!』

 彼女は怒りと悲しみのあまり、涙をこぼしていた。

『ほしみは、ははうえさまとおはなししたい! どこにいった!?』

(星見……こんなふうにしか、怒りを表現できないなんて……それとも、憑いている私が復讐にかられているから……?)

 そんなことを思いながら、辛うじて花墨は声を出す。

「っ……探そ、星見」

 星見は花墨をじっと見つめてから、手を自由にした。

「ごほっ、けほん」

『……さがす? かすみ、ははうえさまをさがしにいってくれるのか?』

「うん。私も、すぐにでも、千代見にもう一度会いたいの」

 花墨は顔を上げ、浮かぶ星見と視線を合わせる。

「千代見の居場所、まだ手がかりはあるから。だから一緒に探そう、星見」


 廊下を戻ると、応接室から悧月が出てきた。

「先生。誠子様は……?」

「うん、大丈夫。意識も戻ったし、ちゃんと誠子さん本人だった」

「よかった。……先生」

 花墨は改まって、悧月を見上げる。

「私、今日は帰ります」

「えっ? いや、今は一人になったら危ないよ!」

「それこそ星見がいるから、大丈夫だし……先生の言ったことも、ちゃんと、ゆっくり考えてみようと思います。明日も仕事だし、ちょっとだけ日常に戻って、冷静になりたい」

「あ……そ、そうだよね」

 まだ迷いがあるようだったが、悧月はうなずいた。

「うん、君が日常に戻った風を装ってくれた方が、脅しに屈してあきらめたように見えなくもない、か……」

「本当だわ、その通りですね。目を付けられてしまったなら、いったんはおとなしくしてやり過ごしましょう。私たち、しばらくお会いしない方がいいですね」

 きっぱりと言う花墨に、悧月はあわててすがるような言葉を口にする。

「花墨ちゃん、君の無事は確認していたい。いつも」

「じゃあ……ひとまず明日、お電話してもいいですか?」

 花墨は提案した。

「『カメリア』の電話を借りるわ。誠子様の様子も心配なので」

「……わかった。待ってる」

 ようやく悧月も納得した。


 悧月は彼女を外まで送り、医者を乗せてきたタクシーに花墨を浅草まで送るよう頼む。終わったらまた薬師寺家に来てもらい、医者が帰る時に乗れるようにするという手はずだ。

 花墨はタクシーに乗る前に向き直り、きちんと頭を下げた。

「じゃあ、失礼します」

「くれぐれも、気をつけるんだよ」

 心配そうな悧月に、彼女は口元を少し緩めてみせる。

「はい。先生も……皆さんも、気をつけて下さいね」


 薬師寺家を後にしたタクシーの中には、エンジンの音が響いている。

 心地よい振動を感じながら、花墨は座席にもたれた。

(先生は、私がとり憑かれたら殺すと、約束して下さった。自分にはそれができる、と。……陰陽師の力を持っているからだったのね)

 窓の外を眺める。時々、街灯や家々の灯りが浮かび上がるが、すぐに墨を流したような闇夜が広がる。

(特別な力が、私なんかを殺すためにあるなんて、先生には思ってほしくない。やっぱり、私一人でやるべきだった。……今からでも)

 花墨はすでに、次の行動を決めていた。

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