(6)悧月の秘密

 抑えた声で、悧月は続けた。

「二つ下の弟には、弱いながらも力があった。だから、両親は長男の僕ではなく、弟に家を継がせる決断をした。当然だよね。でも、さすがに僕は居づらくなってしまって」

「じゃあ……それで『東京市の中学校に行きたい』ということにして、武雄様のこの家に来られた……」

 実家と折り合いが悪いのは、そういういきさつだったのだ。

「花墨ちゃんの事情を聞いて、『僕に力があったらもっと助けられるのに』とずっと思ってたよ。けど……まさか君と別れた後、戦場で力に目覚めるなんて」

 悧月は自分の両手を見つめる。

「……戦場ってね。当たり前かもしれないけど、様々な怨念が渦巻いているんだ」


 仲間の何人かは怨霊に取り憑かれて、正気を失い戦って死んでいった。死と血の匂いが充満する中、悧月は思ったのだ。

『何とかしなくては』

『死なせたくない』

『死にたくない』


「気づいたら、子どもの頃に教わった呪文を叫んでいた」

 ――遠つ御祖の神、禍事を祓い、清め給え――


「すると急に、憑かれた人から怨念が抜けていって……でも……あんな場所で正気に戻して、彼らのためになったのかどうかはわからない」

 自分が何をしたのか混乱したまま、悧月はかろうじて生き延びた。

 しかし、落ち着いて気づく。

 髪が、真っ赤になっていることに。

 このままでは花墨の白い髪と同様、『憑き病』を疑われる。悧月は頭に怪我をしたように装って、包帯をぐるぐるに巻いて隠し、日本に帰るまで誤魔化した。その後は、鬘で隠していたのだ。


 復員した彼は、起こった出来事をすべて武雄に打ち明けた。

 武雄は、悧月の母の弟だ。身内に陰陽師の力があることをもちろん知っていたし、自分にはその力はなくとも興味を持って研究し、そのうちに歴史を教えるようになった。

 悧月の話を聞いた武雄は、とある古い文献を見せた。

 それは、徳川の世の初期に描かれた絵巻物だった。陰陽師が妖怪を調伏している様子が描かれているのだが、陰陽師の髪が赤く彩色されている。

「この赤は、長らく怒りの表現とされてきた。しかし最近になって、陰陽師の子孫で、強い力を秘めた者の特徴らしいとわかってきた。お前も、そうだったんだな」

 叔父の言葉に、悧月は歓喜した。

「僕は出来損ないじゃなかった。叔父さん、この力があれば、憑き病や怪異を何とかできますよね⁉」

 頭にあったのは、十二階下で別れたきりの花墨のことだった。

(今さら実家の人々に認めてもらおうとは思わない、弟の座も奪うつもりはない。でも、あの子が今も困っているなら。また会えたなら、せめて)

 武雄は慎重に答える。

「一部の人間は治せるだろう。しかし、強力な怨霊、怪異もいる。その力は万能ではない」

「それでも、憑捜に捕まる人間を少しでも減らせる!」

「確かにそうだな。だが、おおっぴらにはやるな」

「なぜです⁉」

「患者が殺到するぞ。そうなれば、いずれ憑捜にもバレてお前はマークされる。お前の元を訪れる人物を捕まえれば簡単だからな」

「あ……」

 例えばもし、悧月が花墨の解呪に失敗したら。悧月を見張っていた憑捜が待ち構えていて、花墨を捕らえるだろう。

 武雄は、悧月の両肩に手を置いて、言い聞かせた。

「私は仕事上、怪異の話を聞くことがある。お前も編集者からそういう話を聞くだろう。信用できる者に仲介させて、お前の手に負えそうな者だけひっそり助けてやるだけにしなさい。いいな?」

 悧月は、うなずくことしかできなかった。


「花墨ちゃん。君と再会できて、僕は本当に嬉しかった」

 そう言いながら、悧月は暗い視線を床に落とす。

「今さらこの力が目覚めたのは、きっと君を助けるためだったんだ、そうできたら僕の存在にも意味がある……とね」

「……先生……」

「でも、僕の潜在能力は目覚めたばかりだ。修業は再開したけれど、できるのは憑いてる怪異を追い払うことくらい。調伏までできるようになるには、もっと長い修行が要る」

 本来、陰陽師になるには、脈々と受け継がれてきた知識を元に禊や修行をすることが必要である。

 悧月には、実家を飛び出すまでのわずかな基礎しか、作られてはいなかった。

「千代見姫について詳しいことがわかってくると、ますます僕の手には負えないと理解せざるをえなかった。僕は勝手に自分に失望してガッカリしたわけだ。君に黙っていたのは、そういうみっともない事情があったのと、僕に星見を解呪される、と君が警戒してまた姿を消してしまうのを恐れたからだ」

 悧月は、誠子が落としたショールを拾い上げる。

「……『式』の力が抜けてる……千代見姫を呼び出し終えて、ただの刺繍になったか」

 赤い鳥の刺繍を見せられ、花墨は「あっ」と声を上げた。

「赤い刺繍……赤い髪……! まさかこの刺繍に、陰陽師の誰かの髪が混ざっている?」

「おそらくね。高鳥秀一は、赤い髪が仕込まれたショールを式神のように使ってるんだ。ショールが標的の手に渡るようにしておいて、標的の元へ姫を呼び寄せている」

「千代見姫は、『あいつの匂い』がどうこうと言っていたわ。この髪の持ち主である陰陽師に何か恨みがあって、ショールを持つ者、髪の匂いがする者に復讐しなければと思い込んでしまう」

 それを高鳥に利用され、高鳥にとって邪魔な人物を襲うように仕向けられているのだ。バーネット氏の件も、それでだろう。

「身内も殺すのは、姫の狙いが『陰陽師の血筋に連なる者』だから……? 根絶やしにしようと?」

 花墨の言葉に悧月はうなずき、そして静かに続けた。

「高鳥秀一は、僕たちが高鳥屋をかぎ回っていると気づいて、千代見姫を差し向けることにした」

 そして武雄にショールを送りつけ、誠子に渡るようにした。誠子に直接送りつけなかったのは、武雄が帰宅するタイミングで事を起こしたかったからだろう。薬師寺家の人々が揃っている時間に、ということだ。

「失敗はしたけれど、脅しとしても十分すぎる」

「あ……」

 花墨は表情を歪めた。

「ごめんなさい……私が、巻き込んでしまった」

「謝らないで。被害者は君の両親だけじゃない。君だけの問題ではないとわかったんだから」

 悧月は、花墨の手をとった。

「高鳥を野放しにはできない。僕は、陰陽師の力があることを柊士郎に話そうと思う。場合によっては、全面的に憑捜に協力する」

 それは、憑捜に追われる可能性のある花墨とは、相容れない考えともいえた。

 花墨が戸惑っている間に、悧月は言う。

「だから花墨ちゃん。この件はもう、僕と柊士郎に任せてもらえないかな」

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