第10話 賃上げは計画的に
先述した状況から、『時給1500円』には慎重であるべきだと考えます。
もちろん、このままインフレが進むのであれば、人件費は上昇していくでしょうし、それはやむを得ない事だとも同時に考えています。
賃金が今のままで物価が上昇していくのなら、雇われている労働者の生活が苦しくなる一方なのは明白であり、それに合わせた賃上げは容認する。
しかし、農家としては、インフレに合わせた買取価格の上昇も同時に行ってもらわなくては、そのしわ寄せを受ける一方だという事も認識して欲しい。
肥料も、燃料も、出荷費用も、そして、人件費も、何もかもが上昇していく。
それでいて、買値だけは据え置きと、農家にとっては厳しい限りです。
それを自己責任で片付けられるのは、はっきり言って暴論です。
人間、最悪“水と食料”があれば、生きていく事が出来ます。
しかし、その食料供給自体が廃れようとしています。
農家がいなくなり、食べ物が無くなってからでは遅い。
自己責任論をもって農家を叩くのは結構だが、それは“未来の飢餓”を肯定する行為でもある。
今はまだ、農家にも若干ではありますが余力があります。
だが、時間と資本がどんどん失われていくのが現状。
小気味よい事を述べながら、そうした未来を描けていないのが政治家であり、それを選んでいる
その事をどうか自覚して欲しい。
需要があり、供給があるからこそ、経済が成り立っている。
食料を供給しているのは誰か?
農家であり、畜産家であり、漁師である。
農業漁業関係者がいるからこそ、日々の食べ物に困る事はないのだ。
そして、地方から運送業者が都市部に運び込むからこそ、店先に商品が並び、上とは無縁でいられる。
しかし、それが破綻しつつある。
度重なるコスト増で経営がひっ迫され、人件費の高騰とそもそもの人手不足により、一次産業従事者も、運送業者も減って来ている。
近い将来、間違いなく先細りして、最終的には国民が瘦せ細る。
それが安易な自己責任論の行きつく先だ。
研修制度を利用した阿漕な農家も、間違いなく存在する。
そうした農家は間違いなくいるし、奴隷労働者がいなければ成り立たない経営など潰れてしまえ、などと言うのも当然と言えば当然だ。
では、農家が減少し、食料が行き渡らなくなっても良いのかとなる。
それを回避するための施策はある。
ドローンやAI自動運転などがそれであるが、法整備が間に合っていない。
法整備が間に合っていないのは、政治家の怠慢である。
食糧危機が起こってから動くというのだろうか?
実際、都市部の狼狽ぶりは、今回の米騒動、そう呼ぶのもおこがましいレベルの米不足で見せてもらった。
人間、食べなくては生きられない。
それを犯されれば命に直結するし、騒ぐのは当然だ。
しかし、今回はまだよい。一時的な需要過多と、それに輸送が追い付いていなかっただけの話で、すぐに解消されたからだ。
別に食料そのものがなくなったわけではない。
戦後の食糧難も、空襲等によってインフラが破壊され、地方の食料が都市部にまで行き渡ってなかった事が原因だ。
ガチな食糧難はそれこそ、第一次大戦時のドイツの「カブラの冬」の状態だ。
当時のドイツの新生児死亡率は“60%”を記録しており、桁外れの大飢饉で、本当に危うかった。
ちなみに、第二次大戦の日本の新生児死亡率は“8%”。
ガチな飢饉と、インフラ破壊による供給力減少での飢饉の差である。
祖父母から戦中戦後の飢えについて、話を聞いた事があるかもしれないが、あんなものははっきり言えば“序の口レベル”である。
同じ二十世紀の、それも先進国で起こった飢饉でも、これほどの差が出る。
本当に食料が無くなったらこうなる。輸送力不足などではなく、本当に食料が無くなったらそうなるのだ。
農家への圧迫は日増しに高まっており、それを回避しなくてはならない。
その方針は既に示されている。
AIを駆使した農業用ドローンと自動運転、それによる省力化だ。
マンパワーを徹底的に削り、より少人数でも農作業を回せるようになれば、この状況は打開できる。
ただそのための法整備と、それに伴う最新鋭機の普及が間に合っていないのが現状だ。
政治家連中は耳触りの良い『時給1500円』云々を言う前に、人件費の高騰による経営圧迫を回避する方策を進めて欲しいものだ。
安易な人件費の高騰は、コスト増による経営破綻を招く。それは韓国での実例が存在するので、間違いなく起こる。
もちろん、インフレ傾向なので、人件費増は避けられない。
ならばこその“選択と集中”。
省力化のために必要な法整備を行いつつ、新技術開発に予算をつぎ込んで、各メーカーの開発意欲を刺激して欲しい。
農家がいなくなってからでは遅いのだから。
食料は武器だ。
日本が外交上、いまいち弱腰なのも、資源を海外に頼っている割合が大きいからに他ならない。
石油などのエネルギー資源もそうだが、食料もまた外交上の武器であり、それを突き付けられてもいる。
食料自給率云々が叫ばれて久しいが、一向に改善されないのは農業行政の構造上の欠陥である。
現場の人間から言わせれば、非効率かつ無知な人間が多い。
実際、私もそれを目撃した。
畑が手狭になって来たからと、休耕地を開拓して、畑に戻すという話が出てきた。
それは結構な話だ。
しかし、役人はこちらの話は聞かない。
「ここの場所は止めた方がいい。土が悪いから、戻しても使えないよ」
開墾予定エリアに使えない荒れた畑あったので、そこは止めとけと役人に言っておいた。
だが、予算が通っているからと開墾作業を強行した挙げ句、大失敗した。
石がゴロゴロ出てきて、とても畑には使えない。
おまけに、土砂が崩れて水路を塞ぎ、開墾現場の近くにあった自分の畑が水浸しになるという大惨事。
当然、役場は謝って来たが、こうなるからとこちらは事前に警告していたにも拘らず、この体たらくである。
こうした無知がまかり通ているのが、現場と机組の温度差、経験差である。
農業への無理解と、現場の声への対応力の無さが、今日の農業政策を招いた。
なにしろ、今の政治家ときたら、都会の温室育ちのボンボンが幅を利かせ、地方の議席を削ってきた結果である。
都市部の人間が語る『地方創生』ほど、現場を無視した、あるいは無理解な空論としか言いようがない。
政治家と官僚よ、1ヵ月で良いから農繁期の農家をじっくり体験してみな。
(今までの考えが)飛ぶぞ。
かく言う、自分も元は大阪京都に住んでいた都会育ちである。
鳥取に引っ越し、農業に従事して、その現状にようやく気付いたほどだ。
無知と無理解が差別を生む。
安易な自己責任論は、弱者を殴り付けるこん棒に他ならない。
もちろん、研修制度を利用した、奴隷労働の確保は厳に慎まれるべきであるが、本当に人手がないのである。
食料の確保という至上命題を担っている現場の事を、今少し考慮して欲しい。
『時給1500円』はその崩壊の呼び水となりかねない。
準備も用意もない見切り発車がどうなるかは、EV車の現状を見れば一目瞭然。
環境に良いからとあれこれ勧めても、バッテリーの諸問題や給電設備の不足、失敗のオンパレードで結局ガソリン車に回帰しつつある。
問題の解決もなく物事を進めても、結果は悲惨なものだ。
対策を取り、そのための準備や予算があればこそ、物事は進むのだ。
理想は『時給1500円』を達成しつつ、『地方創生』を成す事だ。
だが、その両方の歯車を回す状況にない。
両者を接続させる別の歯車が、未だに準備中であるからだ。
下手に動かせば、全体のバランスが崩れ、農業が崩壊し、食糧不足を招く危険がある。
輸入すればという声もあるが、それは更なる日本の外交力の欠落を意味する。
準備するのだ、農業の担い手不足と、そこから来るであろう食料の不足に。
今ならまだ間に合う。
『時給1500円』はやろう!
ただし『地方創生』とセットなのは不可分だ!
人件費の高騰にも耐えうる強い農業施策を示す時だ!
そうでないなら、初めからやるな!
中途半端こそ、最もやってはならない事!
やるなら徹底的に、機械化によるマンパワーの削減に取り組まなくてはならない。
将来のを上を回避したくば、そうせざるを得ない。
示された『時給1500円』という狂気は、それをまざまざと意識させてくる。
それは農業の現場にいるものとして断言できる。
読者の皆さんもまた、これを意識して欲しい。
賃金上昇は避けられないが、賃金が上がるだけでは、確実に破綻が待っている。
対策せよ、省力化による効率的な農業を!
『時給1500円』を見ながら、実りある畑を考える。
農園経営者として、それをずっと考えている。
従業員の給料を上げるには、売り上げを伸ばさなくてはならないが、現場だけでの対応では絶対に破綻する。
国民全員が今一度農業を見直す時がやって来た。
『時給1500円』はそれを考える丁度良い機会だ。
さあ、考えよう。
食べ物、生きる権利、その根本を!
飢えを望まぬのであれば、皆で知恵を出し合おう。
賃上げは必須。されど、計画的に!
それはそれとて、自分は今日も畑に行く。
可愛い
~ 終 ~
時給1500円がもたらす農家の破滅 夢神 蒼茫 @neginegigunsou
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