12月19日 金曜日 雪焼けの香り③

 人の少ない所に移動して教えてもらうことになった。僕に教えてくれるのが松村まつむら先輩、楽斗らくと衣緒いおさんになった。


 「まずはブーツの締め方だけど下の方のバックルから締めていって一番上のバックルを締めた後にその上にあるマジックテープのベルトを締めたら大丈夫だよ。最初にスキーウェアのパウダーガードをブーツの中に入れることを忘れないでね、パウダーガードって言うのはこれのことだよ。」


 1つ1つの手順を守ってスキーブーツを履いていく。


 「こんな感じで大丈夫ですか?」


 「良い感じだよ。じゃあ、ストックを持とうか。こうやって手首に紐を通して紐を手のひらで抑えながら持つ。こんな感じでね。」


 ストックを持つ。思っていた持ち方じゃなくてなんだか持ちにくい。


「後はスキー板を履くだけだけど、その前にブーツの底についちゃった雪をストックで払おうか。」


 先輩の動きをまねてみたけど上手くいかない。ブーツが重くて足が上げにくいしストックでブーツの底を叩くのも狙いが定まらなくて難しい。


 「結構、難しいですね。」


 「まだ初めてだからね。履くたびに払うことになるから今日の間に慣れるよ。コツなんだけどこのあたりを叩くと払いやすいよ。」


 先輩が僕の横で少しかがんでブーツの底についている雪を払ってくれた。


 普段の感じることの無い先輩の髪の毛の香りがスキー場の澄んだ空気のせいもあってか雑味のが無く肺に入ってくる。


 「よし、このくらいで良いかな。まずは右足のスキー板を履こうか。」


 つま先の部分をしっかりとかみ合わせて履こうとしてもかかとの部分が浮いてしまって履けない。


「あ、言うのを忘れてたね。スキー板の足を乗せる所をビンディングって言うんだけどそれのかかとを乗せる所が上がった居るの見える?」


 この起き上がっている部分だろうか。


 「この部分ですか?」


 ストックで指して聞いてみる。


 「そうそう。足に体重を乗せながらここを押してみて。」


 ガッチャンッと気持ちの良い音と共にブーツがスキー板とくっついた。その瞬間、身体がのけ反ってしまう。


 「おっとっと。体重をかけすぎちゃってたね。」


 先輩が背中を支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。


 「思ったよりも簡単に滑っちゃうんですね。」


 「そうなんだよ。だから、気を付けながら練習しようね。まあ、驚いている君の表情が面白かったね。」


 あまり、先輩にダサいと思われたくないから左足のスキー板を慎重に履いていく。


 ガッチャンッ。


 「これで大丈夫ですか?」


 「一回軽く動いてみようか。」


 ストックで身体を支えながらゆっくりと動いてみる。ほんの少し力を入れただけでほとんど傾斜の無い場所のはずなのに滑りだす。


 「その感じだとしっかりと履けているね。スキーブーツは少し緩めに締めてあるから滑って少し時間が経ったら締めようね。緩すぎても危ないし、足も痛めちゃうからね。」


 「お、陽介も履けたか。さっそくあそこのリフトに乗るらしいから行こうぜ。」


 緩やかな傾斜を少し登ってリフト乗り場まで行く。リフト乗り場で待つこと数分。リフト券をリフト乗り場にかざす。ピロロっという音と共にバーが開き前に進む。僕らがリフトに乗る番が来た。


 このリフトはクアッドリフトだから4人で乗る事が出来る。真ん中の方が乗りやすいらしくスキー初心者の僕と楽斗が真ん中に座ることになった。右から、松村先輩、僕、楽斗、衣緒さんの順番だ。


 ピンポーンっと音が鳴ると進む合図らしい。係員さんの合図に従って待機場所まで進む。ストックが折れないように両腕を上げ、リフトが来るのを待つ。


僕たちが乗るリフトが来た。ふくらはぎの辺りにドカッとリフトが当たると共に座る。リフトが少し進んでから松村先輩が安全バーを下ろしてくれた。


 「たまーに乗り場でコケてる人いるけど陽介はコケなくて良かったな。」


 「ちょっと緊張したけどね。乗れて良かったよ。」


 「安心してるところに悪いけど、コケる人が多いのは降りる時だよ。」


 松村先輩の一言に再び緊張が走る。


 「たまに慣れてる人でも他の人とゴチャついてコケそうになってりしてるもんね。」


 なんで衣緒さんは追い打ちをかけてくるんだ。


 「降りる時のコツとかあるんですか?」


 「降りたすぐはまっすぐに進むことかな。その後に隣の人とぶつからないようにゆっくりと曲がる。このくらいかな。」


 「まあ、慣れだよ慣れ。俺だってスノボーを始めたばっかの時はコケたからな。危なそうだったら係員の人がリフトを停止してくれるから安心しろ。」


 不安になりながらもリフトの降車は上手くいった。僕の様子を見て係員さんがリフトのスピードを緩めてくれたおかげだ。


 「じゃあ、ゆっくり滑る練習をしようか。」


 松村先輩と衣緒さんが教えてくれる。


 「スキーの板をこうやってハの字に開いてみて。そうそう。それで斜面の広い横幅を使って木の葉が落ちていくイメージで滑ろう。」


 衣緒さんが見本を見せてくれた。その通りに僕と楽斗は練習する。ある程度、練習したところでリフト乗り場まで滑ってみることになった。


 衣緒さん、楽斗、僕、松村先輩の順に並んで滑っていく。


 前を行く衣緒さんとスキーは今日が初めてのはずの楽斗は綺麗に滑っていく。僕は上手くいかない。


 「君はもう少し力を抜いても大丈夫だよ。足に力を入れすぎないようにね。」


 言われたとおりに力を抜こうにも抜けない。バランスを取ることが難しくてどうしても力んでしまう。


 「そうだね。腰が沈んじゃってるからもう少し身体を起こしてみよう。ハの字のままで立ってみて。コケても私がいるから大丈夫。」


 その言葉を信じて身体を起こしてみる。そうすると滑りやすくなった気がする。足元には力が入ったままだけどさっきと比べると脱力して滑れている。前の2人に追いつくために少しスピードを上げようとした途端、コケてしまった。


 「さっそくコケちゃったね。じゃあ、このままコケた時に立ち上がる練習をしようか。1回、自分だけで立とうとしてみて。」


 よいしょっと立とうとしても立ち上がることができない。スキー板が邪魔になっている。


 「うん、立てないよね。ちょっと待ってね。よっこいしょっと。」


 先輩が僕と同じ格好で座った。


 「足をこうやって動かしてスキー板をこの向きに揃えてみて。そうすると立てると思うから。」


 見よう見まねで立ち上がろうとする。先輩ほどうまく立ち上がれないからストックに力を込めて立とうとする。すると、立った瞬間に前に向かって滑ってしまい再びコケてしまった。


 「アッハハッ。綺麗にすっ転んだね。もう1回練習だね。」


 そのあと、時間をかけてゆっくりと立ち上がり、滑る練習をしていく。途中でお昼ご飯を食べて休憩したり、初心者向けのいろんなコースを滑りながら。


 夕方ごろには僕と楽斗もある程度はどのコースでも滑れるようになってきた。


 良い時間になり一旦ホテルに行く事になった。


 荷物を預けたロッカールームに荷物を取りに行ってホテルへ向かう。スキーウェアやスキー板とかは明日に返却すればいいらしいのでそれらも持ったまま。ホテルはゲレンデから直接歩いて10分の所にあるから楽で良い。


 「じゃあ、俺らがこっちの部屋で2人がそっちの部屋で大丈夫か?30分くらいしたらナイターに行くからその時まで休憩な。」


 そう言って楽斗が僕に部屋の鍵を渡してくる。


 「それじゃあ、後でね。ナイターを滑りに行くかは後で決めよう。」


 松村先輩がそうやって言う。


 楽斗と衣緒さんが部屋に入っていく。その隣の部屋が僕らの部屋らしい。鍵を開けて部屋に入る。入ったらすぐにイグサの香りがする和室だった。


 部屋の隅に荷物を置いて2人で座って休憩する。


 「それでさ、初めてのスキーはどうだった?」


 「めちゃくちゃ疲れたんですけど、その疲れが吹っ飛ぶくらい楽しいです。」


 「良かったよ。その様子だとナイターも滑る気だね。」


 「もちろんです。滑ることのできる時間は滑り切るつもりです。」


 「私も同じだよ。このまま楽しみ尽くそう。」


 そのまま話し続ける。テレビからはこの地方のご当地番組が流れている。穏やかな2人の時間がやっぱり心地よい。


 先輩が暖房の風上に座っているせいか暖かな暖房の香りと共に先輩の香りが漂って来る。少しだけ汗の香りが混じった先輩の香りをゆっくりと楽しみながらナイターを滑りに行くまでの時間を待つ。

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ぬくもりの香り noi @noinonoi

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