第19話 イメージ・トレーニング

 やべえ。


 オレやべえ。


 なにがやべえかって、身体能力がやべえ。



 え? コレナニ?


 自衛隊の隊員の皆様とランニングすることになって。


 案の定すぐにバテまくって。


 そしたら、ゲーム内の移動をイメージしてくださいと言われて。


 その通りにしたら、疲れも嘘のようになくなり、とっても速く走れるように。


 なんというか、マラソンや駅伝のオリンピック選手並みというか。



 実際に10㎞走ってみて、タイム測定したら10分切っているという、まさかの世界記録の大幅更新。


 これって人間の走る速さじゃないよね?


 しかも全然疲れてない。



 ちなみに、オレと同時にタイム測定したいろはちゃんは10㎞を25分12秒。


 オレに比べれば2倍以上だが、それでも男子の世界記録より速い。


 でも、いろはちゃんはオレとは違って疲労困憊だった。



 世界記録を越えていることにもツッコみたいところだが、この二人の差は何なんだろうと言うところに思いを馳せる。



 ゲーム内のビルドの違い――。


 真っ先に思い浮かぶのはそのことだった。

 


 オレのゲーム内ビルドは、前衛アタッカー。


 火力、つまりチカラとか筋力メインだが、攻撃速度を上げるための素早さ、敏捷性もそれなりに鍛えている。


 かたや、いろはちゃんは戦闘が出来ない訳ではないけれども、生産職で器用さとか運とか、そっち方面に多くを費やしているとのこと。


 その差がこのタイム差に表れたのではないだろうか。



 オレたち二人は、この現実世界で『魔法』を行使するというとんでもないことを実現している。


 さらに、体力などのその他の要素までもが、ゲーム内の能力値と同期されていて、スキルなどもそれに倣うと思われる。



 という事は、今の10㎞走は、どれだけゲーム内能力が現実世界に同期されているのかの検証作業と言ってよかったのではないだろうか?





 オレのその予測を裏付けるかのように、その後や翌日以降も、自衛隊の隊員の皆さんの訓練メニューに参加させられることになった。



 そして思い知らされる。


 『イメージ』というものの大切さ、そして危険さを。



 例えば、約20mの高さの二つの塔の間に渡されたロープを渡るレンジャー訓練。


 当然、元介護士のオレはそんな高いところに昇ったこともなく、バンジージャンプなんかも怖くてやろうとも思わない人間だ。


 塔の上に昇ったところ、足が竦んでしまい、ロープを渡るどころか一歩も動くことが出来ない。


 結局、オレはその日は半日塔の上で身体を固まらせて過ごし、他の隊員に救助されてようやく地上に降りることが出来た。



 だが、いろはちゃんは違った。


 オレとはちがい、なんら臆することなくあっさりと他の隊員と同じようにロープ渡りをクリア。


 それにとどまらず、最終的には塔の間に張られたロープの上を渡ってしまったのだ。


 その日の夕食時に、どうしてそんなことができたのかいろはちゃんに聞いたところ、


「ゲーム内でも険しい谷とか越える所あるじゃないですか。橋の代わりにロープしかないところとか。でも、移動フィールドだったらどうやっても落ちない仕様になってるじゃないですか? 仮に落ちる仕様だとしても、セーフティー命綱ついてるからって思えばクソゲーじゃない限り落下即死にはならないと思ったら全然怖くなかったですよ?」


 というご回答が返ってきた。



 その翌日、目の前の恐怖をなんとか押し殺し、いろちゃんに聞いたイメージのようにゲーム内のことを強くイメージしてみる。


 理屈ではそれでうまくいくはずなのだ。


 でも、やはりリアルの感覚というのがどうしても脳裏をよぎり、高所の恐怖心を御することが叶わなかった。



 他にも、ウエットスーツを着ての海難スキューバ訓練なんかも、カナヅチであるオレは溺れる恐怖心が勝り、なかなかうまくいかなった。



 いろはちゃん?


 それはもう、人魚というか、魚雷というか。


 短距離でも遠泳でも世界記録を上回っておられました。


 ドーバー海峡渡れるんじゃね?

 



 結局、オレがその恐怖心に何とか打ち勝ってレンジャー塔のロープ渡りを成し遂げるまでに2週間ほどの期間を要してしまった。


 ちなみに、いろはちゃんは一週間ほどですべてのメニューをこなし、オレとは別メニューとなり、訓練場もだが食事時等でも顔を合わすことはなくなっていた。


 そして、さらに一週間。


 水面も2足歩行できるようになり、気持ちにも余裕が生まれてきたころ、オレはとあることに気が付いてしまった。


「何でオレ、こんなことやってるんだろう?」



 一度、その疑問を持ってしまうとその疑問は常に心の中を占めるようになり、いままで普通に行っていた訓練? にも疑問符が出てきて身が入らない。


 そんなオレの状態に気づいたのだろう。



 オレの指導教官? 上司? とも言える横山2等陸尉が声を掛けてきた。


「そろそろ頃合いだな。吉川3尉。明日から座学教練に移行しよう。」



 この歳になってお勉強ですか‥‥‥。

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